19話 ワシントンDC
2日がかりでワシントンDCにたどり着いたブルーとペガソが見た風景は、およそ地球の風景とは思えないものだった。
大小のクレーターが重なり合った大地には草木の1本はおろか土すらも無い。そのかわりに緑暗色のガラス片が見渡す限り覆い尽くし、陽光を鈍く反射している。
「これはまさか、トリニタイト……?しかし、なんという規模だ……」
「トリニ…?何だよそれ?」
「トリニタイトは高熱で溶かされた土や岩石が冷える際に、ガラス質の結晶になったものです。
おそらく気化した岩石が上空で冷やされて、ガラスの雨が振り注いだことでしょう」
「地獄のような風景だな……いったいどうやったらそんな高熱が?」
「核爆弾以外あり得ません。ここにあるのはいったい何十発分のクレーターなのか……」
「核?」
ペガソの無機質なヘッドライトが、まるで微笑んだように見えた。
「ブルーは核を知らないのですね。幸せなことです。ヒューストンの教育の成果ですね」
「なんだよペガソ、皮肉か?」
「いいえ、心からそう思いました。ヒューストンが何を捨て何を守ろうとしたかが見えた気がします」
「ふーん、当事者からはよく分からないんだけどな」
「それもまた幸せなことです。さあ探索しましょう」
「ああ。で、ガラスのどの辺りを探す?」
「さっぱり分かりませんね」
15分後、ブルーとペガソは浴びせられる機銃と擲弾の雨から逃げ回り続けていた。
「ひえぇぇ!死ぬ!死ぬ!」
「なぜこんなに計ったように待ち伏せを……」
ブルーを待ち伏せしていたのは、ニューヨーク艦隊の陸戦部隊一個中隊である。
ハリエットの修理により未来演算の力を完全に取り戻したラウラが、ブルーの到来を予知し先回りしていたのだ。
足元が悪いうえに遮蔽物が全くないトリニタイトの荒野は、銃器で狙われる者には最悪の環境である。ここまで撃たれずにこれたのも、ペガソの歴戦の経験あってのものだろう。
「ブルー!あの丘の向こうに!」
ペガソが、トリニタイトの小さな盛り上がりを指して言う。ブルーはそこにハンドルを向けるが、盛り上がりの向こうは巨大なクレーターだった。
転がるようにすり鉢状の斜面を走り降りるペガソ。
「ブルー!倒れたら蜂の巣ですよ!しがみついてください!」
ブルーは返事をする余裕もない。なんとか転倒せずにすり鉢の底まで来た時、突如ペガソの足元が沈みアリジゴクのようにガラス質の流砂に飲み込まれた。
兵士がクレーターの縁にたどり着いた時には、ブルーたちの姿は完全に消え失せ、僅かにトリニタイトが流れる様を見るばかりだった。
流砂に飲み込まれたブルーとペガソは、地底をかなり長い間流された末、5mほど落下して堆積したガラスの上に落下した。
「ブルー、大丈夫ですか」
「ああ、ニューオーリンズのデニムじゃなかったら体がズタズタだったよ。
ここは……地下室か?」
周囲は暗闇だが、ペガソのライトで照らされた範囲を見るとコンクリートに囲まれたかなり広い空間のようだ。
「地上のあの爆発でも形を保っているところを見ると、核シェルターのようですね。かなり深いところまで落ちたかもしれません」
「蜂の巣にされかけたと思ったら、今度はガラスの砂漠の地下迷宮で遭難か。ぞっとしないね」
「今の状況で冗談を言えるのは大きな成長ですね。出口を探しましょう」
広大な地下遺構を探索しながら、ブルーがペガソに尋ねる。
「300年前の地図ではこの上は何になってる?」
「多少ズレはありそうですが……
なるほど、ここになら初代ロサの手記があってもおかしくありませんよ、ブルー」
「どういうこと?」
「ここは世界最大の図書館『アメリカ議会図書館』の地下です」
果たして2人は、厚さ40cmの引き戸に封じられた書庫にたどり着いた。
ひときわ大きな玄室の壁に、びっしりと書物が収められている。現在のヒューストンでは見ることのない紙製の書籍だ。
物理学、化学、情報処理、動植物、宇宙、歴史。当時の人類の英知を出来る限り残そうとした意図が見て取れる。
試しに一冊手に取ってみると、紙が劣化して捲る端から千切れてしまった。
「数千冊はありそうですし劣化も激しい。この中から初代ロサの書簡を見つけるのは至難の業ですね」
書架をぐるりと眺めていたブルーの目が、ある一点に留まる。
「意外とそうでもないかもしれないよ、ペガソ」
ブルーが目を留めた箇所は、分厚いコンクリートの壁では無く、地下の岩盤が剥き出しになっている。
しかも、壁が崩れたのではなく意図的に岩盤を露出してある様子だ。
ブルーとペガソが近づいて見ると、岩盤に文字が刻んである。ブルーが息を吹きかけて埃を払うと、より明確になった。
「ほら『Rosa』って書いてある」
「確かに。しかしロサはなぜこんなに手間のかかることを……しかも高々2〜3000字程度しか刻めないのに」
ペガソの呟きにブルーはしばし考え込んだが、ややあって振り向く。
「ペガソ、僕らが今日ここにたどり着けなかったとして、次に誰かがこの書簡を読むのは数千年先だったかもしれない。
その時にメッセージが残っている可能性が一番高いのは、紙でもディスクでもない。『石に文字を刻む』だ」
「ま、本の受け売りなんだけどね」と言いながらブルーが石に触れた瞬間『風景』がブルーの脳に流れ込んできた。
『サイコグラフィ』
初代ロサは強大なサイキック能力で、書簡を刻んだ岩盤に自らの思念・体験を焼き付けた。
ブルーのようにそれを感受する力のある者は、自らが体験するかのようにロサの記憶を辿った。
ブルーの脳に飛び込んできたのは、見覚えのあるコンロー湖畔で無邪気に踊る幼い姉妹だった。




