17話 ヒューストンのロサ
目覚めたブルーの目にまず入ったのは、ヒューストン統一建築仕様の無機質な天井だった。今までの冒険は全部夢で、ヒューストンの自室で目覚めたのかと思ったが、腹の傷の痛みが手酷い敗北の現実に引き戻した。
「ブルー、気分はどうだ」
傍らの机で、ジェリー・ホワイトが銃弾をひとつひとつライトで照らし選別している。
「良いとは言えません」
「弾丸は横弾になっていて内臓までは届いてない。傷が塞がれば仕舞だ。ワイルドガールの手術は成功したが、胸骨骨折、肋骨も何本かやられてる。まだ絶対安静だ」
「くそっ……!」
「泣くなよブルー、あの化け物とやりあって生きてるのは十分ファインプレーだぜ」
「でも……」
「とにかく休め。そのざまじゃリベンジも出来ねえぞ」
そこまで喋ると、薬の作用もあるのだろう、ブルーは涙を流したまま再び深い眠りについた。
その日の夜更け、ブルーは夢を見ていた。
前と同じように、ヒューストンのスクールバスに乗っている。ただし、今度はミラと2人、固く手をつないでいる。
バスが暴走しビルに激突する。ミラが、繋いでいた手だけを残して瓦礫の下敷きになる。アスファルトに血溜まりが広がっていく。ブルーは瓦礫をどかそうとするが、ビクともしない。
そこにベネディクトが現れ、ブルーに銃撃を浴びせる。背中にめり込む銃弾に構わず瓦礫を押しのけようとするブルー。後頭部に銃口が押し当てられた時、虚空から女性が現れる。
女性が手を一振りすると、瓦礫もベネディクトもバスもビルも消え失せ何もない空間に3人だけになった。ミラの傷は消え、眠るように横たわっている。
「私はロサです。あなたたちの名前を教えて」
ロサと名乗る女性は、40代ぐらいの白人系に見えた。穏やかな笑みを浮かべている。ブルーは戸惑いながら答えた。
「僕はブルー、彼女はミラです」
「ブルー、あなたの優しい光とミラの剥き出しの烈しい光をやっと見つけることができました。会えて嬉しいわ」
「ロサ、あなたはいったい……?」
「ごめんなさい、訳が分からないわよね。私も全部分かってる訳じゃないし、どこから話していいか分からないんだけど……」
そう言ってロサは話し始める。
ロサは元々、300年前に今のヒューストンを作った人の名なの。ロサには未来や遠くを「観る」力があって、その力で戦争で荒廃したヒューストンを復興へ導いていったそうよ。
ロサの死後は娘が引き継いだ。ロサほどではないけど、力は引き継がれていた。娘に後継者はいなかったけど、死期が近づくとヒューストンで生まれた赤ん坊から力を持った者を予知して、後継者に指名した。
可哀想に、その赤ん坊は親から取り上げられて『3代目ロサ』として育てられたの。
そうやって歴代のロサが統治してきたのが今のヒューストン。ロサ候補者は、ヒューストンのほか周りの村からも探索されるようになった。選ばれた子は、ありとあらゆる手段で「回収」されたわ。
表向きは共和党か民主党の市長が選挙で選ばれて市政を担っているけど、彼らの役割は実務と現状維持。ヒューストンの進路を決める舵は、私達ロサと官僚が担ってきたの。
ただ20代目の私は少し事情が違ってね。先代がいくら探しても、力のある子が見つからなかった。それでヒューストンは、予知やテレパシーの素質を秘めた子供を集めて、訓練する機関を作ったの。
それで、力が弱いながらも残って選ばれたのが私。ロサになる前の名も、もう忘れてしまったわ。
昨日のあなたが会ったベネディクトもその機関出身よ。あの子もだいぶ酷い目に遭ったみたいね……
「それで、なぜあなたは僕のところへ?」
「あなたとミラに会いたかったというのがいちばんだけど、伝えたいことがあって。
……ブルー、あなたはもうアンリーガルズの1人よ」
「僕が?僕はただの貧乏な高校生ですよ。ハリエットみたいに賢くないし、ホワイトさんやベネディクトみたいに強くもない」
「アンリーガルズとは『自ら求めるを為す者』よ。
考えてご覧なさい。あなたはヒューストンを飛び出して、行きたいところへ行き、やりたいことをやっている。
ペガソとミラという『オーパーツ』を従えてね」
「ペガソはともかく、ミラがオーパーツ?」
「あの子の持つ原初の生命の輝きは、ヒューストン市民はもう忘れてしまった、いえ、人類が数百年前にすり減らしてしまった輝きよ。世界を変えるのに十分なほどにね」
「そうだとしても僕は……」
「あなたがミラを想う気持ち、それもまた24世紀のこの世界で失われたオーパーツよ。
ブルー、強い弱いではないわ。あなたのその想い、悩み苦しみ踏み出す一足が世界を少し変えていくの。ステキでしょ。
あなたはもう立派なアンリーガルよ
……それにね、私とこうやってお話出来ていること自体、あなたもほんの少しでも『素質』があるってことよ
とはいえ、ミラにはまだ休息が必要ね。その間にワシントンDCに行ってみて。私も知らない、初代ロサの手記が残ってるらしいわ。知らないけど」
「なんだか、最後すごく自信がなくなっていたみたいに聞こえたんですが」
「フフフ、私も噂だけで見たことがないのよ。あ、そうだこれアンリーガルズになった記念に」
と何か手渡される。
……そこで目が覚め、ブルーは飛び起きた。が、銃創の痛みでしばらく悶絶する羽目になった。
気づくと、何か握っている。ヒューストンアストロズのキーホルダーだ。ヒューストンならどこにでも売っている安い土産物だ。
だが、さっきの夢がただの夢じゃないことを証明するには十分だ。ブルーは落ちないようにベルトループに留めてポケットにしまった。
翌朝、様子を見に来たホワイトにブルーは告げた。
「昨夜、ロサと話しました」
しばらくホワイトは呆気に取られていたが、ニヤリと笑って葉巻をくわえ直した。
「そうか、電話でもかかってきたか?」
そこから3週間ぐらいでブルーの傷は塞がり、ホワイトについて射撃や格闘の訓練ができるまでになった。
ミラも目を覚ましている時間が日に日に増え、会話もできるようになってきた。
ホワイトと訓練している時以外は、ミラのベッドの横にいるのがブルーの日課になった。
痩せてしまったミラの頬を撫でていると、ミラの目が開いた。
「……ブルー」
「おはようミラ、気分はどう?」
「息が苦しい」
「……かわいそうに」
夢で見たように、ミラがブルーのの手を握る。
「夢をみてた」
「どんな夢?」
「覚えてないけど、ブルーは誰かと喋ってた。わたしは、体も口も重くて動かせなかったの」
「僕も同じ夢を見たよ」
「ホントに?不思議ね……」
喋り疲れたのか、またミラは眠りに落ちた。ミラが熟睡したのを見届けてから、ブルーは席を立つ。簡単な食料と飲料水、ナイフとコルトを持って、ペガソに跨がる。
「頼む、ペガソ」
「……ミラに言わなくていいんですか?」
「ああ、これは僕がやりたいことなんだ」
「逞しくなりましたね、前の主人を思い出します」
北東へ約620km、ブルーとペガソはワシントンDCに向かって旅立つ。




