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Detectiveコンヌちゃん  作者: 虎村


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10/12

教団潜入

 午後四時半:二人は教団の協会へ向かった。コンヌとときやが「心の相談室」の前を通り掛かったその時、ドアが開いた。三人の人間が一緒に出てきた。


 一人は、二十代後半の女性。濃いメイクで隠そうとしているが、目の下のクマが深い。痩せこけたボロボロの営業職OLという感じだ。


 もう一人は、四十代の筋骨隆々とした男性。日焼けした肌が建設業を連想させる。だが、目の光は消えていた。


 そして三人目。六十代の落ち着いた女性。背筋は伸びているが、その眼差しは虚ろだ。三人は、揃って同じような笑顔を浮かべていた。不気味な笑顔。


「こんにちは」


 相談室の受付女性が、穏やかに声をかけた。


「また明日もいらしてくださいね」


「ああ、ありがとうございます」


 二十代の女性が、抜け殻のような返事をした。その声を聞いた瞬間、コンヌの背筋が凍った。


「ときや君、聞いた?」


「……うん。不気味だ」


 二人は、三人の背中を見守った。三人は、そのまま歩き去っていった。


 二階の「心の相談室」。入口には、穏やかな音楽が流れている。


「……普通だね」


 コンヌが呟く。


「逆に怖い」


 ときやが答えた。扉を開けると、穏やかなBGMが流れていた。受付には、若い女性が座っている。


「いらっしゃいませ」


 笑顔。だが、コンヌは違和感を覚えた。女性の目が笑っていない。いや、笑っているのだがその奥が虚ろだ。


「初めてですか?」


 受付の女性が尋ねた。


「はい」


 コンヌは笑顔で答えた。


「よかったら、パンフレットをどうぞ」


 パンフレットには、綺麗な写真と文章が並んでいる。


『心の平穏を取り戻しませんか』

『ストレス社会に疲れたあなたへ』

『無料相談実施中』


 一見、普通の自己啓発団体だ。だが、パンフレットの隅に小さく紋章が印刷されていた。図書館で見た、あの幾何学模様。コンヌの背筋が凍った。


「個別相談をご希望ですか?」


 受付の女性が尋ねた。コンヌは一瞬迷った。だが。


「はい。お願いします」


「では、こちらへ」


 案内されたのは、奥の小部屋。シンプルな部屋。机と椅子が二つ。窓はない。照明は柔らかいが、どこか不自然だ。


 そして―― 扉が開き、男性が入ってきた。年齢や体躯はローブで隠れていて見えない。しかし、笑顔でいるのは口元をみてわかる。


「初めまして。私が相談員です」


 男性は名刺を差し出した。名前は書かれていない。ただ「相談員」とだけ。


 (この人が……教祖なの……?)


 コンヌは直感した。協会での教祖との対話は、昨日の夜、夢に見たような既視感があった。


「何かお悩みですか?」


 教祖が優しく尋ねた。コンヌは用意していた台詞を言った。


「最近、仕事が上手くいかなくて……」


「なるほど」


 教祖は頷いた。その目が、コンヌを見つめた。だが、次の言葉で、コンヌの心臓が跳ねた。


「仕事、というより……あなたは誰かを探しているんですね」


「……え?」


 コンヌは動揺を隠せなかった。


「探す人間と、待つ人間がいる」


 教祖は穏やかに笑った。


「あなたはどちらだと思いますか」


 コンヌは言葉に詰まった。


 (見抜かれてる…?)


「いえ、別に探してるわけじゃ……」


「そうですか」


 教祖は追及しなかった。ただ、笑うだけ。その笑顔が、不気味だった。


「では、また困ったことがあれば、いつでもいらしてください」


 教祖は立ち上がった。


「あ、あの……」


「大丈夫」


 教祖は扉を開けた。


「あなたの探しているものはきっと見つかりますよ」


 意味深な言葉を残して教祖は部屋を出ていった。コンヌはしばらく動けなかった。ときやが部屋に入ってきた。


「コンヌちゃん、大丈夫?」


「…うん」


 コンヌは立ち上がった。


「行こう」


 午後五時半:協会を出た後、二人は無言で歩いた。商店街を抜け、人気のない路地へ。数分後、コンヌが口を開いた。


「バレてるかも」


「…うん」


 ときやは頷いた。


「でも、何もしてこなかったね」


「泳がされてる」


 ときやの声が低い。


「僕たちが何をするか、見ているつもりだ」


「なら……」


 コンヌは立ち止まった。


「セミナーも罠かもしれない」


 沈黙。


「でも」


 コンヌは顔を上げた。


「行かないといけない。美月さんを助けるために」


「分かってる」


 ときやも立ち止まった。


「だから、細心の注意を払おう」


 二人は車に戻った。

 

 午後六時半:古鷹の屋敷に到着した。ここに来る前は尾行に注意してかなり迂回した。門の前で、電動シャッターが開く。二人は車を停め、玄関へ向かった。扉が開き、古鷹の妻が迎えてくれた。


「お帰りなさい。主人が待っています」


 応接間には、古鷹が座っていた。


「よく戻った」


 古鷹は立ち上がった。


「調査はどうだった?」


 コンヌは調査結果を全て伝えた。図書館で見つけた古文書。『内と外、同時に』という封印の鍵。警察署での桐龍警部との面談。内通者との接触・監視、美月の状況。洗脳の段階。街での聞き込み。五十人以上の信者が黒鉄山へ移動したこと。元信者の証言。そして、教団協会での教祖との接触。


「教祖と会ったのか」


 古鷹が驚いた顔をした。


「はい。おそらく本物です」


 コンヌは真剣な目で言った。


「そして……私たちの正体に気づいているかもしれません」


「やはり……」


 古鷹は拳を握った。


「すでに五十人以上が山へ移動している。予想より早い」


「七日後の新月を待たずに、儀式を始める可能性があります」


「だから、今日の夜のセミナーで必ず美月を」


「ああ」


 古鷹は深く頭を下げた。


「頼む」


「だが、教祖は君たちを泳がせている」


「分かっています」


 コンヌは頷いた。


「でも、行きます。美月さんを助けるために」


 ときやはコンヌの肩に手を置いた。


「必ず戻ってくる」


「ああ」


 コンヌは頷いた。


「必ず」


 古鷹は窓の外を見た。夕焼けが、空を赤く染めていた。


「亥原…」


 古鷹は呟いた。


「娘を助ける。そして、お前も取り戻す。必ず」


 その横顔は、決意に満ちていた。外は既に暗くなり始めていた。


「ここで準備をさせてもらえませんか」


コンヌの言葉に、古鷹は頷いた。


「もちろんだ。こちらへ来い」


 古鷹は奥の部屋へ案内した。重い扉を開けると、そこには様々な変装道具が保管されていた。


「これは…」


 部屋の中は、埃っぽかった。だが、道具は丁寧に整理されている。


「亥原と共に使っていた道具だ」


 古鷹は棚に手を置いた。


「十年間、いつか使う日が来ると思って保管していた」


 棚には眼鏡、カツラ、地味な服装、様々な小道具が並んでいる。


「まさか、亥原の娘が使うことになるとは……」


 古鷹は、僅かに笑った。


「使ってくれ。亥原もきっと喜ぶ」


「ありがとうございます」


 コンヌは棚に近づいた。父が使っていた道具。その中の一つ、黒縁の眼鏡を手に取った。温かい。まるで、父の手の温もりが残っているかのように。コンヌは黒縁の眼鏡を手に取り、ときやに渡した。


「はい、これ」


「僕も?」


「当たり前でしょ。精神科医の虎村ときやじゃなくて、平凡な会社員の田中太郎さんになってもらうんだから」


 ときやは黒縁眼鏡をかけた。いつもの柔和な雰囲気が、少し真面目な印象に変わる。


「似合ってる」


 コンヌが小さく笑った。


「コンヌちゃんは?」


「私はこれ」


 コンヌも眼鏡をかけ、髪を下ろした。地味なカーディガンを羽織る。普段の活発な印象とは違う、おとなしそうな雰囲気に変わった。


「どう?地味コンヌちゃんになれた?」


 「超可愛い」


 嬉々とした笑顔でときやは言う。


「えへへ、ありがとう」


 コンヌは頬を赤らめながら、咳払いをした。


「えっと、作戦の確認ね。私たちは新規の参加者、山田花子と田中太郎。基本的に二人で行動して、ホールの各部屋を回る」


「教団員から直接話を聞いて、情報を集めるわけだね」


「そう。特に儀式の場所と、古鷹さんの娘さんの情報」


 コンヌは真剣な目でときやを見た。


「もし危険な状況になったら、すぐに逃げるから」


「了解。でも、逃げるのは二人一緒だよ」


「……うん」


 日が沈み始めた頃、二人は夜霧ホールへ向かった。

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