18話 ニューヨークのラウラ
ニューヨークに向かうオートヘリの中、ハリエット・パークスとベネディクト・スノーデンはもう長い間無言で向かい合っていた。
「ベネディクト君、正直君の口から出てくる言葉には1ナノメートルも信用できないが、敢えて訊く。私をニューヨークに連れて行く目的は?」
「私の恋人を救ってほしい」
「……嘘にしては下手過ぎるようだな。だが私が万能の天才といっても、医療の専門家ではないぞ。他に適任者がいるのでは?」
「行けば分かる」
ベネディクトは目的達成の為なら、いくらでも冷酷にもなるし嘘もつく。だがそれは、この男の本質ではないのかもしれない。
ハリエットは、ベネディクトとの短い会話でこう感じた。
「パークス博士は何歳かね」
「もうすぐ次の誕生日で14歳だが?」
「そうか。私は今24歳だ。私がヒューストンを出たのと同じ年齢だな」
そう言ってベネディクトは、時計に目をやった。
「ニューヨークまであと30分ほどだ。少し私の話をしていいか」
「……構わないよ」
私はヒューストンの秘密機関「脳力開発機構」で生まれ育った。「脳開」は超能力の研究機関だ。私のような超能力の素養のある子どもが集められて、共同生活を送りながら訓練と研究が行われていた。
「開発」のために拷問まがいのこともされていたし、素養がなければ容赦なく「入替え」された、そういう組織さ。
ラウラと初めて話したのは5歳の時だ。夜中に目が覚めてトイレに起きると、職員のオフィスの電話が鳴っていた。私はなぜか『取らないといけない』という気がした。
電話の向こうは若い女性の声だった。
ラウラと名乗った彼女は、なぜか私の名を知っていた。
『ベンかい?』と気さくに話しかけてきて、体調はどうだとか食事はちゃんと食べているかとか、他愛もない会話をして電話は切れた。
その後も、事あるごとにラウラから電話があった。オフィスの電話や、通信が制限されているはずの学習用端末にかかってくることもあった。
不思議なことに、日中でも夜間でも他の人に見つからないタイミングで掛かってきて、見つからないタイミングで切れるんだ。
最初は私もビクビクしながら電話を取っていたが、数回目からは安心して通話していたよ。
ラウラは、幼い頃の私には良き母親や良き姉のように思えた。気づけば悩みを何でも相談するような間柄になっていたからね。
そして私が思春期を迎える頃には、それは恋焦がれる気持ちに変わっていた。
13歳になって最初の通話でラウラは言った。
『ベン、誕生日おめでとう。もうすぐ君の体も力もグンと大きくなる。そうしたら、会いに来てほしい。私はニューヨークにいる』
その日を境に、私の念動力は急激に大きくなった。ペンや石ころを浮かすぐらいがせいぜいだったのが、車を浮かせ銃弾を止め機械を分解するまでに至った。
そしてある日、脳力開発機構にものものしい警備に守られた女性がおとずれた。パークス博士も知っているだろう?ロサだ。
ロサは、私や脳開にいたほかの子供たちと同じ匂いがした。
ロサは私にこう告げた。
「ベネディクト、私はロサです。
あなたを『アンリーガル』に任命します」
「アンリーガルってなに?」
「アンリーガルは『己の求めるを為す者』です。
どこに行っても、何をしてもいい。あなたがこの世界で、やりたいことを見つけて、やりたいことをして下さい。
……本当は、皆がそうならいいんだけどね。とにかく、あなたは求めるを為すに足る力を、神様から貰ったのよ。
あなたのやりたいことが、世界のあり様を少し変えていくの。ステキでしょ?
必要なものがあれば連絡して。出来る限りの援助をするわ」
私は一晩考えた。
翌朝、私を痛めつけた職員と、ともに育った可哀想な子供たちを皆殺しにして、施設を完全に破壊した。そして、ラウラに会うためにヒューストンを出た。
「つまらない話につき合わせて済まない、パークス博士。そろそろニューヨークだ。見ろ」
促されて窓から外を見たハリエットは絶句する。
「な、なんだこれは……?」
ロングアイランドの付け根、マンハッタンを中心に半径20キロの大地が消失し、真円状の海岸線が形成されている。
「絶景だろう?ここがニューヨークだ。この真円の海岸線を描いたコンパスが何かは、パークス博士なら一目瞭然だろうね」
「核攻撃か……!終末戦争時の……」
ヘリは、真円の海域の中央に座する巨大な空母の甲板に着陸する。
「これが旗艦『ブルックリン』だ。ほかに、2番艦『ブロンクス』3番艦『クイーンズ』潜水艦『ハーレム』でニューヨーク艦隊を形成している」
「原子力艦だと……もう一度終末戦争をやろうというのか」
「まさか。ラウラと我々の目的は人類の繁栄だけだ。ヒューストンと違ってな」
たくさんの兵士がキビキビと働く甲板から、船内に入っていく。
「ここにいるのは皆、300年前にヒューストンを出た者の子孫たちだそうだ」
ベネディクトとハリエットは厳重な扉を何枚も開け、奥へ進んでいく。最後の扉を開けながらベネディクトが言う。
「長旅ご苦労、パークス博士。紹介しよう、彼女が私の恋人、ラウラだ」
猛烈な冷気とともに、天井から吊り下げられた3本の白い巨大な円筒が2人の前に姿を現す。
冷気に身を震わせながら、ハリエットが不敵に笑う。
「……量子コンピュータか。
なるほど、彼女を治せるのは今のところ世界に私だけだろうな。
それでベネディクトくん、ガールフレンドのように大事なこの計算機に、どんな不具合が?」
「パークス博士は誤解されている。ここは寒い、オペレーションルームへ行きましょう。今日はご機嫌だといいのだが」
キーボードにマウス、コントロールパッドといった特に珍しくもない入力デバイスと大型のホログラムモニターが並んでいるオペレーションルームに入ると、ベネディクトは親しげに声をかけた。
「ただいまラウラ、パークス博士をお連れしたよ」
ホログラムモニターに、20代後半と思しき女性の立体映像が映し出される。アングロサクソンにラテンの血がブレンドされた、色香のある女性だ。
「おつかれベン、ホワイトにしてやられたな。あの男、一瞬でベンの力の限界を見抜いた。やはり油断ならん男だな」
「……見ていたのか。なんだか楽しそうじゃないか」
「アンリーガルズ同士の殺し合いだ、楽しくもなるだろ?」
そう言ってラウラが快活に笑う。
2人の語らいを見ていたハリエットが割って入る。
「ベネディクト君、これはあの量子コンピュータのAIアバターかね?」
ベネディクトが何か言いかけるのを制して、ラウラが答える。
「それには私が答えるよ。
まずハリエット、手荒な真似をして済まなかった。私がニューヨーク艦隊の総督、ラウラだ。
まず私がAIアバターかという問いに対しては、Yesだ。ただし、おそらくハリエットが想像しているのとは違う。
このアバターは、量子コンピュータの能力で実在していた人物の人格・記憶を99.99%再現している。私はラウラそのものだ」
「では君は……」
「今ハリエットが聞こうとした2つの質問に答えよう。
まず1つ目、私は誰か。
私は300年前にヒューストンを復興したロサ、いや初代ロサと言ったほうが君たちには分かりやすいかな?ロサの妹、ラウラだ。
2つ目、なぜベネディクトとキスすることもできないAIアバターなんかになったか、だろ?
私は300年前一度死んだ。でも、死ぬ前に量子コンピュータの人格再現AIにをコピーしたんだ。
なぜこんなデカい牛乳瓶みたいな姿にまでなって生きているか?
それはね、300年間ぬくぬくとユートピアやってるヒューストン、ロサが作ったヒューストンをこの世界から蒸発させるためだよ。
で、ハリエットに来てもらったのはさ、量子コンピュータのシミュレーション演算で、初代ロサぐらいの未来予知はできてたんだけど磁気嵐のせいか調子悪くてね。ちょっと脳みその中見てほしいんだよ……おーい大丈夫?
ベン、女の子が腰抜かしてるよ!助けてあげなよ!」
ハリエットは、確かにその場にへたり込んでいた。今ラウラが世間話でもするかのように話した内容に圧倒されたのはもちろんだが、もう一つの事実がハリエットの全身を揺さぶっていた。
未来演算という神にも近い力を持ち、肉体が消滅してなおヒューストンを300年憎悪し続ける怪物。
なのに、ハリエットはこのラウラという快活な女性を嫌いになれない。それどころか、好きになり始めていた。
その事実に、ハリエットは全身を揺さぶられていた。




