第33話
恒一は眼前の穴に手を当てる。
手から全身に伝わるわずかな温かみ。
(間違いない。あの妖がさっき作ったものだ!)
恒一は目を閉じ、もう一度周囲の式を確かめる。
しかし、恒一が捉えれる範囲内にあの妖を感知することができなかった。
すると恒一は構えを解き、仁王立ちのような姿勢をとった。
全身の力を抜き、式の流れに集中した。
それにより式の流れは次第に速くなっていき、平常時の二倍の速度で体内を循環していく。
静寂に包まれる森。
それはまるで、初撃で決着がつく一騎打ちを彷彿とさせる。
恒一は目を開いた。
そして、体勢をを低くし穴が開いた大木の右手を一気に駆け出した。
全身の式の流れを高速化させたことで、恒一は猟犬ほどの速度で木々を突っ切っていく。
仮免試験合格後、太郎から教えてもらった『式の流れを高速化させることによる身体機能向上』。
だがこれは、式による疲労回復効果が適応されない。
(太郎さんから「いざとなった時以外使うな」と言われていたのに、まさか初めての戦闘使う羽目になるなんて。やっぱり自分はまだまだだな。)
その時だった。
空を切り裂く弾丸の如くあの妖が恒一の頭上を突っ切っていく。
その進行方向は、恒一の走っている方向と同じだった。
◇◇◇
あの穴を見て確信した。
あの妖の能力は早見さんと同じような速度強化の能力。
羽がないことを見るに、高いところに登って勢いよく蹴りだし突っ切っていく感じだろう。
それを可能にする蛙の足。獲物の視界外からでも獲物を捉えられる蜻蛉の目。殺傷力を高めるための鋭い嘴。
自分の身体的特徴と異能をしっかり駆使した戦術をとってるな。
でも、あれだけの速度をだしているなら自分で制御できないはず。
あの穴はきっと、速度を無理矢理殺すために木に激突してできた穴だ。
なら、今回も…。
◇◇◇
恒一の視界内から妖が消えた。
恒一は己の考えを信じ、ひたすら妖が通った軌跡を進んでいく。
一刻の油断も許されない。こう走っている間にも、あの妖は次の攻撃をするために必死で木から嘴を引っこ抜こうとしている。
嘴が刺さっている内に仕留めなければ!
遂に恒一の視界内に妖を捉えることができた。
木に嘴が刺さった妖は、引っこ抜こうと必死に前足で木を押している。
「させるかぁ!!」
恒一は右拳に式を集中させた。
刺さっている位置は自分の頭ほどの高さ。
狙いを定め、足を踏み込み仕留める体勢に入る。
体をかがませ、右拳を地表近くまで下におろす。
そのまま全身の筋肉を用いて右拳を勢いよく振り上げた。
妖の腹に恒一の右拳が激突した。
轟音と衝撃波が広がっていく。
右拳に溜められた式は、僅かな隙間を通って、妖の体内に入っていく。
体内に入った式は、体内の僅かな隙間を突き進みながら『魂』付近にたどり着く。
そして、恒一が拳を振り上げ切ると同時に魂付近の式が爆散した。
妖の魂は式の爆発につられるように爆発する。
妖は呻き声を出すこともできずに頭と後ろ足以外を爆散させられてしまった。
◇◇◇
恒一は両手を膝に着け、必死に息を整えようとする。
式の流れを高速化させたことによる疲労と、内波による式消費によって、立っていられるのもやっとの状態だ。
今すぐにでも倒れ込みたいが、ここは妖がたくさんいる山の中。
意識を失えばすぐに殺され魂を吸われてしまう。
(頼む…、近くにいないでくれ…!)
恒一は地に手と膝をつき、最後の力を振り絞って周囲の式を調べる。
「ははっ。」
恒一は乾き笑いをした。
自分の方に迫ってくる何か。その数6体。
もう今の自分に奴らを対処する術はない。
副支部長(陸胡)と別れた場所からずいぶん離れてしまった。
あの時、待機命令を守っていれば…。
そんなことを思いながら恒一は地面に倒れ込もうとした。
(ツネの…夢って…なんだっけ…?)
恒一は両腕で倒れ込もうとする身体を止めた。
「まだ…終われない!!」
あの時、守り神に言った約束。
合格に満足して、力尽きるような半端ものになりたくない。
恒一は力を振り絞りながら、立ち上がった。
立ち上がった恒一の視界内に入ってくる異形。
人の手のような身体。指の先の方には人の目がついており、5つ目が恒一の方を見つめている。手首から下は蛇脳になっており、地をうねりながら恒一の方に迫ってくる。
恒一は疲労困憊の身体で構えをとる。
拳を振り上げようにも、肩が上がらない。
(こんなところで…、終われない!!)
両者の距離が1メートルを切ったその時
ガキンッ!!!!!
恒一に迫っていた妖が親指の生え際あたりを境に横一文字に切断された。
「副支部t…」
恒一の視界にいたのは…。




