第64話 どこまで本物なのか
吉澤コーチと佐々木コーチは、森本監督のもとへ戻った。
吉澤コーチが言う。
「キソマルは無理です。右足首が腫れています」
森本監督は頷く。
「そうか」
佐々木コーチが続ける。
「キソマルが抜けると、三軍はかなりきつくなります」
吉澤コーチも同意した。
「正直、レベル的には二軍相手に通用していたわけではありません。鬼米には弾かれていましたし、技術的にも苦しい場面は多かった」
佐々木コーチはピッチを見る。
「それでも、前半の三軍には必要不可欠でした。危ないところを埋めて、声を出して、何度もカバーに入っていた」
吉澤コーチが頷く。
「赤城や牧ほど目立ってはいませんでしたが、かなり効いていました」
佐々木コーチは静かに言った。
「ある意味、前半の三軍の影のMVPです」
森本監督は、少しだけ目を細めた。
キソマルがベンチに下がる姿。
キャプテンマークを巻いた赤城。
不安そうな三軍の選手たち。
そして、前線で静かに息を整える赤城。
森本監督は、しばらく黙っていた。
そして、言った。
「大神を入れろ」
吉澤コーチが振り返る。
「大神を、ですか?」
「ああ。ラインズマンから外して、三軍に入れる」
佐々木コーチが驚いた顔をする。
「三軍に、大神を?」
吉澤コーチも、迷いを見せた。
「監督、赤城がいるところに大神まで加わったら、パワーバランスが崩れませんか?」
佐々木コーチも続ける。
「大神の守備の統率力はチームでも抜けています。赤城もいる三軍に入れるとなると、二軍側がかなり不利になる可能性があります」
森本監督は、静かに赤城を見た。
「赤城は確かにすごい」
その声には、疑いがなかった。
「全国トップクラスの力を持っている。少なくとも、今の高校生の中で簡単に止められる選手ではない」
吉澤コーチと佐々木コーチは、黙って聞く。
森本監督は続けた。
「だが、前半で攻守に走りすぎた。鬼米を止めるために戻り、攻撃では起点になり、最後にはあのシュートまで撃った」
森本監督の視線が、赤城の右足に向く。
「あのシュートも、ほいそれと出せるものではない。使用後、かなり身体に来ているはずだ」
佐々木コーチが小さく頷く。
確かに、赤城は平然としているように見えて、呼吸が深い。
足の置き方にも、わずかに違和感がある。
森本監督は言った。
「だから大神を入れる」
吉澤コーチが問い返す。
「赤城の足の負担への考慮ですか?」
「それもある」
森本監督は答える。
「だが、一番の狙いはそこではない」
二人のコーチが、森本監督を見る。
森本監督は、赤城から目を離さなかった。
「赤城を、攻撃に集中させる」
その言葉に、コーチ二人の表情が変わった。
森本監督は続ける。
「この試合は、もうただのカテゴリ戦ではない」
三軍と二軍の序列を決めるだけの試合。
本来なら、それだけだった。
だが、今は違う。
赤城という異質な才能。
鬼米という全国でも通じるフィジカル。
この試合は、零明学園の序列を揺るがすものになっている。
森本監督は、低く言った。
「見てみたい」
吉澤コーチが息を呑む。
森本監督は続ける。
「赤城が、攻撃だけに集中した時、どこまでやれるのか」
そして、鬼米を見る。
「鬼米が、赤城という全国トップクラスの選手に、どこまで食い下がれるのか」
森本監督の目は鋭かった。
「大神を入れれば、三軍の守備は間違いなく整う。そうなれば、赤城は前に残れる」
佐々木コーチが呟く。
「赤城対鬼米を、よりはっきりさせるため……」
森本監督は頷いた。
「そうだ」
そして、短く言った。
「大神に伝えろ。後半から三軍に入れ、と」
吉澤コーチと佐々木コーチは顔を見合わせた。
驚きは、まだ残っている。
だが、森本監督の意図は理解した。
この試合で見たいもの。
それは、ただの勝敗ではない。
選手の限界。
選手の可能性。
赤城零という一年が、どこまで本物なのか。
そして――。
鬼米鉄が、その本物にどこまで迫れるのか。
二人は頷いた。
「分かりました」
次回もお楽しみに!




