第36話 「この一年生、何者だ?」コーチ陣が赤城零を注視する
基礎練習が終わる頃には、三軍グラウンドの空気は以前とはまるで違っていた。
全員がボールを触っている。
ただ、それだけのこと。
それなのに、一年生たちの顔には、どこか解放されたような明るさがあった。
その様子を、グラウンドの端から二人のコーチが見つめていた。
佐々木コーチと吉澤コーチ。
二人は、三軍の新体制が始まったこと、そして――。
紅白戦で突然頭角を現した赤城零のことが気になり、今日の練習を見に来ていた。
吉澤コーチが腕を組みながら、グラウンドを見渡す。
「……雰囲気、変わりましたね」
佐々木コーチも頷く。
「ああ。キソマルがキャプテンになったことで、練習の進め方もかなり変わったようだな」
「それに、赤城たちもいますからね」
二人の視線が、赤城へ向く。
その時――。
キソマルが手を叩いた。
「よし。次はカテゴリ戦メンバーで、一対一からのシュート練習いこうか」
その声に、カテゴリ戦メンバーが集まる。
キソマルは全員を見渡しながら説明を始めた。
「まずは攻撃側がボール持って、守備を一枚かわしてシュート。守備側はシュートを打たせない。シンプルにいこう」
選手たちは頷いた。
最初に赤城が攻撃側に入った。
相手は二年生のDF。
笛が鳴る。
赤城は、ゆっくりとボールを運び始めた。
守備の二年生が間合いを詰める。
だが――。
次の瞬間。
赤城の上半身が、わずかに揺れた。
右に行く。
そう思わせた直後、足元だけが逆へ滑る。
守備の重心が外れた。
赤城は、その一瞬を逃さない。
身体を入れ替えるように、守備を抜き去る。
「速っ……!」
誰かが声を漏らした。
抜いた直後――。
赤城は、ほとんど助走なしで右足を振った。
――ズドンッ!
ボールは低く鋭くゴール隅へ突き刺さる。
ネットが大きく揺れた。
グラウンドに、小さなどよめきが起こる。
「今の、見えたか?」
「フェイント入れた瞬間、相手の足止まってたぞ」
「てか、シュートまで早すぎるだろ……」
一年生だけではない。
二年生たちも、思わず黙り込んでいた。
その様子を、佐々木コーチと吉澤コーチは黙って見つめている。
吉澤コーチが、低く呟いた。
「……やはり、紅白戦だけではありませんね」
佐々木コーチも目を細める。
「ああ。あの一対一でも、判断が速い」
赤城は淡々とボールを拾う。
その表情に、派手な喜びはない。
次に守備側へ入ったのは、キソマルだった。
「じゃあ、俺がやるよ」
キソマルは少し苦笑しながら前へ出る。
「お手柔らかにね、赤城」
「はい」
赤城は静かにボールを置いた。
笛が鳴る。
赤城がゆっくり前進する。
キソマルは腰を落とし、無理に飛び込まない。
派手な構えではない。
威圧感もない。
ただ、赤城の進路を塞ぐように、半歩ずつ位置を変えていた。
赤城は一度ボールを止める。
そして次の瞬間――。
高速の切り返しで、右へ抜けた。
キソマルの反応が遅れる。
赤城は、そのままシュート。
ボールは再びゴール隅へ決まった。
周囲から感嘆の声が漏れる。
「やっぱ赤城、レベル違うわ……」
「キソマルさんでも無理か」
キソマルは膝に手を置き、苦笑した。
「いやぁ……今のは無理だな。俺じゃ、とてもかなわないよ」
その声には、悔しさよりも素直な納得があった。
しかし――。
赤城は首を振った。
「いえ。今の守備は、実戦なら止められていました」
キソマルが顔を上げる。
「え?」
「一対一の練習だから抜けました。でも試合なら、キソマルさんの立ち位置は後ろの味方が寄せる時間を作れる位置でした」
赤城は淡々と続ける。
「俺がシュートまで持っていく前に、カバーが間に合う」
キソマルは、少し驚いたように赤城を見る。
「落ち込む必要はありません。あれは、チームを守る守備です」
キソマルは、しばらく赤城を見つめた。
それから、照れくさそうに笑う。
「……お世辞でも、ありがとう」
「事実を言ったまでです」
その瞬間、鶴見が横から口を挟んだ。
「出た、それ」
赤城が鶴見を見る。
「何がだ」
「“事実を言ったまでです”ってやつ。零、最近それ多いぞ」
「事実だからな」
「はいはい」
鶴見は、呆れたように笑った。
そのやり取りに、周囲から少し笑いが起こる。
キソマルも、肩の力が抜けたように笑っていた。
だが――。
グラウンドの端にいるコーチ二人の表情は真剣だった。
吉澤コーチが低く呟く。
「今の説明、分かって言ってるなら相当ですよ」
佐々木コーチも、赤城を見つめたまま答える。
「自分が抜いた相手の守備を、チーム戦術の視点で評価している。誰でも自然にできることじゃない」
「技術だけじゃないな」
「ああ。判断の基準が、非常に高い」
二人の視線は、再び赤城へ向けられる。
紅白戦で見せたプレー。
そして今日の一対一。
どちらも偶然ではない。
少なくとも――。
この一年生を、もう一度しっかり見ておく必要がある。
二人のコーチは、そう感じ始めていた。
次回もお楽しみに!




