第48話 強敵を前に、世界一のストライカーが笑った
グラウンド脇。
佐々木コーチは、今の一連のプレーを見て、思わず息を吐いた。
「……相変わらずだな、鬼米は」
吉澤コーチも腕を組んだまま、うなずく。
「怪我明けであれだけ走って、あれだけ当たれる。フィジカルだけなら全国レベルですね」
二人の視線は、ゆっくりと三軍ゴール前へ向く。
そこでは、牧が立ち上がり、太ももを軽く叩いていた。
先ほど、鬼米のシュートを身体ごと止めにいった一年生。
佐々木コーチは、小さく目を細める。
「牧も、よく飛び込みましたね」
「ああ。あの状況で身体を投げ出せるのは大きい。判断も悪くない」
「普通なら、鬼米の勢いに飲まれて足が止まります」
「それでも行った。あの姿勢は評価していい」
コーチ二人は牧を見ながら、確かにうなずいていた。
だが、次に佐々木コーチの視線が向かったのは、赤城だった。
赤城は、先ほど鬼米に弾き飛ばされた場所から立ち上がり、静かにユニフォームについた土を払っている。
「ただ……赤城は、どうですかね」
佐々木コーチが、少し迷うように言った。
「ここまでの練習では、正直かなり期待していました。技術も判断も目を見張るものがあった。」
吉澤コーチも表情を引き締める。
「でも、鬼米のパワーの前では……さすがに厳しいかもしれませんね」
高校生同士とはいえ、体格差は明らかだった。
赤城は一年生。
鬼米は二年生で、しかもフィジカルだけなら全国屈指。
最初の接触で、赤城は完全に弾かれた。
それは、無視できない事実だった。
佐々木コーチが続ける。
「どれだけ技術があっても、あの強度で潰されれば前を向けない。前線で起点になれなければ、三軍の作戦はかなり苦しくなります」
その言葉に、森本監督が静かに口を開いた。
「そうすぐに判断するな」
コーチ二人が振り向く。
「監督?」
森本の視線は、赤城に向けられていた。
森本は腕を組んだまま、赤城を見続ける。
「赤城の目を見ろ」
佐々木と吉澤は、改めて赤城へ視線を戻した。
赤城は、鬼米を見ていた。
弾き飛ばされた直後だというのに、怯えはない。
焦りもない。
悔しさはある。
だが、それ以上に――。
「……笑ってる?」
吉澤コーチが小さく呟いた。
口元が大きく緩んでいるわけではない。
それでも、その目には確かに熱が宿っていた。
強敵を前にして、沈む者の目ではない。
潰されたことで、心が折れた者の目でもない。
むしろ、ようやく面白くなってきたとでも言いたげな目。
森本が静かに言う。
「あの目は、怖がっている目じゃない」
少し間を置いて、続けた。
「楽しんでいる目だ」
◇
グラウンドの中。
赤城は、鬼米の背中を見ていた。
圧倒的なフィジカル。
強引な突破。
そして、全力で向かってくる者を認めるような闘争心。
赤城の胸の奥が、静かに熱を帯びる。
フィジカルで上回られる相手など、珍しくない。
レッドだった頃にも、何度もあった。
欧州の屈強なDF。
南米の荒々しいマーク。
世界大会で出会った、身体能力だけで常識を壊してくる怪物たち。
自分より強い身体を持つ相手。
自分より速く、重く、激しくぶつかってくる相手。
そんな敵と、何度も戦ってきた。
そして、そのたびに超えてきた。
赤城は静かに息を吐く。
高校生の身体では、まだ足りない部分が多い。
筋力も、心肺機能も、当たりの強さも、以前の自分には遠く及ばない。
それでも。
いや、だからこそ。
心が震えた。
(いいな)
赤城の目が、さらに鋭くなる。
(こういう相手を待っていた)
簡単に通用する相手では意味がない。
自分の技術だけでねじ伏せられる試合なら、成長はない。
この身体で、どこまで戦えるか。
この身体で、どこまで世界一の感覚を再現できるか。
それを試すには、鬼米鉄という壁は申し分なかった。
鬼米が自陣へ戻りながら、もう一度こちらを見る。
「次もぶっ潰す」
赤城は、今度ははっきりとその目を見返した。
そして、静かに呟いた。
「……やってみろ」
その声は大きくなかった。
だが、近くにいたキソマルには聞こえた。
キソマルは、わずかに息を呑む。
さっきまで動揺していた三軍の空気の中で、赤城だけが揺れていない。
いや、むしろ――。
赤城零は、ここから本当に戦い始めようとしていた。
次回もお楽しみに!




