13話 ハリエット・パークス博士
2433年9月18日午後、地球を巨大磁気嵐が起こった。
第1波は14時26分、シリーズ最終戦のヒューストンスタジアムを一瞬停電させ、いくつかのシステムにエラーを起こした。
第2波は18時26分、数十台のバス・タクシーがコントロールを失い建物に突っ込んだ。何機かのヘリと、ほぼ全てのドローンが墜落した。
電磁ロックとセキュリティシステムが麻痺し、数%の市民が略奪をおこないテロリストが破壊工作を成功させた。
後に『本震』と呼ばれる第3波は19時ちょうどに到達した。ヒューストンのシステムの99%がダウンし、数機の人工衛星が大気圏で燃え尽きた。ヒューストン市街が完全な暗闇となったあと、低緯度オーロラが空を赤く染めた。暴徒とテロリストすらも空を見上げ、身を固くした。
その後間もなく、地に伏していた警務ドローンが再起動し、人々をアイシクル・バレットで無差別に撃ち始めた。
しかも致死性の神経毒を通常運用より薄めたものでだ。より多くの人間を撃てるように、と推測される。撃たれた人間は、長い時間苦しんで死んでいった。
ヒューストンシリーズの後夜祭を楽しんでいた街は、地獄と化した。
私は、ヒューストン市内の自宅兼研究所にいたが、第2波のあとワゴンで街を出て事なきを得た。
数百人の市民は街を脱出できたが、市民はヒューストン以外で生きていけるようには出来ていない。
野生動物や、周辺集落の民に襲われたものも多いと聞く。
私はワゴンでもう一つの拠点であるアトランタに向かいながら、市域外に出た市民を少しでも救うために『ライフセーバー』を何機か派遣した。
そのうちの1機が、君たちが出会ったイータンだった訳だ。
ここまでハリエットが話し終わったところで、冷や汗まみれになったブルーが胸を押さえて崩れ落ちた。極度のストレスから来る、動悸と過呼吸症状だ。
無理もない。生まれ育った街……どころではない。つい先日まで彼にとって世界の全てだったヒューストンが地獄に変わっているのだ。
鎮静剤を投与してやろうと、ハリエットがイータンに目配せするがブルーが手を挙げて制する。口を細くすぼめて、必死に呼吸を落ち着かせている。
「いいよ、パークス博士続けてくれ」
「……90秒後に再開しよう。呼吸を整え給え」
典型的なヒューストンの温室水耕栽培青年かと思ったら、なかなか腹が座っているではないか、とハリエットは感心した。
「今までの話で不可解な点が2つある。ブルー君分かるかね」
「なぜ警務ドローンが人々を襲い始めたか」
「そのとおり、磁気嵐によるエラーでいっせいに警務ドローンが殺戮を始めるなど、あり得ない。これは人為的なハッキングだ。
もう一つは?」
「なぜこのタイミングか?」
「半分正解。なぜこのタイミングなのかは明らか、磁気嵐でヒューストンのシステムが麻痺したタイミングが最もダメージを与えられるからだ。ハッカーは明確に悪意を持ってヒューストンを害している」
「それよりも不可解なのは『なぜヒューストンが磁気嵐を予見できなかったか』だ。ブルー君、磁気嵐の原因は分かるね?あ、ミラ君はつまらなければそこで横になって居給え」
ミラは言われたとおり、猫のように一周してから丸くなって寝てしまった。
「話を続けよう、磁気嵐の原因は?」
「太陽フレアとか?それが何かはあまり理解していないけど」
「十分だ。太陽表面の爆発から磁気嵐が地球に届くまで、1〜3日かかる。太陽面を観察して磁気嵐の到来を予想する技術は、数百年前に確立されている。電力とネットワークに依存しているヒューストンも、当然備えている」
「ではなぜ、今回予見できなかったか。太陽面観測のデータが何者かに改竄されていたからだ。数日前からか数年前か100年前からか」
「気づかれないよう改ざんすることは、データを壊すことや盗むことより100倍難しい。そして数百年に一度しか起きない巨大磁気嵐を待って攻撃を仕掛ける、これは凄まじいまでの悪意があって成せる業だ」
「私はこれらの観測と調査を、ここアトランタで行なっていたというわけだ」
「じゃあこのデータセンターは、ヒューストンのリダンダンシー(冗長化・ストック)ということか?」
「いや、ここのメインフレームは私の私物、パーソナルコンピュータだ」
ブルーは呆気に取られた。
「バカな!ここで何十エクサフロップスの計算能力があるんだ?それが個人のものって……いくら天才とはいえ、君はいったい何者なんだ?パークス博士」
「物分かりが良くて好感が持てるね、ブルー君。ちなみにここの計算能力は300エクサフロップス以上だ」
「そして君は期せずして、核心に迫る質問をしたことを自覚したほうがいい。
私はヒューストンの法に縛られず『自ら求めるを為す者』アンリーガルズの1人だ」
「アンリーガルズ……?」
「そう、資源の利用や技術開発が厳しく統制されているヒューストンにあって、アンリーガルズは求めれば無尽蔵に資源を使い、オーパーツの発掘、新規研究すべてが認められている」
「もちろん、市域を離れ移動することも自由。非市民と接触するのも自由。そして、ヒューストンのために動くことも動かないことも自由だ」
「ちなみにブルー君、君も市域を離れミラ君という非市民と接触しペガソというオーパーツを利用しているではないか。まあ君はアンリーガルでは無く『イリーガル(違法)』だが」
「オーパーツ……まさか、ジェリー・ホワイトもアンリーガルか?」
「おや、彼にもう会ったのかね。ジェリーは私が認識している唯一のアンリーガルズだ」
「他にもいるのか?」
「数人いるらしいが、他は知らない。アンリーガルズ同士は特に顔見知りでもないし干渉することもない。あの目立ちたがり屋は特殊な例だね」
「ちなみに、暴走したドローンは翌朝までに彼が全て21世紀の遺物の実弾兵器で撃ち落としたようだ。
ハッカーもあんな脳筋バカは想定外だったろうね」
ブルーは開いた口が塞がらなかった。ジェリー・ホワイトは、シリーズ最終戦で決勝ホームランを打ってから2000機のドローンを撃ち落とし、ニューオーリンズでチェンバレンを圧倒し、僕らを助けたり殺そうとしたりしたとしたわけか。あまりに元気が過ぎる。
そしてヒューストン市民から見れば彼はまさにスーパーヒーローだ。
とその時、ハリエットの腹からグ〜と大きな音がなる。特に恥ずかしがるでもなく
「おっと、脳と体が栄養を求めているな」
と白衣のポケットからショートブレッドを取り出し食べ始める。
猫のように丸まりながら嫌そうにそれを見つめていたミラが、白衣の裾を引っ張る。
「ねえ、皆でご飯にしようよ」




