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Detectiveコンヌちゃん  作者: 虎村


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9/12

ありのまま起こったこと

 二人は商店街へ向かった。商店街は昼時で賑わっている。飲食店からは美味しそうな匂いが漂ってくる。


「お腹空いたね」


 コンヌが呟いた。


「まずは聞き込みを。その後、昼食にしよう」


 ときやが言った。コンヌは果物屋に入った。


「いらっしゃい」


 店主は愛想の良い男性だった。


「林檎ください」


「はいよ。どれがいい?」


「これと、これ」


 コンヌは新鮮そうなりんごを選んだ。会計の時、コンヌはさりげなく尋ねた。


「この辺りで最近何か変わったことありませんか?」


「変わったこと?」


 店主は首を傾げた。


「うーん……ああ、そういえば」


 店主は声を潜めた。


「最近、妙な人たちが増えてね」


「妙な人たち?」


「黒い服着た集団。いつも無表情で歩いてる」


 店主は窓の外を指差した。


「あそこのビル、2階に変な相談室ができたんだよ」


 コンヌは窓の外を見た。古いビルの2階。


『心の相談室』という看板が見える。


「あれができてから、おかしな人が増えた」


 店主は困った顔をした。


「でもまあ、商売の邪魔をするわけじゃないから、気にしないけどね」


「そうなんですか」


 コンヌは笑顔で答えた。


「ありがとうございます」


 果物屋を出ると、ときやが待っていた。


「どうだった?」


「教団の協会らしき場所を見つけた」


 コンヌは2階の看板を指差した。


「あそこだ」


「なるほど」


 ときやは看板を見た。


「今はまだ行かない。もっと情報を集めてから」


「そうだね」


 次に、パン屋に入った。店員は若い女性だった。


「いらっしゃいませ」


「サンドイッチ二つください」


 コンヌが注文した。待っている間、さりげなく尋ねた。


「この辺り、最近夜に騒がしいとか、ありませんか?」


「騒がしい?」


 店員は少し考えた。


「ああ…そういえば」


 店員は声を潜めた。


「先週の夜中、大型バスが何台も通ってったんですよ」


「バス?」


「普段は静かな時間帯なのに。それも、窓が真っ黒なバスで」


 店員は不安そうな表情を見せた。


「なんか、不気味でしたね」


「どっち方面に?」


「北の方。黒鉄山の方角です」


 コンヌはメモを取った。


「ありがとうございます」


 パン屋を出た。商店街を歩きながら、コンヌはふと立ち止まった。この通りに、見覚えがある気がした。違う。見覚えがあるのではなく、父の手帳で読んだのだ。十年前、父もこういう場所で聞き込みをしていたはずだ。商店街。市場。バスターミナル。地道に一軒一軒、声をかけて回る。探偵の基本だと父はよく言っていた。


「探偵の仕事の九割は足だ。残りの一割が推理だ」


 父の声が耳の奥で聞こえた気がした。コンヌが幼い頃、事務所に遊びに行くたびに父は色々なことを教えてくれた。依頼人の話を聞く時は目を見ること。メモは必ず取ること。どんな些細な情報も捨てないこと。その教えを、今自分が実践している。


 嬉しいような、悲しいような、妙な気持ちだった。父の背中を追いかけて探偵になった。でも、その父を探すために探偵をしている。どこかで順番が逆になった気がする。それとも、最初からこういう運命だったのだろうか。考えても答えは出ない。コンヌは首を振った。今は動くことだ。考えるのは後でいい。


「黒鉄山方面に、大型バスが複数……」


 ときやが呟いた。


「図書館で調べた地下空洞。そこに人を運んだり、準備をしているのかも」


 コンヌが分析する。


「可能性は高いな」


 二人は商店街を練り歩きながらサンドイッチを食べた。


 午後二時カフェで情報収集を開始する。商店街の端にある、小さなカフェに入った。客は少なく、静かだ。


「マスター、コーヒー二つお願いします」


 ときやが注文した。店員が去った後、二人は情報を整理し始めた。


「まとめよう」


 コンヌがノートを開いた。


「図書館で分かったこと」


 ときやが言った。


「教団は『星辰の書』を信仰している。黒鉄山の地下空洞には古代の祭祀場がある。そこに紋章が描かれている」


「封印の方法」


 コンヌが続けた。


「『内と外、同時に』。これが鍵らしい」


「洗脳の三段階」


 ときやがノートを見せた。


「警察署で分かったこと」


 コンヌがメモを見た。


「美月さんは三ヶ月前から潜入。最初は順調だったが、二ヶ月目から様子がおかしくなった」


「最後の連絡は『七日後の新月。儀式』」


「そして、警察内部に内通者がいる」


「商店街で分かったこと」


 ときやが続けた。


「黒い服の集団が増えた。二階の相談室ができてから」


「夜間に大型バスが黒鉄山方面へ」


 コーヒー二つが運ばれてきた。


「ありがとうございます」


 二人は店員が去るのを待った。


「あの、すみません」


 コンヌが店員を呼び止めた。


「はい?」


「もう一つ聞きたいことが。最近、この辺りで変わったことありませんか?」


 店員は少し考えた。


「変わったこと……ああ」


 店員は窓の外を見た。


「あそこの相談室、よく人が出入りしてますね」


「相談室?」


「ええ。二階の。最初は普通の自己啓発施設かと思ったんですけど」


 店員は声を潜めた。


「出てくる人たち、みんな同じような表情なんです。なんか怖くて」


「同じような表情?」


「ええ。笑ってるんですけど、目が笑ってないというか…」


 店員は首を振った。


「気のせいかもしれませんけどね」


「ありがとうございます」


 店員が去った後、二人は顔を見合わせた。


「もしかして洗脳されてる?」


 ときやが小声で言った。


「次はバスターミナルだ」


 コンヌは時計を見た。


「具体的な数字を確認したい」


「そうだね」


 二人はコーヒーを飲み干し、カフェを出た。

 

 午後三時:バスターミナル調査。バスターミナルは、駅の隣にあった。古い建物だが、清潔に保たれている。受付には、中年の女性が座っていた。


「すみません」


 ときやが声をかけた。


「はい、何でしょう」


「黒鉄山方面のバス、最近利用者増えてませんか?」


 女性は少し驚いた顔をした。


「あ、はい。どうして分かったんですか?」


「いえ、ちょっと調べ物をしていて」


「そうですか」


 女性は端末を操作した。


「先週から急に増えたんです。団体客が多くて」


「団体客?」


「ええ。みんな同じような服装で……黒い服の人たちです」


 女性は少し怯えた表情を見せた。


「表情が、どこか虚ろで。話しかけても、ぼんやりした反応で」


「何人くらいですか?」


「正確には分かりませんが…先週だけで、五十人以上は乗せたと思います」


「五十人も…...」


 コンヌは息を呑んだ。


「それっていつ頃ですか?」


「昨日と今朝が特に多かったです。大型バス、五台くらい出しました」


 女性は困った顔をした。


「普段はそんなに需要ないんですけどね。急に団体予約が入って、大変でした」


「ありがとうございます」


 バスターミナルを出た。


「五十人以上…...」


 ときやが呟いた。


「すでに山へ運ばれてる」


「七日後の新月まで、あと五日」


 コンヌが言った。


「でも、もっと早く儀式をする可能性もある」


「ああ。準備は整ってるかもしれない」


 午後三時半:バスターミナルの前のベンチに、男性が座っていた。三十代くらい。トサカのような角刈りの髪型に疲れた表情。目の下にクマがある。コンヌは直感した。


「あの人……」


「どうした?」


「何か知ってる気がする」


 コンヌは男性に近づいた。


「あの、すみません」


 男性は顔を上げた。虚ろな目。だが、どこか正気が戻りつつあるような。


「何か……?」


「あなた、教団に関係してた方ですか?」


 男性の顔が強張った。


「なんで……そんなこと……」


「いえ、もし良ければ色々と話を聞かせてもらえませんか」


 男性はしばらく黙っていた。そして――


「……俺は、二年くらい前まで信者だった」


 男性は重い口を開いた。コンヌとときやは、男性の隣に座った。


「話してくれますか?」


「ああ……」


 男性は遠くを見るように語った。


「最初は普通の自己啓発セミナーだった。ストレス解消、人間関係の改善……よくある内容だった」


「でも?」


「でも、だんだん変わっていった」


 男性は頭を押さえた。


「音だ」


「音?」


 コンヌは首を傾げる。


「セミナーで流れる音楽。最初は心地よかった。リラックスできた」


 男性の声が震えた。


「でも、だんだん頭の中に残るようになった。家に帰っても、あの音が聞こえる」


「それで?」


「気づいたら自分の意思で考えられなくなってた」


 男性は涙を拭った。


「ありのまま、その時に起こったことを話すぜ。教祖の言葉が、全て正しく思えた。なにもかも疑問に持つことができなかった。『これは正しいのか』とすら思えなかった。な……何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった………頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」


 迫真の表情で元信者は語った。それを聞いていたコンヌは疑問に思う。


「そんな状況でどうやって抜け出したんですか?」


「家族が無理やり連れ出してくれた」


 男性は空を見上げた。


「妻と子どもが泣きながら俺を引っ張った。もちろん最初は抵抗したさ『教団に戻らせてくれ』って」


 男性の声が詰まった。


「でも、家族が諦めなかった。毎日、俺に話しかけてくれた。『お父さん、戻ってきて』って」


「それで……」


「二年かかった。ようやく、自分が何をしていたのか分かった」


 男性は震えた。


「今も、時々あの音が聞こえる気がする。夜、眠れない日もある。あんたら、教団を調べてるのか?」


 男性がコンヌを見た。


「やめた方がいい。あいつらは……人間じゃない」


「人間じゃない?」


「教祖だ。あの男は……」


 男性は震えた。


「見ただけで、頭の中に入ってくる。抵抗できない」


「どういうことですか?」


「分からない。でも、教祖の目を見ると……全てを見透かされる気がした」


 男性は立ち上がった。


「気をつけろ。教祖はお前らが来ることを知ってるかもしれない」


 そう言い残して男性は去っていった。男性の背中が人混みに消えた。コンヌはしばらくその場に立ったまま動けなかった。二年かかった。家族が諦めなかったから戻れた。その言葉が、頭の中で繰り返されていた。


 コンヌには母がいない。幼い頃に病気で亡くなった。父と二人で暮らしていた。だから、十八歳で父が消えた時にコンヌを引き戻してくれる家族は誰もいなかった。ときやがいた。それだけが救いだった。


 もし父が洗脳されていたとしたら。音と光に侵食されて自分が誰か分からなくなっていたとしたら。門の向こうで十年間そういう状態だったとしたら。


 コンヌは拳を握った。だめだ。そういう方向に考えてはいけない。父は手記を書いていた。最後のページまで、ちゃんと自分の言葉で書いていた。正気を保っていた証拠だと思う。


 でも、それは十年前の話だ。今は?分からない。分からないから、行くしかない。確かめるしかない。コンヌは深呼吸をした。鼻から吸って、口から吐く。父に教わった、落ち着く方法。


「コンヌちゃん」


 ときやの声がした。振り返ると、心配そうな顔がある。

「大丈夫?」


「うん」


 コンヌは笑った。本当は大丈夫ではないかもしれない。でも、今は大丈夫でいなければいけない。


「行こう。次はいよいよ教団だね」


 歩き出す。ときやが隣に並んだ。その存在が、今は何より心強かった。父がいない十年間、ずっとそうだった。ときやがいるから、前を向けた。ときやがいるから、探偵を続けられた。いつか、ちゃんと伝えなければいけない。でも今日じゃない。今は父を助けるのだ。


「ハードでハートフルな話だったね」


 ときやが呟いた。


「うん……」


 コンヌは男性が消えた方向をしばらく見つめていた。


「でも、抜け出せたんだ。家族の力で」


「ああ。だからまだ希望はある」


 ときやはコンヌの肩に手を置いた。


「美月さんも、きっと助けられる」


「うん」

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