32話 ヒューストン ウィー・ハブ・ア・プロブレム
ブルーがポケットに手を突っ込んで考え込むと、何かが手に当たった。ヒューストンアストロズのキーホルダーだ。
「これは?確かロサが夢の中でくれた……」
ブルーがつまみ上げて親指の腹でこする。すると暴風のごとく、ブルーの脳に最後のロサの記憶が流れ込んでくる。
またもやサイコグラフィだ。最後のロサがいつか来るこの時のために、ブルーに託したのだ。
「ペガソ!地図を開いてくれ!」
ブルーがヒューストン郊外のある地点にピンを立てる。
「ハリエット、今すぐ戦闘をやめてこの地点に避難するよう情報を流してくれ!」
「任せたまえ!それでこの地点は何処かね?」
「ヒューストン宇宙センターだ!僕たちも急ごう!」
「で、宇宙センターの地下にシェルターでもあるのか?ブルー?」
イータンの身体を借りているハリエットが尋ねる。
「いや、違う。ハリエットならひっくり返って喜びそうなものさ。何十基ものロケットがある。そのロケットはどこに行くと思う?」
「実に興味深いな!勿体つけずに教えてくれ!」
「月の裏に10万人が生存できる恒星間移民船が建造してあるそうだ」
「Ooh-rah!やられたな!
歴代ロサはそこまでやっていたのか。ヒューストンの極端とも言える省エネ都市設計、そこにリソースを割くためだったんだな!」
「ねえ、また難しい話してる?」
リヤシートからミラが訊く。
「もっと広い世界をミラと冒険できるって話さ!」
ブルーが振り返ってミラにキスをする。
「ブルー、前向いて運転しないと振り落としますよ」
ペガソが呆れ顔で非難する。
到着したロケット基地は、完全に地下に隠蔽してある作りになっていた。広大なホールのような地上構造物があり、そこから2000人ずつが地下通路を通って1基のロケットに乗り込めるようになっている。
人が入ると電光掲示板とムービングウォークで自動的に仕分けられる。大人数を効率的に避難させるのを考え抜いた設計だ。
ブルー達が着いたときは着弾予想時刻20分前だったが、まだニューヨーク艦隊の兵士が2百人程度避難してきているだけだった。
ブルーがそうだったように、そもそもヒューストン市民は核を知らない。そして市域外に出たこともない市民が大半だ。
自分たちの保有している核が戻ってくるというのは、ニューヨーク艦隊の兵士のほうがイメージしやすい状況だろう。
「どうしようブルー、ほとんど誰も来てないよ……」
『ロサ、僕に力を貸してくれないか……!』
ブルーがアストロズのキーホルダーを強く強く握りしめ念じる。
ブルーのまわりの空間の歪みに最初に気づいたのは、ハリエットだった。
ベネディクトがそうだったように、超能力は等速的に成長するのではなく、2次関数的にある日突然急成長する。ブルーの場合は、自分の同胞数万人の生命が危機に面した、今この時だった。
「ペガソ、ミラ、イータン。よく見ておきたまえ。最後のアンリーガル覚醒の瞬間だ」
一瞬の間に、ざっと3万人以上のホールを埋め尽くすほどの人間がヒューストンとニューヨーク艦隊から空間転移された。
そして、ブルーから脳内に直接呼びかけているのだろう。戸惑いながらも整然とロケットに乗り込んでいる。
目から耳から鼻から血を流して倒れるブルーを、ミラが慌てて支える。
「くそ、これが限界だ……全員救えなかった……」
「十分過ぎるぞブルー!さあ我々も乗り込もう!」
その時、地震かと思うような揺れがヒューストン宇宙センターを襲う。
「見てこよう!」
偵察のために屋外に出たハリエットが見たのは、信じられない光景だった。
手足の生えた原子力潜水艦『ハーレム』がクリア湖から宇宙センターへ這い登ってきている。そして金属の軋みのような断末魔の叫びのような声で吠えている。
「お前たち、私を置いて何処へ行くんだ?」
「ラウラか……ハーレムの量子コンピュータにも人格をコピーしていたのか。同期を取るのが難しいからやめろと言ったのに……
人格が崩壊して怨念の塊になっている」
いつの間にか、ペガソが横に佇んで怪物を見ている。
「300年前の戦場でも見なかったとんでもビックリ兵器ですね、あれは」
「ずいぶん余裕だなペガソ、大ピンチだぞ」
「ピンチこそ笑うんですハリエット。ひとつ案があるので協力して下さい」
ホールに戻ったペガソは一瞬ミラとブルーに寄り添う。
「2人に出会えて、素敵な旅ができました。まだまだ世界は広い。これからも冒険を楽しんで下さい」
「ペガソ?何言ってるの?ペガソ!」
ペガソは一直線に発射台の方へ走り去っていく。
そのすぐ後に、傍らにペガソが合体した無人のロケットが発射された。ペガソとハリエットの制御により、垂直に発射されたあと軌道を捻じ曲げ、ほぼ水平に飛んでいく。狙いは、潜水艦ハーレムだ。
「スレイプニル、量産型の私ですが技を借りますよ!これが超弩級・ロケット・モノクロニウスです!」
ハーレムに刺さったロケットはそのまま上昇し、大気圏外で原子炉もろとも爆散した。
それを見守ったのは、イータンとハリエットだけだった。
「さあ、あと3分だ!我々も乗り込もう!」
最後のロケットの一席にミラとブルー、イータンも乗り込み宇宙へ出発する。ニューヨーク艦隊に着弾したミサイルは、窓のないロケットからは見えなかった。
ただイータンがポツリと「お師匠がいなくなった」と呟いた。ミラが何も言わず、イータンをギュッと抱きしめた。
月の裏に建造された恒星間移民船は巨大な葉巻のような形をしていて、ミラとブルーはホワイトのことを思い出した。
ドッキングして船内に入ると、オートウォークで自動的に居住区へ振り分けられるが、ミラとブルーはブリッジへ誘導される。
「船長ってことかな?でもさすがに宇宙船は操縦できないな」
とコンソールを見ると、子供用のゲームと同じ2スティック6ボタン4トリガーのコントロールパッドだった。
「マジか……ヒューストン徹底してるな」
呆れながら座ると、コンソールに見知った顔が映し出される。
「ハリエット!」「お師匠!」
「いったいどうやって?」
「いや〜あのままだと量子コンピュータとともに死んでしまうところだったからね。着弾までの30分に地球に他の文明が無いか探索したんだよ。
そしたら出るわ出るわ。
シドニー、重慶、オスロ、その他諸々。人類はしぶといね!
事情を話して、今はオスロのグリッドコンピューティングシステムに居候してる身だよ。
私も井の中の蛙だったね。逆に他の都市は量子コンピュータ理論はそこまで発展してないようだから、技術交換して各都市と平和的に連携できる道を模索していくつもりだよ」
「ハリエット、じゃあこっちにも一緒に居られるの?」
「ミラ、残念ながらそれは不可能だ。地球との交信が可能なのはせいぜい火星の手前まで、あと5〜6ヶ月だね。
ミラとブルーの子孫たちがいつの日か戻って来ることを信じて、地球を平和でクリーンに保つよう努力するよ。今や私はヒューストン最高の頭脳ではなく、容姿端麗超絶頭脳の地球の調停者だからね!」
「ははは、初めて会った時から、ハリエットは変わらないね」
「そうそう、一緒に旅をするのに相棒が要るだろ?通信がつながるうちにインストールしておくよ」
「……また会えましたね。ミラ、ブルー」
「ペガソ!」
「ペガソの解析は完璧だからね。最後の戦いの前にコピーしておいたよ。どうだい?ペガソ、新しいボディは?」
「小回りは効かなさそうですが快調ですね。操縦士は運転中に振り返ってキスするような男ですから、私がしっかりサポートしないと小惑星に突っ込んでしまいますからね」
「なっ……!」
「ははは、おっと会議に呼ばれてしまった。では宇宙の旅を……の前に地球の周りを一周すればどうかね?他の文明もなかなか見ものだよ」
「ああ、ありがとうハリエット。じゃあまた」
通信が切れると、ミラがブルーに抱きついてくる。
「ブルー聞いた?私達の子孫だって!」
「はは、参ったな」
「ブルー、わたし子供はたくさん欲しいわ」
長い間口づけして、モニターを見たミラが言う。
「ブルー見て、地球もブルーなんだね。
空のブルー、湖のブルー、海のブルー、地球のブルー。
私のブルー、もう離れないわ」
「僕もだ、愛しいミラ、もう絶対離さない」
青い地球を背にして、2人の影が離れることはなかった。
(完)




