16話 ベネディクト・スノーデン
「ハリエット・パークス博士。
私はアンリーガルズの1人、ベネディクト・スノーデンだ。
我々とニューヨークに来てもらう」
「……分かった。お前に従う。ただし条件がある。中にいる者は無関係だ。手を出すな」
「約束しよう。中の者には手を出さない」
その言葉を聞いて、ハリエットはゆっくりタラップを下りる。
「すまないが念のため縛らせてもらう」
そう言って、部下に目配せする。
「ヒューストン最高の頭脳だぞ、丁重に扱え」
部下の1人がハリエットに手錠とレッグカフを掛けたのを見届け、別の部下に指示する。
「3人入れ。全員殺せ。」
「おい!」
ハリエットが抗議し走り出すが、レッグカフで歩幅を狭められているため、すぐ転倒する。取り押さえられながらハリエットが叫ぶ。
「逃げろ!」
ハリエットが投降するまでの間、ペガソが皆を集め数十秒のブリーフィングを行なっていた。
「時間が無いので1度しか言いません。絶対覚えてください。彼らはハリエットを確保したあと、私達を皆殺しにきます。そういう訓練を受けた者の動きです」
「まず2人とも、私の陰に隠れてください。小銃弾程度なら防げます。
そこから、考えられるパターンは2つ。」
「パターンA
手榴弾もしくは催涙弾が投げ込まれる。
対処としては、何かが投げ込まれたら私に乗り脱出、そのまま逃走する。以上です」
「パターンB
小銃でクリアリング後突入してくる。
こちらのほうが厄介です。
対処ですが、逃走するとどこかを掴まれて引き倒される可能性が高いので、戦います。まず私に乗ったブルーが、1人轢きます。ミラは何処でもいい、2人切ってください。肌が見えたらイータン、アイシクルバレットで動きを止めてください。そして2波めが来る前に私で逃走します」
「ブルー、ミラ、覚悟してください。殺す気でやらないと簡単に殺されます。
しかしながら、我々は相手の装備人数を知っていて、向こうは私とイータンの存在を知らない。我々が圧倒的有利です。落ち着いて。
ここからは正真正銘の戦場です。
ご武運を。Ooh-rah」
古参軍曹の指揮のもと、全員で小さく呟き配置につく。
外からハリエットの「逃げろ!」という声が聞こえ、小銃の銃口だけが差し込まれる。
「パターンBです」
銃口がきっかり2秒間、めちゃくちゃに乱射する。叫びたい衝動を必死に抑えているブルーの横を跳弾が掠めていく。
「乗れ!ブルー!」
乱射が止み、突入してきた兵士のいちばん後ろの男にペガソが突っ込む。グシャッと湿り気のある感触がブルーの手に伝わる。
想定外の敵の出現に、ほんの一瞬思考停止する兵士たち。その間にミラが背中を袈裟、逆袈裟に立て続けに斬りつける。
ラバー製のスーツが切られた数cmの隙間に、イータンがアイシクルバレットの麻痺弾を撃ち込んでいく。
「乗れミラ!」
作戦どおりだが、喜ぶ間もなくヘリを飛び出す。
兵士2人と隊長らしき男、それに拘束されて倒れているハリエットが見える。
「すまないハリエット、必ず助けに行く……!」
ブルーがそう念じてアクセルを吹かした瞬間、ペガソのGMUが見えない手で外され全システムがダウンした。推進力を失い横倒しになったペガソから、ミラとブルーが大地に投げ出される。
「ミ、ミラ大丈夫か……」
「うん……」
イータンもGMUが脱落した状態で、地面に転がっている。ベネディクトが部下を伴い、散歩でもしているような足取りでこちらに歩いてくる。
倒れながらも矢をつがえようとするミラ。ベネディクトはそれを一瞥し人さし指を上げると、物言わぬ200kgの鉄塊となったペガソがミラの上に漂い影を差した。
人さし指を下ろすと、自由落下以上の速度でペガソがミラを押しつぶし、地面に赤黒い血溜まりが広がっていく。
「ミラァー!」
ブルーが言葉にならない叫びを上げ、震える手で懐のコルトを取り出す。
「貴様、よくも……!」
ブルーが引き金を引く。発射された.357マグナム弾は、ベネディクトの50cm手前空中で静止した。つまらなそうな顔のまま弾丸を指で弾くような動作をすると、弾丸が跳ね返り、ブルーの腹にめり込んだ。
ベネディクトは振り返り、残った部下に短く指示する。
「処分しておけ。バイクは貴重なオーパーツだ、持ち帰れ。車で待つ」
浅い呼吸で倒れているブルーに銃を構えた兵士が近づいた時、野太いエンジン音が丘を上がってくる。
パールホワイトのシボレーシルバラードが兵士の1人を跳ね、ブローニングがもう一人を撃ち倒す。運転席からテンガロンハットの大男が降り立つ。
ジェリー・ホワイトだ。
ワゴンに向かっていたベネディクトが振り返る。
「ジェリー・ホワイトか。お前もアンリーガルズだったな。なぜ邪魔をする?」
「俺がお前の邪魔をする理由は2つある!」
ニューオーリンズの時と同じように、ホワイトは大仰に2本指を立てる。
「ひとつは、このガキどもとはちょっとした知り合いだってこと!ふたつめは、初対面だがお前のことは心底気に入らねえってことだ!」
言い終わらないうちにブローニングm9を二丁拳銃に構え連射する。ベネディクトの眼前で何十発もの弾丸が静止する。
「Oh yeah!面白い手品だな!
何発まで出来るのか見せてみろ!」
ブローニングを打ち尽くしたホワイトは素早くMP5に持ち替え、さらに打ち続ける。ベネディクトが血走った目から血の涙を流しはじめる。ホワイトが2丁めのMP5を取り出したところで、とうとう横に飛んで躱す。
『ハハハ、我慢比べは俺の勝ちだな!ん?』
ベネディクトが手招きするような仕草をすると、ミラを押しつぶいていたペガソが再び空に浮かび、猛スピードでホワイトに向かう。
しかしホワイトは200kgの鉄塊をやすやすと片手で受け止めると、横に投げ捨てる。
「どうした?手品はタネ切れか?」
舌打ちしたベネディクトが再度ペガソ
を浮かべ、今度は倒れているブルーめがけて飛ばす。ホワイトが巨体に似合わぬスピードで追いつき、横から蹴りを入れて軌道を変える。
ホワイトが振り返った時には、ベネディクトは自動操縦で近づいてきたワゴンに乗り込んでいた。
そのままハリエットの手錠を操作しワゴンに押し込むと、走り去っていく。
ワゴンが視界から消えると、ホワイトは一息つきブルーの元に向かう。
「よぉブルー、こっぴどくやられたな」
「ホワイトさん、ミラを……助けてやって……」
「おう任せとけ!……とは言うものの、嬢ちゃんのほうはかなり深刻だな」
ミラは完全に気を失っていて、胸骨が折れているのか胸のあたりが見て分かるくらい陥没している。
ホワイトは転がっているペガソとイータンのGMUを戻す。
「久しぶりだなイータン。話はあとだ、お前の愛しのワイルドガールが死にかけてる」
イータンが無言でミラのもとに向かい、処置を始める。
「さてと、気は進まねーが電話するか」
ヒューストンタワーの最上階、大きな窓を背にしたデスクの上に電話とメモパッドがあるだけの簡素なオフィス。電話が鳴り、オフィスの主が取る。
『ホワイトだ。ロサ、頼みがある』
「あなたが電話してくるなんて珍しいわね。でも、もうドクターヘリを向かわせてるわ。あと5分もかからないうちに到着するはずよ」
『流石だな』
「その子たちの起こす渦は強く大きいから、私の衰えた目でも見えたわ」
『ヒューストンはどんな様子だ?』
「あなたのおかげでかなりの人が助かったわ。今復興に向けてあちこちで自治組織ができ始めてる」
『なによりだ。お、ヘリが見えたから切るぞ。ロサ、体を大事にしろ』
「……ありがとう、ジェリーこそ無茶しないで」
「俺は不死身のスーパーヒーローだからな。じゃあな」
ホワイトは着陸したヘリの乗組員にミラとブルーの容体を伝え、テキパキと指示する。
「シャーロットに俺のアジトがある。治療しながらそこに向かってくれ。イータン、ミラに付いといてやれ。クラシックバイク君、お前は特別にシルバラードの荷台に乗せてやろう」




