15話 アトランタ・メモリーズ
その日の深夜、スリープ状態のペガソとイータンが身じろぎひとつしないまま秘匿通信で会話している。
『2人とも不器用過ぎますよ!特にブルー!”一緒にいて楽しい”とか、ああいう煮え切らない態度が最も状況を悪化させるんです!』
『お師匠も、何が”私は君を気に入った”だよ!なんでちょっと上から目線なんだよ!
しかも”ともに研究に生涯を捧げないか”って重たすぎるよ!もうプロポーズだよ!
多分今ごろ、研究室でのたうち回ってるよ』
『ブルーみたいにモテたことがない人間が急にモテると、ろくな事になりませんから。その点、私の前のご主人は戦場にあっても数々の浮名を流し……』
『年寄りの昔話はよくないよ。それにしてもブルーのやつめ。もしお師匠を袖にしたら、この世でいちばん苦しんで死ぬアイシクルバレットを打ち込んでやる』
『ははは、物騒が過ぎますね。
さあミラが目覚めた時が見ものです。我々もフル充電して待ちましょう』
『うん、おやすみペガソ』
「おはようブルー!おはようハリエット!あれ?皆寝れなかったの?酷い顔してるよ」
爽快に目覚めたミラと対照的に、目にクマをつくったブルーとハリエットが、弱々しく返事を返す。
「おはようミラ……昨日は大変だったね。体は大丈夫かい?」
「え、何のこと?」
「覚えていないのか、これはかなりトリップしていたとみえるな」
と、ハリエットが口を挟む。
朝食に、ごく薄く作ったスープを飲みながら昨日の顛末を話す。
「確かに、わたしチェンバレンさんとご飯を食べたあともお腹痛くなった!なるほど〜」
「僕の気が回らないせいで、ミラに苦しい思いをさせてごめん!」
「ブルーが謝ることないよ。慣れるまで薄めに作ってもらったら大丈夫だし、またブルーのご飯食べたいよ。踊りだすぐらい美味しかったのはホントだもの!」
「ミラ……!」
「ゴホン!ン!ン!」
目を潤ませて見つめ合う2人の横で、ハリエットがわざとらしい咳払いをし、ブルーが慌ててスープを口を運ぶ。
しばらく沈黙の食卓が続いたが、再びミラが口を開く。
「私が寝てる間に2人はケンカでもしたの?」
「ば……馬鹿な!私はヒューストン最高の天才だぞ!ケンカなんて低レベルな……」
「じゃあ、なんで目も合わせないし口も聞かないの?」
「ねえブルー、なんで?」
「そ、それは……」
ペガソとイータンのインジケータランプが激しく点滅する。
「ハリエットが僕に、ずっと一緒にここで研究しようって」
「で、ブルーはなんて答えたの?」
「と、特に何も……」
ミラがハリエットの顔を見る。ハリエットは真っ赤になって俯いている。
「ハリエットはブルーとファックしたいのね」
「な……!」
ミラの山刀を頭に振り下ろすが如き言葉に、2人は絶句するが構わず続ける。
「ブルー、ファックするのは『結婚』だっけ?『夫婦』だっけ?そういう約束をしてからって言ってたよね。チェンバレンさんも同じようなこと言ってたわ。ちょうどここに7日間は居るんだし、その間に私とハリエットとどっちとその約束をするか決めてくれる?」
「ハリエットもそれでいい?」
「の、望むところだ!」
「よし!決まりね!じゃあ笛にする葦が生えてないか探しに行くから、一緒に行こ」
「まて、ブルーにはペガソの解析を手伝って貰わないと!」
「ま…参ったな」
それから1週間は、狩りをしたり研究を手伝ったり道具を作ったりと、平穏無事に時が流れていった。
ハリエットとミラは、夕方に短い散歩に連れ立つようになった。アクアリウムにはシャワーもあるが、森の小川でともに水浴びをすることもあった。
ハリエットはミラに言葉と科学を教え、ミラはハリエットに歌と踊りを伝えた。
ミラが、ブルーとハリエットの分も葦笛を作り『懐かしのニューオーリンズ』を教えた。6日目の晩には2人とも吹けるようになり、それに合わせてミラが踊った。
1コーラスが終わるとミラはブルーに
「そのまま続けて」
と伝え、ハリエットの手を引き立たせた。ブルーの笛に合わせて2人が踊った。ブルーも立ち上がり、ステップを踏みながら笛を吹いた。
この旅が始まって以来の、幸せな時間だった。ブルーは『この時間がずっと続けばいいのに』と願ったが、時間は待ってくれなかった。
翌朝、ハリエットが
「出来たぞ!」
と声を上げた。ペガソの解析と、技術を応用したスタンドアロン化が完了したのだ。ミラとブルーの目からはイータンたちに変化は見られなかったが、大幅にバージョンアップしたらしい。
「よし!じゃあブルー、答えを聞かせてくれる?」
余韻も何もなく、さっそくミラが問う。
「そうだぞブルー、時間はたっぷりあっただろ?」
ハリエットも研究が成果を上げた興奮そのままに、問い詰める。
ペガソとイータンも、もはやスリープしているふりすら止めてブルーの答えを待っている。
ブルーがミラの腰に光る山刀と、イータンのアイシクルバレットの射出口を交互に見る。
ブルーは、あまり熱心ではなかったヒューストンの一神教の神に祈りを捧げずにいられなかった。
『ああ、神様か悪魔でもいい、この状況から逃れさせてください。あとは建物で爆発事故が起きてうやむやになるとか……』
その時、階下エントランス付近で爆発音がし、建物が揺れた。ブルーは自分が超能力でも使ったのかと、呆然とする。
ハリエットが慌ててセキュリティカメラの画面を確認する。破壊されたゲートにワゴンが侵入し、黒いコートと卵型のフルフェイスヘルメットを着込んだ兵士が6人下りてくる。
ハリエットの警備ドローンが応戦するが、関節部まで全て厚手のラバーで覆われており氷弾が通らない。
実弾兵器に換装したドローンを向かわせるが、敵の視界に入った途端に見えない力で壁に叩きつけられ、機能を停止した。
「手に負えない。屋上に輸送ヘリがある。逃げるぞ」
ハリエットが早々に見切りをつける。
「狙いは私だろうが、無関係の者を放っておくほど、優しい連中にも見えない。一緒にヘリに乗れ」
「逃げ切ったら、適当なところで君たちは降ろす。旅を続けるんだろ」
「ハリエット……」
「ブルー、返事は次会った時に聞かせてもらう。君の机を用意して待っているよ」
ミラが頭一つ小さいハリエットを抱きしめ、額にキスする。
「ハリエット、わたしの可愛いアトランタの妹……」
「笛もダンスも私の頭脳に刻み込んだ。忘れないよ。
……さあ、早く乗り込め!」
侵入者が屋上に上がった時には、ヘリはもう200mほど上昇していた。隊長らしき男が、1人の兵士がライフルで撃とうとするのを制するとヘルメットを脱ぎ捨てる。
ブロンドの長髪に涼やかな目元、美男子と言っていい顔立ちだろう。突如その涼やかな目を血走らせてヘリを睨みつけると、全身を瘧のように震わせ始めた。
ヘリはハリエットがコントロールパッドでマニュアル操縦していた。逃げ切ったかと一行が安堵した刹那、全電源を喪失した。15本のGMUが次々と強制解除されたのだ。
コントロールを失って墜落するかと思いきや、ヘリはまるで巨人の手に掴まれているかのようにゆっくり降下していき、開けた草地に軟着陸した。
「よし、行くぞ」
目と口と鼻から流れた血を拭いまた涼しい顔に戻ると、部下を伴いヘリの降下地点へ向かう。
ヘリの中では、ロックされたまま動かなくなったドアレバーを、ブルーが必死に開けようと体重をかけている。すると突然抵抗を失ったレバーにもんどり打って、したたかに頭を打ち付けた。
「私が先に行こう」
ハリエットが意を決してドアを開け放つ。ヘルメットで顔を隠した小銃を構えた兵士が5人と、中央に隊長らしき長身の優男。
「ハリエット・パークス博士。
私はアンリーガルズの1人、ベネディクト・スノーデンだ。
我々とニューヨークに来てもらう」




