12話 ジョージア・アクアリウム
イータンに導かれ、ブルー一行はアトランタの中心部に向かう。ほとんどの建物はラファイエットと同じように、森に飲み込まれつつある廃虚だったが、ひとつだけ300年前の姿をそのまま残している巨大な建物がある。
「ここだよ」
建物に近づくと、ロボットが外壁の補修や庭木の剪定にまめまめしく励んでいるのが見える。
イータンが短い電子音を奏でると、作業ロボもそれぞれの電子音を返す。あいさつのようなものか、とブルーは推測した。
中に入ると、巨大なアクリルの壁の向こうにサーバーらしき電子機器が天井までぎっしり並んでいる。そして、サーバーのある空間は液体で満たされているようで、機器の輪郭が揺らめいている。
「これは……データセンターか?」
「300年前の地図では『ジョージア・アクアリウム』となっていますね」
「アクアリウム……そうか!
巨大な水槽を液冷式メインフレームにしてるんだな。しかし、ヒューストンのシステムはグリッドコンピューティングがメインでサーバーも市内にあるはずだ。こんな巨大なデータセンターが何のために?なあペガソ……」
とブルーが振り返ると、ペガソが大型ドローンのアームに左右から挟まれ、空に浮かんでいるところだった。手を伸ばすが、既のところで届かず連れ去られるペガソ。
「ミラ大変だ!ペガソが攫われちゃった!」
「え?え?何あの鳥?」
ミラが矢をつがえるが、たちまち視界から消えていく。
「イータン!何だあれ!?どこに連れて行かれたんだ!?」
「……ボ、ボクは何も知らないよ」
と、『眼』を逸らして答える。白々しいAIとはずいぶん高性能だと、ブルーは思った。
ミラがイータンの眼を真っ直ぐ見て話す。
「イータン、ペガソがどこに連れて行かれたのか知らないのね。わかったわ。
でも、お師匠のところには案内してくれる約束だったよね。嘘をつかれるとミラはイータンが嫌いになっちゃうかもしれない」
「う、うぅ、分かってるよ。お師匠のところには案内する。でも手助けはできないよ」
「ありがとう、イータンはいい子ね」
ミラは、両手でイータンのハウジングをゴシゴシと撫で回す。その様子を見て、ブルーは心の底から驚嘆していた。
意思があり、好き嫌いがあり、良心の呵責を感じ、葛藤し決断する。それはもう、我々人間が魂と呼ぶものだ。イータン以外のロボットにも魂があるのか。彼らを造ったのはどんな人間なのだろうか。
ペガソを攫ったのも、そのお師匠だろう。彼に会うしか解決の道はない。
イータン曰く、お師匠はアクアリウム上層最奥のバックヤードに居るらしい。館内に残されていた案内マップを頼りに、奥に進む。
驚いたことに、データセンターとして使われている水槽以外に半分ほどは魚類や哺乳類、爬虫類などを「飼育」している。しかも、ロボットが餌を与えたり檻を掃除してたりと、甲斐甲斐しく世話をしている。獰猛なはずの狼のなかに、ロボットに懐いている個体すらいる。
不思議だが少し微笑ましい光景に見とれながら奥に進むと、2階に上がるエスカレーターを見つける。
停止しているエスカレーターを上りはじめると、突如作動する。しかも下りだ。
歩調を速めると、ちょうどその分スピードが上がる。業を煮やしたミラが隣のエスカレーターに飛び移ると、同じく下向きに動き出した。
20分近くハムスターのように走らされて階下で大の字になっていると、ペガソを攫ったのと同じ大型ドローンが2人を優しくつまんで、敷地外に放り出した。
「Puta madre!」
およそ訳さないほうがいいであろう悪態をつき、ミラが山刀を振り上げて山賊よろしく館内に突入していったが、今度は1分でお尻を挟まれて退場の憂き目にあった。
「今度は僕が行こう」
ブルーが館内に入ると、今度は3mほどの壁で出来た迷路が形成されている。
「今度はそういう趣向か……」
ブルーは自身に満ちた表情で左手を壁につけ『左手の法則』を利して歩き始める。
しかし、1時間ほど彷徨ったところでブルーの見ていないところで迷路の壁が動いていることに気づき、最後は壁全部が動き建物外に押し出され退場となった。
結局その日は、疲労困憊のまま近くの森で野営することになった。
「なによあれ!イータン、君のお師匠ってどういう人なの!?」
「ボクのお師匠は容姿端麗超絶頭脳だよ」
「それはもう分かったわよ!」
「まあまあミラ落ち着いて。死ぬほど底意地は悪いけど、殺意は微塵も感じない。ペガソだけを攫ったのも目的がありそうだし、ただ破壊するだけならあの場でやってると思う。きっと無事だよ」
「ところでイータンは、僕らと一緒にいてお師匠に怒られないのかい?」
「お師匠は、僕らを『友だちだ』と言ってくれてるよ。友だちは命令や強制なんかしないよ」
穏やかに建物の修繕や動物の世話に勤しむロボットたち。イータンの物言い。ブルーのなかで何かがつながった。
「ミラ、決して褒められた方法ではないが、こういうのはどうだろう?」
翌朝、ミラとブルーは再びアクアリウムに姿を現した。手には蔓草でがんじがらめにしたイータンを抱えている。
「アクアリウムの主!かくれんぼはもう終わりだ!ペガソを返せ!でないとお前のかわいいイータンのCPUにこの山刀を突き立てるぞ!」
「ウーラー……」
(ミラ、もう少し真剣にやってくれ)
「おっと、ロボットどもをけしかけたら、すぐブスリといくぜ」
「お師匠、助けてー」
(ミラ、もう一度)
「ウーラー……」
しばし待つが反応がない。あてが外れたかとブルーが思った時、
「ペガソを返せばイータンを解放するんだな?」
と合成音声が響く。
「ああ、約束する」
水槽の影からいつものモーター音を鳴らして現れたペガソの鼻先に、ミラが抱きつきキスをする。
「ペガソ!」
「ご心配おかけしました。ふふふ、搦手を使うようになるとはブルーもたくましくなりましたね。さ、イータンを解放して。あとは私に話させてください」
蔓草から解かれたイータンが、水槽の物陰に飛んでいく。
「彼らは私のためにあんな手段をとりましたが、イータンを傷つけるつもりなど微塵もありません。私が保証します。どうか姿を見せてくれませんか、ハリエット」
ややあって現れたアクアリウムの主の姿に、ミラとブルーは驚いた。
「こ、子ども?」
現れたのは、13〜14歳の女の子だ。黒人系だろうか、浅黒い肌に縮れた髪を左右にお団子にし、大きすぎる白衣を着ている。
「子どもじゃない!私はヒューストン最高の頭脳の持ち主、ハリエット・パークス博士だぞ。だいいち、お前たちだって子どもじゃないか」
「じゃあ、君がイータンやほかのロボやここの施設を?」
「いかにも。そしてブルックス君、君の怪我を治したのも私が造った回復促進薬だ。感謝し給え」
ハリエットは尊大に続ける。
「それにしても、あの混乱の中からよくここまでたどり着いたものだ。ペガソ君と知り合えた幸運あってのことだな」
「あの混乱?待ってくれ、今ヒューストンはどうなっているんだ?」
「何?君は、あの磁気嵐の混乱からヒューストンを逃れてきたわけでは無いのか?ふうむ……あまり愉快な話ではないが、説明する必要がありそうだな。これは私がここアトランタに居る理由にも繋がる話だ……」




