第34話
恒一の目の前に現れたのは、長身の男だった。
灰色に黒の縞模様が描かれた袴、漆黒の羽織、腰には刀の鞘があり、右手には妖を切り捨てた刀を持っている。その刀身は陸胡のとは異なり真剣だ。青色の瞳を持った整った細長の顔立ち。真っ黒な髪は後ろの高い位置で束ねられており、なびいた髪は腰あたりで上下に揺れていた。結い目付近に目を向けると、龍のような角が2本対称的に生えている。仮免再試験の時に手合わせをした四龍の仲間なのだろうか。
長身の男は恒一に目もくれずに周囲を見渡す。
「まだ近くにいるな。」
澄んだ声でしゃべると、男は地面を抉る勢いで蹴り、山深くに消えていった。
恒一は状況を理解することができず、その場に尻をついて座り込んだ。
(助かった…のか?)
あの男は何なのだろうか。
防衛隊側の妖であり、仲間を助けたのか。獲物を独占するために周辺の邪魔者を排除しにいったのか。
どちらにせよ危機的な状況に変わりない。すぐに体勢を立て直さなければ。
「戦闘が終わってすぐにへばっているようじゃ駄目だよ、恒一。」
恒一の方にやってくる一人の男。
恒一は声を聞き、安堵すると同時にその場で気を失った。
「ったく。あの程度にここまで苦戦するとはね。」
恒一の寝顔を見ながら、陸胡は頭をかいた。
◇◇◇
恒一は勢いよく起き上がった。
周囲はすっかり暗くなっていた。水が流れる音が薄っすら聞こえてくる。どうやら川の近くに来ているようだ。真っ暗な暗闇を照らす光。発光源に目を向けると、枝が積まれており、その上部で激しく燃えていた。そしてその炎の向こう側で陸胡が岩を椅子代わりにして座っていた。
「起きたか。」
恒一は頭を押さえながらゆっくり立ち上がる。
まだ頭の中がボーっとする。体が若干重い。こんなに疲れたのはいつぶりだろうか。
「助けていただいてありがとうございます。」
恒一は陸胡に軽く頭を下げる。
陸胡は恒一に目を向けることなく、懐から握り飯を取り出して食べ始めた。出発する前、四国支部内の食堂で貰ったものだ。
「まぁ、戦闘が起こるよう仕向けたのはボクだからね。」
「え?」
「だって、ボクを警戒して妖が襲ってこないんだもん。せっかく恒一の実力が知りたいのに、これじゃいつまで経ってもわからない。だから敢えて恒一と距離をとったんだ。」
恒一は開いた口がふさがらなかった。
一連の騒動は、陸胡によって仕向けられたものだったのか。
あの時、間一髪のところで助けに来たのは、恒一が感知できないくらい遠いところから恒一の戦闘を見ていたからだったのか。
だとすれば、陸胡に聞いてみたいことがある。
「あの時、僕を助けてくれた角が生えた人って。」
「ああ、ボクの式神だよ。」
恒一は腑に落ちた。
「良かった…。常に助けに入れる状況だったのですね。」
「良くないよ。」
式波
握り飯を食べ終えた陸胡は、包みを懐にしまい、しまった手を恒一に指した。
「あの程度で諸刃の剣の『高速化』を使うようじゃまだまだだよ。」
「で、でm「言い訳しない。黙って聞く。」
陸胡の言葉は冷たかった。
怒っているというわけではない。厳しい指摘のようなものだと恒一は感じた。
「能力を理解し、それにあった戦略を練って行動した。それは素晴らしい。だが、その戦略に『高速化』を入れるな。それはあらゆる手段が通用しなかった時の最終手段。それをあんなすぐに開放するようじゃこの先生きていけないよ。」
恒一は黙って聞くことしかできなかった。
あの時、自分の中では万策尽きたと感じていた。だからやむを得ず『高速化』を使った。
そう言い返したかった。
恒一は必死にその思いを押し殺そうとする。
握った右拳に爪が食い込んでいき、皮膚が裂かれる寸前となっていた。
「例えば、妖が通り過ぎていったらすぐにその方向に『空波』を放つ。『式波』で勢いを落とさせて、妖の突進を受け身で止めて仕留める。後者に至っては最初にやっていたことの応用だね。答えて、何でそれをやらなかったの?」
「その発想が…なかったからです。」
恒一はありのままに答えた。
『空波』に関しては完全に忘れてしまっていた。
確かに陸胡の言っていたような戦い方をしていれば、あの時倒れ込むくらい疲れなかったかもしれない。
「まぁ、正直これに関しては場数の問題だね。怒鳴って指摘するほどのものじゃない。だが、もしさっきの戦いで忘れていた技術があれば、次はそれを戦術を考える際に取り入れること。」
「はい!」
「そして!『高速化』を安易に使わない。いいね?」
「はい!」
恒一は胸に陸胡の助言をしっかり刻み込んだ。




