第63話 託された三軍のキャプテンマーク
キソマルが、少しだけ右足を引きずっている。
他の選手たちは赤城のゴールに興奮していて、まだ気づいていない。
森本監督は、静かに言った。
「吉澤」
「はい」
「三軍キャプテンの足を見ろ」
吉澤コーチが視線を向ける。
キソマルは笑っていた。
後輩たちに声をかけながら、何事もないように振る舞っている。
だが、歩き方がおかしい。
右足に、体重を乗せ切れていない。
佐々木コーチも気づいた。
「……引きずっていますね」
森本監督は短く頷いた。
「鬼米に弾かれた時か、その後の接触か。どちらにせよ、続けさせるべきではない」
吉澤コーチと佐々木コーチは、すぐに三軍側へ向かった。
◆
その頃、キソマルは後輩たちを集めようとしていた。
「みんな、聞いて。後半だけど、まず守備の入りを――」
「キソマル」
佐々木コーチの声が割って入る。
キソマルは振り返った。
「はい?」
佐々木コーチは、キソマルの足元を見る。
「右足、負傷してるだろ、見せてみろ。」
キソマルは、一瞬だけ固まった。
すぐに笑ってごまかす。
「いや、大丈夫です。ちょっとぶつけただけで」
「大丈夫かどうかを見る、見せなさい」
「本当に大丈夫です。後半の作戦を――」
「見せなさい。」
今度は、吉澤コーチの声が少し強くなった。
キソマルは困ったように笑う。
だが、逃げられないと悟り、ゆっくりとソックスを下げた。
右足首の周辺が、明らかに腫れていた。
三軍の選手たちが息を呑む。
「キソマル先輩……」
「マジかよ」
キソマルは慌てて言う。
「いや、本当に大したことないから。少し痛いだけで、走れます」
佐々木コーチは首を横に振った。
「この腫れでは続けるのは、許可できない。」
「でも――」
「怪我の恐れがあるときに、しっかり休むのもサッカープレイヤーとして大事な判断だ。後半はベンチからチームを支えなさい。」
キソマルは口を開きかけた。
だが、コーチの表情を見て、言葉を飲み込んだ。
「……分かりました」
悔しそうだった。
それでも、無理をして後輩たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
キソマルは、小さく頭を下げた。
その空気を見て、三軍の選手たちは一気に不安になった。
「キソマル先輩、抜けるのか……?」
「やばくねぇか」
「守備、どうするんだよ」
「鬼米さん、誰が見るんだ」
赤城も、キソマルの足を見ていた。
前半、キソマルはずっと見えない場所で走っていた。
危ないスペースを埋める。
味方が抜かれた後ろをカバーする。
鬼米に弾かれても、すぐに立ち上がる。
そして、声を出し続ける。
目立たない。
派手ではない。
それでも、確実にチームを支えていた。
赤城は静かに思う。
(キソマルさんがいなければ、もっと早く崩れていた)
(あの人は、見えないところでこのチームを支えていた)
キソマルは、ベンチへ下がる前に赤城を呼んだ。
「赤城」
赤城が顔を上げる。
「はい」
キソマルは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「後半、キャプテンを頼んでもいいかな」
三軍の選手たちが、一斉に赤城を見る。
赤城は一瞬、目を細めた。
「俺でいいんですか?」
「赤城がいい」
キソマルは、はっきりと言った。
「前半、みんなを引っ張ってくれたのは赤城だ。点を取っただけじゃない。守備にも戻って、声もかけて、落ちかけた空気を何度も戻してくれた。俺よりもキャプテンしてたくらいだよ(笑)」
赤城は黙って聞いていた。
キソマルは続ける。
「俺は、たまたまキャプテンを任されただけだ。でも、後半このチームを託すなら、赤城だと思う。みんなもそう思ってる。」
キソマルは、腕に巻いていたキャプテンマークを外した。
そして、赤城へ差し出す。
「この思い、託していいかな」
赤城は、キャプテンマークを見た。
軽い布のはずなのに、妙に重く見えた。
三軍の選手たちの視線が集まっている。
鶴見も。
牧も。
そして、キソマルも。
赤城は、静かに頷いた。
「分かりました」
そして、キャプテンマークを受け取る。
「預かります」
キソマルは笑った。
「ありがとう」
赤城は、腕にキャプテンマークを巻いた。
三軍の空気が、少しだけ締まる。
キソマルが抜ける不安は消えない。
それでも――。
キソマルが前半に守り続けたもの。
声を出し続けたもの。
そして、仲間を信じ続けた想い。
それらは今、赤城へと受け継がれた。
――三軍の後半が、始まろうとしていた。
次回もお楽しみに!




