第8話
昨日の殻破の儀騒動を受け、今日は昼から実技のみとなった。
昨日はあんなことがあったが、今日は不思議と疲れや痛みはない。
あの後晩飯を8時ごろに食べ、日が変わる手前くらいの時刻に帰宅した。空也の奥さんは泊まるよう勧めたが、空也がそれを制止した。そのため仕方なく疲れた状態で山越えを頑張った。家に着いた後は風呂にも入らずそのまま布団に入って眠った。
それにもかかわらず、5時半に何事もなく起きれた。
空也の家に向かう際に昨日と変わったことを考えてみた。
外見も内部も特段変わったところはない。いつも通りの自分だ。
だが、山を越えた辺りから違和感があった。
あまり疲れていない。
昨日のことを思い返す。
行きは山を越えた辺りで息切れをおこし、少し休んで空也宅に向かった。
帰りは殻破の儀の影響で全身が疲れながらもなんとか帰ることができた。
そして今日は山を越えても疲れはあまりない。
今思えば昨日の夜あの状態で帰れたことも不思議だ。
もしかしたら殻破の儀をやったことで何かに目覚めて疲れにくくなったのかもしれない。
そんなことを思いながら恒一は空也宅に向かった。
空也宅の門をくぐり、玄関の扉の前に立つ。数回ノックをすると、しばらくして空也が扉を開けてくれた。
「よく来たな。体調はどうだ?」
「昨日はあんなことがありましたが、不思議と何も異常はないです。」
「そうか。ということは次の段階に入れるな。」
「次の段階?」
「まぁそれに関しては後で話すとしよう。とりあえず昼ご飯を食べよう。さぁ、上がって。」
恒一は靴を脱いであがり、空也と一緒に食卓に向かった。
◇◇◇
昼食を終え、庭にやってきた恒一と空也。
今日もしっかり太郎が庭の整備をしてくれている。
空也は恒一に式について話し始めた。
「恒一が疲労をあまり感じなかったのは、昨日の殻破の儀によって式が流動的になったからだ。」
「思い当たる節はそれしかないと思っていましたが、やっぱりですか。でもそれと疲れにくくなることの何が関係あるのでしょうか?」
「式の性質の一つに『疲労が溜まっている箇所に集まり疲労を回復する』というものがある。恒一が昨日気絶するほどの疲れをしたにもかかわらず朝には何事もなかったのはこの性質によるものだ。」
「なるほど…。『疲労を回復する』…。これってかなり日常生活で便利なのでは?」
「そうだな。『睡眠の質が常人の2倍になる』、『息切れしても10秒ほどで元に戻る』、『筋肉痛にならない』…。殻破の儀だけでもこれだけの恩恵がある。」
一通り話すと、空也の口調は真剣になった。
「だが、ここまでは前座だ。これからは動かせるようになった式を自分で制御できるようになってもらう。」
恒一は息を吞む。
ここからが本番。気を引き締めていかねば。
「今日から『式を一点に集める』ことを修得してもらう。」
「はい!!」
「いい返事だ。では早速説明を始めるぞ。」
そういうと空也は右腕を恒一の前に出す。
「やり方は単純。全身に分散している式を意識し、動かしたい箇所にある式を集めたい箇所に集める。コツは変に力みすぎないこと。力みすぎれば式の流れがおかしくなるからな。全力の半分程度がちょうどいいぞ。」
「わ、わかりました!」
「よし。では、まず練習として右腕の式を右手に集めてみるか。」
「はい!」
恒一は目を閉じ、大きく深呼吸を始める。
感じる。式が血液のように流れているのを。
思い出せ。昨日脳まで式を辿った感覚を。
恒一の意識が右腕に集まる。あとはこれを右手に集めるだけだ。
恒一は呼吸を一定に保ちながら右手を軽く握る。
こうすれば式が右手に…集まらない。
式は流れているが、どこも一定の値を保っている。
もう少し力を強めるか。
恒一は少し力を強める。
それでも式の流れに変化はない。
思い切ってもっと力を入れてみるか。
恒一は思い切って9割ほどの力で右手を握る。
すると、手首当たりの式が右手に集まっていく。
この調子だ。
その時だった。
恒一の首から胸あたりの式が右腕の式を押し出して一気に右手に集中する。
恒一の右手に激痛が走る。
「いった!!」
恒一は思わず右手の力を抜き、左手で右手首を抑える。
それを腕を組んで見ていた空也は恒一に歩み寄り、恒一の右手に軽く触れながら状態を確認した。
◇◇◇
「外傷は…特にないな。全く…だから力みすぎるなって言ったのに。」
「…すみません。思った通りに流れなくて、つい。」
「恒一の式の流れを見ていたが、急に力を入れすぎだ。びくともしないからといって一気に力を込めるのはダメだ。例えるなら『式が水なら我々は蛇口をひねる人』だ。恒一は水の流れが悪いと感じ、蛇口を思い切りひねってしまった。それによって水が一気に流れ、受け皿となる右手はそれに耐えきれなかったということだ。」
「なるほど…。」
「式の流れは繊細さが求められる。まずはゆっくりでいいからこなせるようにしなさい。」
「はい!」
「うむ。では今度は左手でしてみなさい。」
恒一は右手の時と同じように、目を閉じ、大きく深呼吸を始める。
まだ数をこなせていないせいか、全身の式を意識するのに時間がかかってしまう。
そんなことはどうでもいい。今は左手に集めることだけ意識しろ。
左手を握り、少しずつ力を入れていく。
左手に力を入れ始めてから30分。
6割ほどの力で握り始めたとき、変化が起こった。
いままで全く流れが変わらなかった左腕の式が、左手に集まり始めたのだ。
恒一は力を維持しようとする。
加減を間違えれば、右手のようになってしまう。
ゆっくりでもいい。とにかく左手に集めるのだ。
◇◇◇
式が左手に集まり始めてから1時間。
遂に恒一の式は左手に集中した。
「やった…。ようやくできた…。」
安堵した恒一は思わず左手の力を抜き、庭に倒れ込んでしまった。
それにより、必死に溜めていた左手の式は、左腕全体に戻っていく。
「よく頑張った。」
倒れ込んだ恒一に空也は手を差し伸べる。
恒一は「ありがとうございます。」と軽くいいながら、それを受け取り立ち上がった。
「これからはこれを素早く行うための修行だ。苦しいと思うが、頑張ってくれ!」
「はい!」
いつの間にか、空はオレンジ色になっていた。




