第55話 俺たちは、まだ戦える
三軍の空気が、再び重くなる。
「くそ……」
「一回は赤城が止めたのに……」
赤城は、ゆっくりと立ち上がった。
身体には、鬼米のシュートを受けた衝撃が残っている。
だが、表情は崩れていなかった。
その失点を見届けたあと、守谷は腕を組んだまま、低く呟いた。
「これをやられると、三軍はきつくなるな」
小曽根が横を見る。
「どういうことだ?」
守谷は、まだ戻り切れていない一年のサイドバックに視線を向けた。
「あのサイドバックは、たぶん次からカウンターを警戒して、前に出づらくなる。そうなれば、三軍の攻撃の勢いは落ちる」
そして、鬼米を見る。
「三軍の何人かは、今ので精神的にやられてる。正面からは絶対に止められないって分かったからな」
小曽根は黙って聞いていた。
守谷は、さらに続ける。
「今の三軍で鬼米を止めることができるとすれば、赤城と、かろうじてあの一年のサイドバックくらいだ。となると、必然的に赤城が守備に引き込まれる」
守谷の目が細くなる。
「そうなると、三軍の攻撃は怖くなくなる」
その言葉の意味を、小曽根もすぐに理解した。
赤城は得点源だ。
三軍の攻撃の中心だ。
だが、鬼米を止めるために守備へ戻らされ続ければ、前線に残れなくなる。
赤城が下がれば、三軍の攻撃は薄くなる。
攻撃が薄くなれば、二軍はさらに前へ出てくる。
そしてまた、鬼米が突っ込んでくる。
小曽根は短く息を吐いた。
「三軍からしたら、嫌な流れだな」
「ああ」
守谷は赤城を見た。
「赤城がどこまで耐えられるかだな」
ライン際で見ていた青砥は、冷静に呟いた。
「もう一枚、三軍に優れたディフェンダーがいれば守れたな」
その声は、誰に届くでもない。
だが、青砥の目はピッチを見ていた。
牧が上がった後の穴。
キソマルが弾かれた中央。
赤城が戻っても、最後のこぼれ球に対応できなかった守備。
すべてが、はっきりと見えていた。
三軍の選手たちは、肩を落としている。
せっかく赤城が点を取り、牧が流れを作った。
それでも、二軍はすぐに対応してきた。
カテゴリの差。
技術の差。
判断の差。
それを突きつけられたような失点だった。
「……俺が、止めていれば……」
キソマルは悔しさから、拳を握る。
鬼米に身体をぶつけられ、弾き飛ばされた。
その隙に中央を突破され、最後はシュートを許した。
(……キャプテンなのに、俺は何をしてるんだ。)
視線が落ちる。
自分がもっと早く鬼米の進路を塞げていれば。
自分がもう少し身体を張れていれば。
そんな考えが、頭の中を何度も巡る。
そして、気づけば―。
キソマル自身の気持ちまで、切れかけていた。
三軍の選手たちも、そんなキソマルと同じように俯いている。
誰も声を出さない。
だが―。
赤城が手を叩いた。
乾いた音が、重い空気を切った。
「全員聞いてくれ!」
三軍の選手たちが顔を上げる。
赤城は息を整えながら、はっきりと言った。
「まだ終わってない!たった一点だ。俺たちは、まだ戦える」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
赤城は続ける。
「一点取られただけだ。失点したことを悔やむ暇があるなら、次の一点をどう取るか考えろ!サッカーは、点を取られたら終わる競技じゃない。最後に一番多く点を取った方が勝つんだ」」
その声には、焦りがなかった。
悔しさはある。
疲労もある。
だが、それ以上に、前を向く力があった。
三軍の選手たちの表情が変わる。
「……赤城」
「そうだよな……まだ終わってない」
ベンチにいた鶴見も、思わず立ち上がっていた。
「……赤城」
その声には、驚きと嬉しさが混じっていた。
その言葉を聞いて、キソマルは赤城を見つめた。
――そうだ。
自分は何を俯いているんだ。
この試合誰よりも戦い、誰よりも走っている赤城が
今、誰よりも声を出している。
「まだ、終わってない」と。
キソマルは、赤城を見つめた。
胸の奥が、熱くなる。
――それなのに。
一年の赤城が、ここまで身体を張って、チームのために戦って、チームのために声を出している。
「自分が先に、気持ちを切らしてどうする……!」
拳を強く握り締める。
自分は、このチームのキャプテンだ。
誰よりも先に立って、誰よりも最後まで戦わなければならない。
赤城に背中を押されている場合じゃない。
むしろ、自分が赤城や皆の背中を押す側だ。
キソマルは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、拳を握る。
「……そうだな」
一歩、前へ出る。
「まだ一点だ、一点取られただけ」
そして、赤城に続くように声を張った。
「みんな、行こう!」
次回もお楽しみに!




