第29話 四国編始動
ここは、徳島の山深く。
人気の無い場所に妖あり。
多くの妖が人目に付くことなく暮らしている。
そんな妖は多種多様な姿をしている。
ある妖は人間の顔に4本の足が直接生えており、ある妖は筆に手足のように包丁が生えて歩いている。赤褐色の煙状の身体に目がついているもの。頭が白骨の鳥に体が生身の犬のもの。
やつらは本能に従い生物を襲い、魂を喰らう。
今日も山奥ではのどかに暮らす野生動物が妖の餌食になっている。
そんな山奥に古びた集落があった。
集落をのぞいてみると、多くの妖が住み着いていた。
しかし、住んでいる妖の多くが2足歩行をし、我々と同じように日本語で意思疎通をしている。
妖たちは集団をつくり、そこで話したり軽い喧嘩をしたりしている。
中には拳に炎をまとわせた殴りかかり、それを身体から茨を生やし受け止めようとするといった異能を用いた攻防戦をしている妖もいた。
そんな妖たちを横目に、中央部の大きな屋敷に向かう一体の妖がいた。
首から下を深緑の痛んだ布で覆っている2メートルほどの身体。2足歩行をし、布からちらりと見える足は蜥蜴のように茶色い鱗を覆っている。首から上は猪のような外見だ。口からは目に迫るほどの大きな牙を2本生やしている。特筆すべきは額にもう一つ目があること。左右の二つは猪と同じ形状の目だが、額の目は蜥蜴…いや、神話の龍のような目だ。その目は正面にある「何か」を常に威嚇しているように感じさせる。
「玄嘋様、よくぞお帰りになりました…!」
屋敷から素絹の衣を着た狸の妖が2本足で玄嘋に駆け寄る。
「瀧嵐か。長い間留守にしてすまなかった。」
玄嘋は瀧嵐に軽く頭を下げる。
「いえいえ、玄嘋様はキンジョウ様の命令に従っただけではありませんか。」
「まぁそうだが…。」
「さぁ、キンジョウ様がお待ちです。行きましょう。」
玄嘋は瀧嵐に流されるように屋敷に向かった。
玄嘋の顔は今から戦地に向かうのかと思ってしまうほど暗かった。
◇◇◇
玄嘋は座敷に向かった。
座敷へ続く廊下は所々に殴り跡のような穴が開いており、住んでいる妖の凶暴さがうかがえる。
玄嘋は穴を避けながら慣れた足で進んでいく。
座敷の障子の前に来ると、玄嘋は立ち止まり1回深く深呼吸をした。
「玄嘋、ただいま戻りました。失礼します。」
「入れ。」
玄嘋はゆっくりと障子を開けた。
右方向に左手でひょうたんを持ち、右ひじをついて寝そべっている妖がいた。
3メートルに迫る筋骨隆々の身体。紺色の腰布を巻き、腰布には大小5つのひょうたんを結び付けている。顔は中国神話に出てくる麒麟のような様相だ。だが、その角は墨を塗ったのかと感じさせるほどの漆黒だった。
「長旅ご苦労だった玄嘋!ック、…からゆっくりしていけ!」
「お気遣いありがとうございます荕醸様。申し訳ございませんが、上手く聞き取れなかったこの愚かな私にもう一度おっしゃっていただけませんでしょうか。」
「んぁ?」
荕醸は目を開閉させながら大きく欠伸をする。
「あ~。疲れているだろうからゆっくりしていけ。って言ったんだ。次はしっかり聞けよ。」
荕醸はそう言うと、開閉させていた目を完全に閉じ、大きな鼾をかき始めた。
「わかりました。玄嘋は失礼させていただきます。」
そう言うと玄嘋は座敷を後にした。
出ていった玄嘋を荕醸は大きな鼾で見送った。
◇◇◇
「どうでしたか荕醸様は?」
玄嘋が座敷の障子を開けると目の前に瀧嵐が座っていた。
「私と話している最中に寝てしまわれた。相当飲んでいるなこれは。」
「作用でございますか。」
瀧嵐は顔を下に向ける。
玄嘋は瀧嵐の様子を見て状況をおおよそ理解した。
「ここだと荕醸様の耳に入るかもしれない。場所を移そう。」
「わかりました玄嘋様。」
二体は無言で廊下を進み、屋敷の外に出た。
外に出ると玄嘋は瀧嵐に話しかけた。
「瀧嵐、私がいない間に荕醸にやられたのは何体だ?」




