第70話 チームで一番頼れる男
二軍のクリアボールはタッチラインを割った。
一瞬、グラウンドに沈黙が落ちた。
誰も、田宮が取られたことを責めなかった。
それよりも、全員の頭に残っていたのは、その前のプレーだった。
大神が、鬼米からボールを奪った。
しかも、力でぶつかったわけではない。
鶴見を動かし、鬼米のタッチを乱し、その瞬間を奪った。
三軍の選手たちが大神を見る。
さっきまで、ただのお調子者にしか見えなかった一年。
その大神が、鬼米の突破をいとも簡単に止めてみせた。
「……今の」
「鬼米さんから取ったよな?」
「マジかよ」
鶴見も驚いていた。
自分は、言われた通りに動いただけだった。
それだけで、鬼米のタッチが乱れた。
そして大神は、その一瞬を逃さなかった。
鶴見は大神に駆け寄る。
「大神くん、すごい! よく取れたね!」
大神は、へらっと笑った。
「いやー、たまたま、たまたま」
そして、すぐに少しだけ真面目な声で続けた。
「鬼米さんのプレー、ちゃんと見たのは初めてやけどな」
大神は鬼米の方を見る。
「ドリブルで相手にぶつかる瞬間、ちょっとボールタッチが乱れる。身体を当てる方に意識が行く分、ボールが離れるんよ」
鶴見は目を見開く。
「そこを狙ったの?」
「そうそう」
大神は軽く頷いた。
「でも、鶴見が指示通り動いてくれたから取れたんやで。あそこで詰めてくれんかったら、鬼米さんは普通に前向いて突っ込んできてた」
「俺が?」
「そう。めっちゃええ動きやった」
鶴見は言葉に詰まった。
前半、自分はただ必死に食らいつくだけだった。
それでも、今は大神の指示に合わせて、鬼米からボールを奪うきっかけを作れた。
鶴見の胸が熱くなる。
大神は、そんな鶴見の肩を軽く叩いた。
「今のプレイは冷蔵庫開けたらプリンが一個だけ残ってて、誰にも見つからんうちに取った感じやな」
「……え、どういうこと?」
「笑うとこや、タイミングが大事ってことやで」
その軽さに、鶴見や三軍の何人かは苦笑した。
だが、さっきまでの不安とは違う。
大神がピッチに入ると、別人のように頼もしく見える。
言葉は軽い。
態度も軽い。
それでも、見ている場所が違う。
動かす場所が違う。
一つの指示で、鬼米の突破を止めてみせた。
三軍の空気が変わる。
赤城も、そのプレーを前線から見ていた。
大神が入った意味。
それを、今の一プレーだけで理解した。
――守備が変わった。
赤城は静かに息を吐く。
これなら、自分は前に残れる。
攻撃に集中できる。
一方、ピッチ外。
コーチ陣も今のプレーに反応していた。
吉澤コーチが思わず笑う。
「今のプレー、さすが大神ですね」
佐々木コーチも頷く。
「鬼米に直接ぶつからず、鶴見を使ってタッチを乱させた。そこを自分で回収。簡単にやっているように見えますが、かなり高度です」
吉澤コーチは続ける。
「コーチングも的確でした。鶴見の根性を活かしつつ、無駄にぶつからせない。前半とは守り方がまるで違う」
森本監督は腕を組んだまま、大神を見ていた。
大神はピッチの中で、相変わらずへらへらと笑っている。
鶴見に何かを言い、三軍の選手たちを笑わせている。
だが、守備の位置取りだけは崩れない。
森本監督は小さく息を吐いた。
「ピッチ外でふざけすぎるところがなければ…」
吉澤コーチが苦笑する。
森本監督は続けた。
「チームで一番頼れる男だからな、あいつは」
その言葉に、コーチたちは静かに頷いた。
次回もお楽しみに!




