第43話 三軍に埋もれていた、二人の一年生
守谷の視線は、ふとグラウンドの端へ向いた。
三軍のアップ。
その中にいる、一人の一年生。
赤城零。
守谷は、最初は何気なく見ていただけだった。
だが、すぐに違和感を覚えた。
ボールを受ける前の首の振り方。
軸足の置き方。
トラップした瞬間に、次のプレーへ移る身体の向き。
軽く流しているだけなのに、動きのひとつひとつに無駄がない。
派手なことはしていない。
強烈なシュートを打っているわけでもない。
ドリブルで誰かを抜いているわけでもない。
それでも分かる。
周囲とは、明らかにテンポが違う。
守谷は目を細めた。
(……あれが、森本監督の言っていた一年か)
赤城零。
三軍の一年。
だが、その動きは三軍の選手のものには見えなかった。
守谷だけが、アップ中の赤城から目を離せずにいた。
◇
グラウンド脇のベンチ付近。
森本監督は、佐々木コーチと吉澤コーチから書類を受け取りながら、三軍のアップを眺めていた。
書類には、今日のカテゴリ戦に出場する二軍、三軍のメンバー表が記されている。
佐々木コーチが、三軍側を指差した。
「監督。三軍の注目は、まずこの赤城です」
森本は、書類から顔を上げる。
「以前話していた一年か」
「はい。紅白戦で一気に評価を上げました。技術、判断、シュートセンス、どれを取っても三軍のレベルではありません」
吉澤コーチも続ける。
「正直、なぜ今まで埋もれていたのか分かりません。少なくとも、我々が見た限りでは、二軍どころか一軍で試してもいい選手です」
森本は、無言で赤城を見た。
赤城零は、三軍の選手たちとともにアップをしていた。
軽くパスを受ける。
返す。
身体の向きを変える。
次の位置へ動く。
それだけだった。
だが、森本の目がわずかに鋭くなる。
ボールを受ける前の首の振り方。
軸足の置き方。
ボールを止めた瞬間には、すでに次のプレーへ移れる体勢になっている。
無駄がない。
いや、無駄がないどころではない。
高校生のアップとは思えないほど、ひとつひとつの動作に目的があった。
森本は、低く呟く。
「……なぜ、こんな選手が三軍にいた」
佐々木コーチは、苦い顔をした。
「それが、我々にも本当に分かりません」
吉澤コーチもうなずく。
「以前の記録では、走力も技術も三軍下位という評価でした。外周も遅く、紅白戦でも目立った記録はありません。ただ、先日の紅白戦から明らかに別人のように変わっています」
森本は、赤城から目を離さない。
「別人、か」
その言葉に、佐々木コーチは少しだけ眉を動かした。
だが、深くは触れなかった。
「とにかく、今日見れば分かると思います。あれは偶然ではありません」
森本は、小さくうなずく。
「他には」
佐々木コーチは、書類に目を落とす。
「もう一人、牧廻那です。左サイドバックの一年です」
「牧?」
「はい。紅白戦で後半から一気に存在感を出しました。それまで目立つ選手ではありませんでしたが、攻撃参加のタイミングが非常に良い。味方の位置を見て、必要な場所へ入る感覚があります」
吉澤コーチが、三軍側を指差す。
「あそこです。今、ダッシュを始めた選手です」
森本は、牧を見る。
牧は遠慮がちに列へ並んでいた。
だが、スタートの合図と同時に、低く鋭く飛び出した。
一歩目が速い。
身体は大きくない。
だが、加速が滑らかで、スピードに乗るまでが早い。
森本は、静かに目を細めた。
「確かに、いいスピードだ。瞬発力もある」
「はい。それだけでなく、オーバーラップのタイミングも、三軍の中では抜けています」
「守備は?」
「粗さはあります。ただ、相手の表情や身体の向きを読む力があります。経験を積めば、かなり面白いサイドバックになるかと」
森本は、書類に視線を落とす。
そして、再びグラウンドを見る。
二軍側には、復帰した鬼米鉄がいる。
本来、今日の森本の目的はそこだった。
鬼米の怪我がどれほど回復しているか。
一軍復帰へ向けて、試合勘が戻っているか。
フィジカルコンタクトで、以前と同じ強さを出せるか。
そこを確認するつもりだった。
だが、今はそれだけではない。
森本の視線は、自然と赤城へ戻っていた。
赤城は、軽くボールを受ける。
何気なく足元に収める。
その何気なさが、異様だった。
力んでいない。
見せようとしていない。
ただ、当たり前のように高い水準の動作をしている。
森本の口元が、ほんのわずかに動いた。
「今日は、鬼米の調整具合を見るつもりだったが……」
佐々木コーチが、問い返す。
「監督?」
森本は、グラウンドを見たまま言った。
「想像以上のものが見られるかもしれんな」
その声には、わずかに期待が混じっていた。
次回もお楽しみに!




