20話 ロサとラウラの物語
私ロサは、戦争終結から6年後の2110年に生まれた。ヒューストンからほど近いコンロー集落は戦争の被害も少なく、地元民と難民や指揮下から外れた兵士が協力して生活基盤を再建した数少ない幸福な例だった。
2年後に妹ラウラが生まれた。物心ついた時には野草を摘み、魚を釣り、薪を拾い、自給自足の村の一端を担っていた。
「ねえロサ、この草は?」
「それは大丈夫!ラウラ、それより奥に行ったらダメだよ!コヨーテがいるのが見えたから」
「なんでロサは藪の奥が見えるのさ?」
「え?ラウラは見えないの?」
「だって藪があるんだから」
思えば、私の予知の力は物心ついた時から目覚め始めていた。しかし当時は、”私が見えるものが他の人は見えない”ということを理解するには幼すぎた。
食料が取れると、いつも私が葦笛を吹きラウラがそれに合わせて踊って喜びと感謝を表現した。
私の拙い笛に合わせて踊る、ラウラの出鱈目なステップが大好きだった。
私が14歳、ラウラが12歳の時、私達は村を放逐された。年頃になった私を襲った男を、ラウラが制裁したのだ。ラウラは体重が自分の倍近い男の両目に投げナイフを突き立て、両手の指を全部切り落とした。
当時ヒューストンは、廃虚の中にならず者と化した元軍人が隠れ住むエリアだった。
流れ着いた私達姉妹は、瓦礫の中に潜む先住者に囲まれた。私がラウラに耳打ちすると、瓦礫から顔を出した端からラウラの投げナイフが刺さっていった。
ラウラは度胸や腕っぷしもさることながら、不思議と人を惹きつけるリーダー性があった。
3年経ち姉の私から見てもラウラが美しく成長した頃、彼女はヒューストンの頭領になり、私は神の遣いたる預言者となっていた。
そこからヒューストンの復興に力を尽くし、20年があっという間に過ぎた。
2人とも30代後半になっていた。
噂を聞きつけ、科学者や技術者が集まり発展に寄与してくれた。
そうそう、マミコについても語っておかなければならない。マミコはどこからか現れて、権力者となった私達姉妹のボディガードをしてくれた女性だ。
戦争末期に、人為的に改造された超人兵士らしい。華奢な身なりとは裏腹に1人で1個大隊にも匹敵する戦闘力を持っていた。
当時すでに法治と統制が進んでいたヒューストンにあって、私は彼女に「超法規的存在」という意味を込めアンリーガルと言う称号を与えた。
求めるもの、必要なものは無制限に与えると伝えたのだが
「お前たちの側に居るのが、いちばん戦いに近い」
とジャパニーズソードを磨くばかりだった。普段は装備一式を収めた『棺』で冷凍睡眠していて、任務がある時だけ覚醒して若さを保っていた。
テキサスは原油の産出地であることも大きかった。戦争前とは比べるべくもないが、電気を起こし、道路を引き車を走らせる事もできた。
しかし、人口が3万人を超え戦争前に近い水準の文明を取り戻した頃、私の予知は何度繰り返しても同じ結果を返すようになり、一つの決意が芽生えた。
ある日私は、ヒューストンタワー最上階の執務室にラウラを呼び寄せた。
「2人で会うなんて久しぶりだな、ロサ」
「ラウラ、今から言う話を落ち着いて聞いてほしい。ここ数ヶ月、考えに考え抜いて出した結論なの」
ラウラも、どうやらシリアスな話らしいと気づいて、真剣な顔でソファに腰を沈めた。
「聞こう。どうぞ」
「これからのヒューストンの方針についてよ。
まず、資源の消費を抑制するためヒューストンの人口を4万人程度、多くとも5万人を超えないようにコントロールする。
次に、新たな技術開発の禁止。研究は現在の技術の高効率化のみとする
最後に鎖国主義。
他国の文明の探索・介入も行わない。ヒューストン市域外近隣の集落の動向にも基本的に関知しない。
そして歴史をはじめとした教育も上記方針に沿ったものに変えていく」
「なるほど、各政策の意図を述べるから、誤りがあれば言ってくれ。
人口抑制は、テキサス油田の枯渇を先延ばしすることが目的だな。動力としての化石燃料は現在のGMUシステムでほぼ心配無用のレベルだから、原料としての石油確保のためか。
技術開発抑制は、資源の消費と戦争利用に繋がる懸念を払拭するため
鎖国主義も同じか、侵略による戦争、領土拡大による人口増加を防ぐためか」
「さすがラウラね。相違ないわ」
「では所見を述べよう。私は全て反対だ。ロサの政策では、少なくとも私達の生きている間はユートピアが築けるだろう。
しかし、数百年のうちに内部分裂か他文明の侵入か天災かで、システムが破綻する時が訪れる。
その時に、1都市数万人レベルでは人類の文明の光は永久に失われてしまう。
周りの集落も、我々の介入なしに数世代もすれば、科学は失われて原始時代か中世レベルまで落ちよう。
他の大陸でも、我々レベルの文明を取り戻した都市があるかは分からない
戦争のリスクを負ってでも、拡大にしか人類繁栄の道はない、というのが私の意見だ」
「ラウラ、あなたならそう言うと思っていたわ。未来予知ではなくてね」
「私も、ロサが意見を変えないと知っている。今年中に私は支持者とともにヒューストンを出る。
お互いが、別々の地でそれぞれのやり方で、人類のために働こう」
ラウラがヒューストンを出てから、さらに20年が経って私達も初老と言える年齢になった。
ある日、内偵に派遣していたマミコが、私の執務室にノックもせずに入ってきた。
「ロサ、ラウラがニューヨークでウラン濃縮を始めたぞ」
「そう、私の目にも見えたわ……間違いないのね」
私はアタッシュケースを開けて、一発だけ隠し持っていた核ミサイルのボタンを押した。
「ロサ、ひどい顔してるぞ」
とマミコに言われたわ。
5分後、マンハッタンを中心に半径20kmの真円状の海岸線が形成されたのを、モニターで見つめたわ。
自分の罪から目をそらさないようにね。
ロサの手記を『体験』し終わったブルーは電気に触れたかのように岩盤から手を離し、その場にへたり込んだ。
知らずと、涙が止まらなかった。
「どうしたんです、しっかりしてブルー」
「ロサとヒューストンの記憶が……流れ込んできたんだ……!」
その時、今までブルーが読んでいた強固な岩盤にヒビが入り崩れ去っていく。後ろに空間が見える。
ブルーがくぐり入ると、小さな部屋の中央に2mほどのカプセルのような棺のような物が置いてある。
ブルーが触れた途端、冷たい水蒸気とともに棺の蓋が開き、中から人間が体を起こした。
マミコが、ロサの記憶の中にあるままの姿で現れた。




