22話 決着
出血をほうき星のように尾を引きながら、マミコがベネディクトに時速200kmで迫る。
トリニタイトのショットガンをほぼ直角に曲がり躱すが、先ほどと同じように躱した先をショットガンが襲う。
ペガソが唸る。
「トリニタイトのガラス片が無尽蔵に散らばるここは、念動力を操るベネディクトには最高の戦場です。これはマミコといえども……!」
ブルーも応える。
「しかもベネディクトはマミコの動きを『予想している』どころじゃない!次にどう動くか知っているようだ!」
6時間前、ハリエットの修理により未来演算の力を取り戻したラウラ。その信号をキャッチするセンサーを脳髄に埋め込み、ベネディクトはラウラとエンタングルメント接続していた。
無論、その手術を施したのもハリエットである。
「ベネディクト、こんな改造をしたらもう君の命は長くないぞ」
「ラウラと一体になれる数時間があるなら、それは私の余生数十年を補って余りある時間だ」
「だろうな。私は君とラウラの味方では無いが、なぜか嫌いになれないんだ。己の求めるを為したまえ。アンリーガルの友人よ」
マミコは肉を引き裂かれ使い物にならなくなった左腕の代わりに、口でブレードを咥え自分のダメージを分析していた。
『あと一撃喰らえば私の戦力は60%低下する。戦場で過半数の戦力を失えば軍事学上は全滅だな』
「マミコ、敵はこちらの動きを予知しているぞ。一旦引くか?」
マミコがスレイプニルのGMUを蹴飛ばす。
それでスレイプニルは『お前が私をヴァルハラに乗せてってくれるんだろ?』という意思を汲み取った。
「俺としたことが、すまない!マミコ、最後の突撃だ!Currahee!」
ブレードを咥えて叫べないマミコの代わりに、スレイプニルが力の限り叫ぶ。280kmで突進し、第一陣を躱す。そして、マミコを襲うはずだった第ニ陣は、別方向から撃たれた機銃弾を相殺するために使われた。
シルバラードの荷台に地対空機銃を据え付けたホワイトが、3000発/分の射撃を浴びせたのだ。
そして運転席にはミラが座っている。
「ブルー!ワイルドガールが目を覚ますなり『ブルーのところへ連れて行け』って山刀で脅されたよ!
ところで、そこのゾクゾクするぐらいのいいオンナは誰だ!紹介しろ!」
「ホワイトさん、ベネディクトはこちらの動きを予知してる!気をつけて!」
「分かった!で、どうやって気をつけるのか教えてくれ!」
スレイプニルが叫ぶ。
「おいカウボーイ!予知といってもそれを処理して反応するのは、所詮1人の人間の脳だけだ!スピードと物量で押し切るぞ、生き残れたらウチのお嬢をディナーに貸してやる!」
「約束だぞ!」
シルバラードがベネディクトの周りを走りながら機銃を浴びせ、マミコがその隙を縫って斬撃を浴びせる。
ベネディクトも銃弾を止め斬撃をトリニタイトの壁で防ぐが、反撃に転じる隙がない。
「いいぞ!押し切れる!」
ホワイトがそう叫んだ刹那、ベネディクトが全身の穴から血を吹き出しながら絶叫する。
「この蚊蜻蛉どもがぁ!」
止めた銃弾と数十万のガラス片が、半径50mに竜巻を起こし、マミコとホワイトはひとたまりもなく血だるまになる。
防弾仕様のシルバラードは穴だらけになりながらも形を保っていたが、ベネディクトが一睨みするとプレス機にかけられたように押しつぶされていく。
「ミラ!」
ブルーが駆け寄りベネディクトにコルトを構える。しかしベネディクトの念動力が、ブルーの手指を折りながらコルトを逆に向ける。ブルーは既のところで自分の銃で眉間を撃ち抜かれそうになるが、瞼をかすらせながらなんとか躱す。
銃を取り落とし倒れたブルーの元にベネディクトが歩み寄り、コルトを踏みつける。
「私はニューヨークで軍人としての教育を受けた。戦場では騙そうが嘘をつこうが、卑怯などということはない。
だが、私には軍人としては全く不要な、弱いものをいたぶりたいというサディスティックな面があるのも自覚しているんだよ」
言いながらブルーの腹を蹴り上げる。
「だが同時に信じたいのだ。私のサディスティックな一面は、生来のものではなく、ヒューストンの研究機関の地獄で養われたものではないかと。
……すまないね、死ぬ前だというのにつまらない話をして。私は感情が高ぶるといつもこうなんだ」
言いながら、ベネディクトの目の前で一粒のガラス片が鋭く削られていく。
コルトに手を伸ばそうとするブルーの腕を、ベネディクトが蹴飛ばす。
絶対絶命の状況で、ブルーはまだ諦めていなかった。今彼の頭には、ニューオーリンズでチェンバレン王と闘った闘技場が去来していた。
相手の牙がどんなに大きくても、命尽きるまで抗い続けるんだ。
チェンバレン王、ホワイトさん、ハリエット、マミコ、ロサ、そして僕の愛しいミラ!ミラ!
僕に少しでも力と勇気を分けてくれ!
その時、ベネディクトの足元のコルトパイソンが僅かに揺れ、ブルーの手元に20cm横滑りした。
「え?」
ラウラの未来演算を超える事態に、ベネディクトの思考が一瞬停止する。
ブルーの手にコルトが収まるが、指を折られていて引き金が引けない。
隠れていたイータンが、間髪入れずブルーの首筋に強力な麻酔剤をアイシクルバレットで投与した。
パパン、と乾いた銃声が2発トリニタイトの荒野に響く。ホワイトから教わったダブルタップ。2連射することで命中率、殺傷性が飛躍的に向上する。
弾丸はベネディクトの胸の真ん中と喉元を撃ち抜いた。元々血を流していたベネディクトの口から、ゴボリと黒い血が噴き出て、ゆっくり前のめりに倒れた。
ブルーは震える指からコルトを引き離し、ひしゃげかけたシルバラードのドアをこじ開け、ミラを引っ張りだした。
ガラスの荒野で抱きしめあう2人。ミラがブルーの胸に顔を埋め囁く。
「ねえブルー、bésame……」
ミラが喋り終わるのを待たず、ブルーはミラにキスした。
2人の長い抱擁とワシントンDCの静寂は、悪夢のような声で破られた。息絶えたはずのベネディクトが糸で吊られたマリオネットのように起き上がったのだ。
「よくも!よくも!愛しのベネディクトを!殺してくれたな!
お前たち、この世に肉片一つすら残さん!」
ベネディクトは血を噴き出しながら女性の声で絶叫すると、自分の血溜まりの中に倒れ込み再び静寂が訪れた。
その時、ニューヨーク艦隊の旗艦マンハッタンでは小さなパニックが起きていた。
誰の承認もなく、定められた発射プロセスを全て無視し核ミサイル4発が発射されたのだ。




