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第5話 孵化

「ヒナ~?どうした食欲ないのか?」


お父さんの顔が心配で曇っているけど

最近の私はなんかおかしい


「うん、なんかお味噌汁しかおいしくないんだ」


お母さんが毎朝用意してくれる朝ごはん

美味しいはずなのに喉を通らない


「夏バテか?父さんの分も飲んで良いからな?」

「ありがとう」


しじみの具を箸でつまみ

ご飯は喉を通る分だけ味噌汁で流し込みながらお母さんを見た。


「(お母さん、最近私のこと見ない)」


食器を片付ける背中に声をかけようとして、ふと動きが止まった。

お母さんが、流し台の前で何度も自分の目をこすっている。

まるで、見間違いを確かめるみたいに。


「…お母さん?」

「……ううん、なんでもないのよ」


振り向いた顔は笑っていたけれど、その瞳はどこか怯えていて、そして――。

私の顔ではなく、私の頭のすぐ上の空間をじっと見つめていた。

お母さんも体調わるいのかな


違和感を飲み込んで玄関を出る。

最近、お母さんは私の髪を撫でてくれなくなった。

それどころか、私が近づくと、まるで異物避けるように息をひそめる。


「じゃあ、行ってきます」


あっちこっちから夏らしい音が聞こえる通学路

もうすぐ夏休みということもあって皆なんだか楽しそうだけど

私は全部の音が頭にガンガン響いて痛いくらいだ


もしかしたらお父さんの言う通り夏バテだったのかもしれない


その日、2時間目が始まってすぐ

体のだるさから保健室に行くことになった私は

そのままベッドに横になると気絶したように眠りについた。


「(体が動かない、このまま布団の中でじっとしてたい)」

教室よりも少し涼して、消毒液の匂いのする空気が随分心地よかった


「――さん、姫埼さん」

名前を呼ばれ目を覚ますと、そこには私のランドセルを持った先生と…


「ヒカ、ルくん?」


ニコリと笑った顔に少し体が楽になった気がして

そのまま先生の方を見た


「良かった、姫埼さんもう起きないんじゃないかってくらいぐっすり寝てて先生心配したよ」


目を覚ますともう放課後で驚く。


「はい、帰ったら今日はしっかり休んでください」

朝よりは楽になったけど、それでも重い体でランドセルを受け取った。


「ヒカル君、ごめんね」

「なにが?」

「起きるの、待っててくれたのかなって」


帰りの会から少し時間がたっている

校庭で遊んでいる生徒もまばらだった


「全然、僕が姫埼さんと帰りたかったから」


ぎゅっと全身が締め付けられる

ヒカル君の言葉は不思議だ、気持ちがあふれて自由に考えられなくなる

自分が自分じゃないみたい、嬉しくてたまらないはずなの

やけに夏の空気が気に障る



「(あつい)」


ツーッとこめかみを伝った汗がわずらわしい

そこら中で鳴きわめく蝉の声が頭に響く


「(うるさい、あつい、あつい、うるさい、うるさい!!)」



瞬間



―――――――――――水の音が耳をかすめて、気が付くと誘われるように足が動いていた


「(水、水)」

くらくらする頭でヒカル君と行った川の光景が離れない


「姫埼さん」


突然ヒカル君が私の腕をつかんで制止する


「つらいの?」

「つらい…つらいよヒカル君っ」

「そっか、でも」


そういうと私の頬を優しく包み込んで何か確認するように顔を覗く


「大丈夫、もう少しだから」


ヒカル君の言っていることが分からないまま手を引かれ

気が付くと家の前に着いていた

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