第68話 あいつは守備を支配する
そして、後半が始まる時間が近づく。
三軍、二軍。
両チームの選手たちが、再びピッチへ戻っていく。
三軍の先頭には、キャプテンマークを巻いた赤城がいた。
その後ろに、鶴見、牧、そして大神が続く。
大神は相変わらず、肩を回しながら軽い足取りで歩いていた。
「いやー、後半から出場とか、なんか主役っぽくてええな」
そんなことを言いながら、まるで緊張感がない。
三軍の何人かは、それを見てまだ不安そうにしている。
本当にこの人で大丈夫なのか。
本当に一軍なのか。
そんな空気が、少しだけ残っていた。
コーチの吉澤が言う
「後半から、三軍のキャプテンは赤城みたいですね」
「そうみたいだな」
森本監督は、まあそうなるだろうなと言いたげな顔をしている。
一方、二軍側。
ピッチに戻った三島は、相手陣地を確認していた。
三島の目が、一人の選手で止まる。
「……大神?」
三島の表情が、わずかに変わった。
そこにいるはずのない選手がいた。
ラインズマンをしていたはずの大神狼が、三軍側に入り、センターバックの位置へ向かっている。
三島は思わず呟いた。
「なんであいつが三軍に入ってるんだ」
近くにいた二軍の二年が答える。
「ああ、後半から三軍のキャプテンと代わって入るようにコーチに言われたらしいぞ」
「三軍のキャプテンと……」
三島は、ベンチに下がったキソマルの方を見る。
右足を気にしている。
怪我で交代。
その代わりに大神。
三島は少しだけ眉を寄せた。
その様子を見て、柴山が声をかける。
「三島」
「はい」
柴山も大神の方を見る。
「あの大神って、いきなり一軍に入った一年だよな」
「はい」
「そんなにすごいのか?」
三島は少し間を置いた。
「自分も、ちゃんと試合で見たのは入学早々のミニゲームくらいです」
「ミニゲーム?」
「はい。一緒のチームでやりました」
柴山は大神を見る。
大神は三軍側で、鶴見に何かを話しかけながらへらへら笑っている。
緊張感はない。
とても一軍の守備の要には見えない。
その時、大神が三島に気づいた。
「あ」
大神はぱっと手を上げる。
「三島やん」
三島が少しだけ顔を上げる。
大神はいつもの軽い笑みで、ひらひらと手を振った。
「後半よろしくー」
まるで練習前の雑談みたいな声だった。
三島は、ほんの少しだけ戸惑った。
「……おう」
短く返す。
大神は満足したように笑うと、そのまま自陣へ戻っていった。
「いやー、知り合いおると安心するわー」
そんな声が、三軍側から少しだけ聞こえた。
柴山はそのやり取りを見ていた。
そして、三島に視線を戻す。
「……お調子者にしか見えないな」
三島は答えない。
柴山は続ける。
「あれが、そんなにすごかったのか?」
三島は、大神の背中を見たまま言った。
「身体能力は並です」
柴山は少し眉を動かす。
「並?」
「はい。走力も、跳躍力も、パワーも、特別高いわけじゃない」
三島は淡々と言った。
「身体の強さだけで言えば、鬼米さんの方が圧倒的に上です」
柴山は大神を見る。
相変わらず、三軍側でへらへらしている。
「じゃあ、何がすごいんだ?」
三島は少しだけ間を置いた。
「総合的なディフェンス力ですかね。自分は、あいつには絶対に勝てないと思いました」
柴山の表情が変わった。
「お前がか?」
「はい」
三島は感情を抑えた声で言う。
「同じディフェンダーとして、現実的に見て勝てないと感じました」
柴山は黙る。
三島がここまで誰かを評価するのは珍しい。
しかも、身体能力やパワーではない。
それでも、絶対に勝てない。
三島がそう言い切る相手。
柴山は大神をもう一度見た。
そこには、やはり緊張感のない一年がいるだけに見える。
「理由は?」
柴山が聞く。
三島は静かに答えた。
「言葉で説明しにくいです。すぐに分かると思います」
その言葉に、柴山は目を細めた。
「すぐに?」
「はい。後半が始まれば分かります」
三島は視線を大神から外さない。
「身体能力やパワーではないところで、あいつは守備を支配します」
柴山は息を吐いた。
普段冷静な三島が、ここまで警戒する。
それだけで、十分だった。
柴山はすぐに判断した。
「攻撃陣、少し集まれ」
柴山は声を落とした。
二軍の前線の選手たちが近づいてくる。
鬼米も視線を向ける。
柴山は相手に聞こえないように、小さく言った。
「後半から入ってくる向こうのセンターバック、大神に注意しろ」
二軍の選手が首を傾げる。
「あの一年ですか?」
「見た目に騙されるな」
柴山は短く言う。
「三島が警戒している、それに一年ながら一軍にいる奴だ。只者じゃないだろう。」
その一言で、二軍の空気が少し変わった。
柴山は続ける。
「あいつが入ったことで、三軍の守備は前半とは変わる。赤城を前に残すための交代だと考えた方がいい」
二軍の選手たちが頷く。
鬼米は、大神ではなく赤城を見ていた。
腕にはキャプテンマーク。
後半も、自分があいつにつく。
その決意は揺らがない。
だが、三軍には新たに大神が入った。
守備が整えば、赤城はより前に残る。
つまり、赤城との勝負はさらに濃くなる。
鬼米は小さく笑った。
「上等だ」
その声を聞いて、柴山は鬼米を見る。
鬼米の目に、迷いはない。
柴山は頷き、最後にもう一度、攻撃陣へ言った。
「大神には気をつけろ。あいつを甘く見るな」
二軍の選手たちは静かに頷いた。
ピッチ中央へ、両チームが散っていく。
三軍には、キャプテンマークを巻いた赤城。
そして、その後ろには――一軍の守備を担う大神狼。
後半開始の笛が、まもなく鳴ろうとしていた。
次回もお楽しみに!




