第40話 一軍、三軍のカテゴリ戦へ――そこに鬼米が帰ってくる
森本は、全体を見回した。
「それと、明日の予定を伝えておく」
選手たちの視線が、森本へ集まる。
「明日、一軍の練習はオフにする」
その言葉に、何人かの選手が顔を上げた。
「オフ……?」
「珍しいな」
「何かあるんですか?」
森本は、短くうなずく。
「ああ。明日は二軍と三軍のカテゴリ戦がある」
その一言に、選手たちの間に小さなざわめきが広がった。
「一軍は全員、見に来い」
守谷が、わずかに反応する。
「全員、ですか?」
「ああ」
森本は淡々と答えた。
「部活をオフにする代わりに、カテゴリ戦を見てもらう」
選手たちの間に、再びざわめきが広がる。
「下のカテゴリの試合だと思って見るな」
森本の声が、静かに響く。
「外から見ることで学べることもある、特にボールを持っていない選手が何を見て、どこへ走り、何に苦しんでいるのか。ピッチの外から見て勉強しろ」
そして――。
「一年に、面白いのがいるらしい」
その一言に、選手たちの間でさらにざわめきが広がった。
青砥も、不機嫌そうな表情のまま、わずかに目を動かす。
森本は、そのまま続ける。
「そして、そのカテゴリ戦に鬼米が出る」
その名前が出た瞬間、数人の上級生の表情が変わった。
「鬼米が……?」
「戻ってきたのか」
「やっとか」
小曽根も、少しだけ表情を緩める。
「鉄のやつ、戻ってきたんですね」
森本は、うなずいた。
「怪我は完治した。ただし、いきなり一軍ではなく、まずは二軍で調整させている。明日のカテゴリ戦にも出る予定だ」
上級生たちの間に、少しだけ明るい空気が流れた。
鬼米鉄。
零明の重戦車。
短気で扱いづらい部分はあるが、仲間からの信頼は厚い。
そのフィジカルは、一軍の中でも大きな武器だった。
大神は、隣の先輩に小声で聞く。
「鬼米さんって、どんな人なんすか?」
聞かれた先輩は、一瞬だけ言葉に迷った。
「まあ……色々とすごいやつだ」
「色々?」
「良くも悪くもな」
「なんか怖い紹介っすね」
先輩は、苦笑するだけだった。
森本は、そのやり取りを聞いていたのか、いないのか。
静かに続ける。
「ただ、今のやり取りの場に鬼米がいなかったのは、幸いだったかもしれないな」
守谷が、苦笑する。
「……確かに」
大神が、きょとんとする。
「え、そんなにですか?」
守谷は、小さく息を吐いた。
「あいつがいたら、話がもっとややこしくなってた」
「うわぁ……ますます気になるんですけど」
森本は、大神を一瞥した。
「大神」
「はい!」
「お前は明日、ラインズマンをやれ」
「えっ」
大神の顔が、一気に曇る。
「俺、ラインズマン苦手なんすよ……」
森本の眉が、わずかに動いた。
「あれだけ試合中にディフェンスラインを統率できるお前が、ラインズマンは苦手なのか」
「いや、オフサイドラインを見るのが苦手とか、そういう話ではなくてですね……」
大神は、少し気まずそうに頬をかいた。
「外から見てると、試合に出たくてうずうずしてまうんすよ。旗持ってる場合ちゃうなって」
「なおさらやれ」
「なんでですか!?」
「外から試合を見る訓練だ」
大神は、がくりと肩を落とした。
「うわぁ……一番苦手なやつや……」
森本は続けて、青砥を見る。
「青砥」
青砥は、嫌そうに顔を上げた。
「お前もだ」
「……俺もですか」
「そうだ。ラインズマンをやれ」
青砥は、小さく舌打ちした。
森本は、青砥の舌打ちを聞いても表情を変えなかった。
「不満か、青砥」
「……別に」
明らかに不満そうな声だった。
森本は、静かに続ける。
「ラインズマンは、ただ旗を上げる役ではない」
青砥は黙ったまま、視線だけを森本へ向ける。
「最終ライン、攻撃側の飛び出し、守備側の押し上げ、ボールの出所。そのすべてを同時に見続ける役割だ」
青砥は、何も言わない。
だが、聞いてはいた。
森本は、さらに言う。
「特にお前は、パスの質ばかりを見ている。だが本来、良いパスとは、受け手の足の速さ、走り出す勇気、迷い、疲労、守備者との駆け引きまで見て出すものだ」
青砥の眉が、わずかに動く。
「明日のラインズマンは、お前が普段見ようとしていないものを見る訓練だと思ってやれ」
少しの沈黙。
青砥は、納得しきっていない顔のまま、小さく返事をした。
「……分かりました」
渋々だった。
だが、拒否はしなかった。
隣で大神が、すぐに青砥の肩へ腕を回そうとする。
「まあ、そういうことや。明日はラインズマンコンビ、頑張ろや」
青砥は、その手を軽く払った。
「うるさい」
「冷たっ。コンビ結成一秒で解散やん」
大神が大げさに胸を押さえると、周囲から小さな笑いが起きた。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩む。
森本は、全員を見回した。
「今日はここまでだ」
選手たちの背筋が伸びる。
「勝った試合ほど、見落とすものがある。各自、今日の課題を整理しておけ」
一軍の選手たちは、黙ってうなずいた。
「解散」
「ありがとうございました!」
一軍の選手たちが、声を揃える。
青砥は、まだ不満げな顔をしていた。
だが――。
明日は、いつもとは違う
一軍のピッチから離れ、外から別の選手たちを見る一日になる。
そしてその視線の先には――。
三軍から這い上がろうとしている、赤城零たちがいる。
第40話まで来ました!長いようで短かった(笑)
次回は、いよいよ3軍VS2軍のカテゴリ戦が始まります!個人的にも楽しみ!次回もお楽しみに!




