14話 ディナータイム
つまらなそうに床に寝ていたミラが、立ったままショートブレッドを齧るハリエットの白衣の裾を引っ張って言う。
「ねえ、皆でご飯にしようよ」
「食事なら今摂っているところだ。バックヤードに厨房があるから、君たちは好きにしたまえ」
「それがご飯?」
「私が開発した完全栄養食ペレットだ。1日6本で必要な栄養を摂取できる。あとはこれだね」
と言って、ケースに入ったタブレットを口に放り込む。
「私の脳は、常人の10倍以上の糖分を消費するからね。ブドウ糖タブレットを摂取して……」
「そんなんじゃダメだよ!ねえ、ここで居る動物は食べていいんでしょ?」
「いや、ミラそれはよくないんじゃないかな。外に狩りに行こう」
「なんで?どう違うの?」
ブルーは一瞬言葉に詰まったが
「ほら、外を走り回ってる獣のほうが美味しいだろうし……」
というでまかせでミラが納得したので安堵し、ハリエットに耳打ちした。
「ウチのワイルドガールを好きにさせておくと、パークス博士の研究成果を片っ端から燻製にしてしまいます。
ここはフィールドワークの一環と思って一緒に採集に行きませんか」
「う、うーむ解ったよ」
「アクアリウムのすぐ南、私のマップではオリンピック公園は森に戻っていました。そこなら野生動物は豊富でしょう」
「じゃあ、僕がペガソに乗って追い立てるから、ミラとイータンが射てくれるかな?」
「じゃあ鳥はイータン、獣はわたしね!競争だよ!」
イータンの液晶が『bien』と点滅し、上空に控える。
「なあ、私はどうしたらいいんだ?」
「パークス博士はここに!」
そう言ってブルーがハリエットの小柄な体を持ち上げて、リアシートに座らせる。
「振り落とされないようにしっかり掴まって。あとこれを」
と言って手近な棒を渡す。
「適当に叫びながらこれで藪や木の幹を叩いて、獣を追い立てて」
「叫ぶ?なんて叫ぶんだ?」
ブルーがハリエットのほうを見て、いたずらっぽく微笑む。ハリエットは思わず俯いて目をそらした。
「Ooh-rah!!」
鬨の声とともに、ペガソの前輪を高々と上げ走り出す。ハリエットは思わずブルーの背中にしがみついた。
「なんだその言葉?」
「勇気が湧いてくる言葉さ!さあ言ってみて!」
「ウー・ラー!」
ハリエットがぎこちなく叫びながら、木の幹を叩く。驚いた鳥たちが羽ばたく先に、イータンが向かう。
「猪だ!」
急旋回して振り落とされかけたハリエットを、ブルーの左手が支える。
「そっちに追うよミラ!」
ミラがアイコンタクトで応え、矢をつがえ放つ……!
猪が1頭に野鳥が3羽、野生のハーブ少々。狩りの成果は上々だ。
「ハリエットのおかげで良い狩りができたよ、ありがとうね」
「私は別に……でも貴重な経験だったのは確かだな」
「ボクのほうが多いぞ!」
「ホントだ!イータンはすごいねー!」
とミラが褒めると、イータンはもう撫でてもらおうと近づきはじめている。
「さてと、わたしは処理をするからブルーたちは薪を拾ってきてくれる?」
「待って!パークス博士、バックヤードに厨房があるって言ってたよね?」
「あ、あぁ私は使ってないけどな。調理器具も調味料も一通りあるはずだ」
ブルーが目を輝かせてミラに向き直る。
「ミラ、今日は僕が作っていいかい?」
ミラが解体した猪の肩肉を、ブルーが薄切りにしていく。ソイソースと砂糖、赤ワイン、ジンジャーを合わせたタレに漬ける。野鳥は開いて串を打ち、ハーブ入りの塩をすり込んでグリルで焼く。
厨房にあったバスマティライスを茹で上げ、ザルに取る。
大皿に盛ったライスの上に、猪肉の生姜焼きと野鳥のグリルを豪快にタレごと乗せる。
「みんなお待たせ!」
ブルーが小皿に取り分けて、ミラとハリエットに渡す。2人とも、湯気を上げている皿をおっかなびっくり眺めている。
ハリエットが意を決したようにフォークで掬って口に入れる。イータンが
「お師匠大丈夫?毒なら吐き出せ!」
と周りをパタパタ飛び回っている。ハリエットは続けて口に運ぶと
「こんなの食べたら、IQが下がっちゃう……!」
と蕩けた顔をしている。
「さ、ミラも。熱いしベタベタするから、これで食べて」
と、フォークをすすめる。
一口食べたミラは大きな目を今まででいちばん大きくすると、フォークを放り投げ手づかみで頬張りはじめる。
「ブルー君、大した腕前じゃないか」
「なにしろ苦学生だからね、レストランとかでも散々アルバイトはしたよ。ヒューストンではソイミートだったけど、天然食材だとここまでになるとは!」
食べながら、ブルーがハリエットに尋ねる。
「ところで、そもそもパークス博士はなぜペガソを攫おうとしたんだ?」
「ああ、それだがな……
イータンをはじめとするウチのロボット達は、メインフレームと通信してAIが機能している。だが、ペガソは完全スタンドアロン、自己完結している。これは現在では未知の技術だ。ぜひ解析してイータンたちに応用したい」
「なるほど、ペガソはそんなにすごいヤツだったんだな。っていうか、話してくれたら協力したのに!」
「仕方ないだろう、私は孤高の天才科学者だから人に物を頼むとか慣れてないんだから!」
「で、天才科学者ならどのくらいで解析できるんだ?」
「1週間もあれば解析から応用まで十分だな!」
「じゃあ、1週間はここに滞在させてもらうってことだな。宜しく頼む」
「こちらこそ、宜しく」
その時、ひとしきり食べ終わったミラが立ち上がり踊り始める。
「おいおい、ミラ君はどうしたんだ?」
「ミラは感情が高ぶると、踊り始めるんだ。心配要らないよ」
ミラがブルーを立ち上がらせ、ダンスに誘う。ブルーも前回よりは幾分ついていけるようになり、頬を寄せ合って踊っている。
「ブルー、すごいわ。あんな美味しいものはじめて食べた」
「ははは、喜んで貰えて嬉しいよ」
「ねえブルー、bésameしたいわ」
「え、参ったな……」
ブルーがハリエットのほうをチラリと見て視線を戻すと、ミラの様子がおかしい。白目を剥いて力が抜けていく。
「ミラ!どうしたんだミラ!」
ベッドに寝たミラの様子が落ち着いたのを見届けて、ブルーが寝室から出てくる。
「ありがとうパークス博士、打ってもらった薬が効いたみたいだ」
「鎮静剤が効いているから、明日の朝まではぐっすりだろう。
ミラ君のような狩猟採集生活をしてきた人間に、精製した砂糖を使った料理は刺激が強すぎたんだ。血糖値の乱高下に、ドーパミンの過剰分泌。思えば、踊り始めた時から一種のトランス状態だったんだろうね」
「ニューオーリンズでも、ミラは普段と違うものを食べていたはずなのに……」
「ニューオーリンズの文明は、せいぜい中世レベルだろう?現代の我々がいかに『毒』を喰って生きているかの証左と言えるな」
「くそ、僕がもう少し気を回せていれば……!」
ブルーが頭を抱える。
「そんなに落ち込むな。思い至らなかった私も悪い。ヒューストン最高の天才が、聞いて呆れるな」
暫くの間があって、ハリエットが遠慮がちに尋ねる。
「ところで、その……君たちは……恋人同士なのか?」
「え?いやいや!そんなのじゃないよ。ミラが育った村は、恋人とか夫婦とか特定のパートナーを作らない風習だったらしくてね。そういう感覚がないみたいで」
「君はどうなんだ?」
「え?」
「君は、ミラ君のことをどう思っているんだ?」
「な、なんで……?」
「いいから答えたまえ」
「そうだな……ミラは僕を助けてくれた恩人だし、チャーミングだし、豪快で勇気があって率直で、とにかく僕が持っていないものを沢山持ってる人なんだ。だから、ミラに会って違う自分になれたというか、一緒にいて……楽しい」
「以上かね」
「あ、あぁ」
「じゃあ、私の話をさせてもらおう。君は賢いし理解も早い。性格も穏やかで誠実だ。薄汚れているが見た目もまあまあで、料理も上手だ。
早い話、私は君を気に入った。
私の助手になって、ここで共に研究に生涯を捧げないか?
あ、あと私のことはハリエットと呼んでくれて構わない」
ハリエットは一気に話すと、研究室に入りドアをバタンと閉める。
「ま、参ったな……」
立ち尽くすブルーの横で、スリープ状態のペガソとイータンのインジケータランプが赤く光った。




