第7話
昼食を終えた恒一は庭に向かった。
恒一が最初にくぐった正門とは反対側にある庭。その広さは空也曰はく750坪らしい。
庭は恒一が座学の勉強をしている間、太郎さんが整備してくれたらしい。そのため、庭には雑草が全くと言っていいほどない。
恒一と空也は庭の中央に向かい合って立っている。空也の後ろには太郎が後ろで腕を組んで立っていた。
空也は恒一に向かって話し出す。
「これから実技に入っていくわけなんだが、一つ聞きたいことがある。」
「先生、何でしょうか?」
「恒一、お前は式について自覚はあるか?」
恒一は少し考えてから「いいえ。」と返す。
それを聞いた空也は「だろうな。」といいながら恒一の手を握った。
空也が恒一の手を握った瞬間、恒一の全身に衝撃が走った。
確かに秋寧にされた時よりかは衝撃が小さい。秋寧が全身を一気に殴打してきた感覚に対し、空也のは全身がぴりつく程度だ。
空也が手を離すと恒一は心臓に手を当てて呼吸を整える。
秋寧の時はあまりの痛さに気がつかなかったが、空也が手を握っているとき、握っていた手を通して自分に何かが流れ込む感覚がした。そしてそれを全身が拒絶していた。全身のぴりつく感覚は拒絶反応なのだろうか。
しばらくして空也は恒一に問う。
「どうだったか?」
「全身がぴりつくような…感覚でした。体の中にある『なにか』が拒絶しているような…。」
「その『なにか』が『式』というものだ。私が恒一の手を握っている間、恒一の体に私の式を少しだが流し込んでいたんだ。お前の身体は私の式が内部に入ってくるのを阻止しようと抵抗する。それが全身をぴりつく感覚の正体だ。」
「なるほど…。以前秋寧さんに似たようなものを食らったのですが、あの時はあまりの痛さに何が起こったのかわからなかったのですが、先生が優しくしてくれたおかげで気づくことができました。」
「前にもくらったことがあるのか。あいつ、なんで私に言わなかったんだ…。後で言っておかないとな。」
「はは…。」
空也は白髪交じりの頭をかき、一通りかき終えると再度話はじめる。
「今日は基礎中の基礎、『式操作』を極めてもらう。」
「『式操作』…。」
「と言っても恒一の場合は式を自分の意志で動かせるようになるところからだな。恒一、目を閉じろ。」
「はっ、はい!」
恒一は目を閉じ、少し下を向く。
「そのままゆっくりと深呼吸。」
恒一は大きく息を吸い、大きく息を吐く。
「しばらくそれを繰り返せ。」
恒一は言われた通り、深呼吸を繰り返す。
「集中するんだ。恒一の中に宿る『式』の根幹を見つけろ。」
恒一は呼吸に集中する。
心臓の鼓動が聞こえる。その律動は不規則なのか一定なのかわからない。
そんなことはどうでもいい。呼吸に集中しなければ。
ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。
全身を巡る血液。全身に張り巡らされた神経。
そして…全身の中にある…。ある…。
…ない。
どこだ!どこにある!どこに隠れt
恒一の頭に衝撃が走る。
目を開け後ろを振り返ると空也が立っていた。
「焦りすぎだ。落ち着け。無理に探そうとすれば見えるものも見えない。ただ集中しろ。そうすればわかるはずだ。」
恒一は頷き、前を向いてゆっくり目を閉じる。
そして、大きく吸い、少し待ってから大きく吐く。
何も考えるな。何も探すな。集中しろ。
恒一の脳内が呼吸に染まっていく。
◇◇◇
どれくらい時間がたっただろうか。
時間を忘れるくらい自分は集中していたのか。
それでも…見つからない。なぜだ?
いや…焦らなくていい。今はとにかく集中しろ。
心音が聞こえる。ゆっくりと、一定の律動で。
全身の血流が巡っているのを感じる。
全身の神経が張り巡らされているのを指の先までしっかりと感じる。
…なんだ?神経の周りを薄い『何か』が覆っている。
いままで気が付かなかった。透明だったからか?
ていうか、この覆っている『何か』はどこまで続くんだ?
恒一はそのまま全神経に意識を傾ける。
覆っている『何か』は見つけた時ほど正確には認識できていない。
だが、それは全神経を覆っていることは理解できた。
そして、それは頭に多く集まっていることも。
恒一は頭の全神経に意識を向ける。
『何か』は頭の上側…脳のあたりに多く集まっている!
恒一はさらに脳に向けて意識を集中する。
さすが脳といったところか。神経が多く集まっている。
そして多く集まる神経すべてを『何か』は覆っている。
この膨大な神経の中にあるはずだ。『式』の根幹が!
恒一は更に集中する。
呼吸は意識していないにも関わらず、律動を一定に保っていた。
◇◇◇
遂に見つけた。
大脳ばかりに目を向けすぎて全然気づけなかった。
まさか、脊椎の上側…脳幹の内部にあるとは。
あとはこれを…どうすればいいんだ?
見つけることはできたが、どうすればいいかまでは言っていなかった。
見つけたことを言うべきか?いや、そうすればまた振り出しに戻ってしまう。
どうすれば…。
そういえば、空也さんに手を握られていた時、どんな感じだった?
全身をぴりつく感覚…拒絶反応…。
(お前の身体は私の式が内部に入ってくるのを阻止しようと抵抗する。)
もしかして、根幹を守っているのは自分が不用意に式を動かさないよう制限するためのものか?
それなら普段自分は意識することができなくて、他人の式が流し込まれたときに反応するのも説明がつく。
となれば、やることはひとつ。
恒一は根幹に意識を極限まで集中する。
根幹はそれに呼応し、少しずつ荒ぶっていく。
(こじ開けろー!!!!)
荒ぶる根幹は…自身を覆う式を破壊した。
それと同時に、恒一の意識も遠のいていった。
◇◇◇
「起きたか。」
恒一が目を開けると空也と空也宅の天井が目に入った。
そして、自分の身体を布団で包まれていることに気づいた。
どうやらあの後気を失っていたようだ。
「まさか、『殻破の儀』までやるとは思わなかったよ。」
「カクハの儀?…何ですかそれは?」
「『殻破の儀』とは、式を宿したものが式を扱えるようになるための儀式だ。基本的にそれを行う際は式を扱う者による補助が必要になる。恒一みたいに気絶してしまうからな。」
「そう…ですか…。すみません。勝手に変なことしてしまって。」
「いや、事前にそこまで想定して説明してなかった私が悪い。こちらこそすまない。」
「いえ…そんな…。」
恒一はゆっくりと目を閉じる。
「今日はここまでだ。ゆっくり休め。」
恒一はそれを聞き、安心して眠りについた。
眠りについたのを確認した空也は庭に向かった
庭には掃き掃除をする太郎の姿があった。
「恒一は無事でしたか。」
「ああ、なんとかな。」
「まさか一人で殻破の儀を行うとは…。」
「そうだな。だが、本来2日かけるつもりだったものが1日で終わった。太郎、近々組手を教えることになる。その時は頼むか?」
「はい。」
こうして最初の空也修行は幕を閉じた。




