第31話 三軍の底から、次の舞台へ
紅白戦が終わった帰り道。
夕暮れの空は、薄い橙色から少しずつ藍色へと変わり始めていた。
零明学園の校門を出た赤城と鶴見は、肩を並べて歩いていた。
部活後の疲労が、二人の足に残っている。
それでも、鶴見の表情は驚くほど明るかった。
「いやぁ……勝ったな!」
鶴見が、もう何度目か分からない言葉を口にする。
「勝った」
赤城が短く返す。
「勝ったよな! 三軍の紅白戦だけど、相手は二、三年だぞ?」
鶴見は興奮した様子で続ける。
「前半二点取られてさ、正直終わったと思ったんだけど、後半から零が入って、一点取って、また一点取って、そんで牧がガーッて上がって、俺がズドン!」
「……」
「いや、ズドンっていうか、ヘッドだからゴンッか? まあどっちでもいいけど!」
「……ああ」
赤城は頷いた。
鶴見は止まらない。
「しかも俺、人生初のダイビングヘッドだぜ?」
両手を広げながら、鶴見はさらに続ける。
「あれ見た? いや、お前スルーした本人だから見てるか!」
「見ていた」
「だよな!」
鶴見は笑う。
「てか、あのスルーなんなんだよ! 俺のこと見えてたのか? 見えてたんだよな?」
「見えていた」
「やっぱりか!」
鶴見は嬉しそうに声を上げた。
だが、ふと表情を変える。
「……いや」
鶴見は赤城の横顔を見る。
「見えてたっていうより、俺があそこに走るのを分かってたんだよな」
「鶴見なら走ると思った」
「そういうところなんだよなぁ……」
鶴見は苦笑する。
そして、少しだけ声を落とした。
「やっぱ、話すと変な感じするわ」
赤城が横目で見る。
「何がだ?」
「いや」
鶴見は肩をすくめる。
「学校じゃ、違和感はあるけど、ちゃんと赤城零なんだよ」
「……ああ、何とか記憶を頼りに演じてるかな。」
「みんなの前じゃ、俺も元の零と同じように接してる」
「それでいい」
「分かってる」
鶴見は頷いた。
「俺もその方がいいと思ってるしな」
少しだけ間を置く。
「でも、こうして二人きりでサッカーの話をしてると……」
鶴見は赤城を見る。
「やっぱ、サッカー選手と話してる感じがする」
赤城は否定しなかった。
「そうか」
「うん」
鶴見は笑う。
「今日の動きもやっぱり、中身は零じゃなくて、サッカー選手であり、零とは別人なんだなて思ったよ」
「どこがだ?」
「全部だよ」
鶴見は今日の試合を思い返す。
「最初のシュート。キーパーがどこに弾くか読んで、こぼれ球に入っただろ」
「……」
「相手がどう動くか見て、味方がどこに走るか見て、その一瞬先にいる」
鶴見は少し感心したように言った。
「普通の高校生はあんな判断できねぇよ」
「経験の差だ」
「経験ねぇ……」
鶴見は苦笑する。
赤城は何も答えない。
鶴見も、それ以上は追及しなかった。
もう知っている。
この身体の中には、赤城零とは別の誰かがいる。
どこかでサッカーをしていた選手。
しかも、ただの選手ではない。
鶴見には、その実力がどれほどのものなのか正確には分からない。
だが、少なくとも――。
普通のサッカー選手ではない。
それだけは、もう疑っていなかった。
やがて、鶴見がふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「二点目。あれはマジで教えてくれ」
赤城の足が、ほんのわずかに止まりかける。
「二点目?」
「とぼけんなよ」
鶴見は赤城を見る。
「俺のパス、正直ズレただろ。しかも横田さんにユニ引っ張られてた」
「ああ」
「なのに、トラップしたのかシュートしたのか分かんねぇくらい一瞬で撃った」
鶴見は身振り手振りを交えながら続ける。
「あれ、どうやったんだ?」
赤城は少しだけ考える。
「……咄嗟に身体が反応した」
「それだけ?」
「それだけだ」
「嘘つけ」
鶴見は即答した。
「あんなプレイ、咄嗟でできるもんじゃないよ」
「……」
「ちゃんと狙ってたんじゃないの?」
「狙ったというより……」
赤城は言葉を選ぶ。
「来たボールを、そのまま終わらせただけだ」
「……やっぱり分かんねぇ」
鶴見は苦笑する。
「でも、あれ見てたら思うわ」
「何を?」
「零の中にいる選手、どこの誰なんだろうなって」
赤城は黙った。
鶴見も、答えを求めているわけではなかった。
ただ、純粋に気になる。
目の前の少年の身体を借りている、どこかのサッカー選手。
その正体を、鶴見はまだ知らない。
けれど――。
「いつか、その選手とも一緒にサッカーしてみたいわ」
赤城が横目で鶴見を見る。
「もうしているだろ」
「……まあ、そうなんだけどさ」
鶴見は笑う。
「なんていうか、ちゃんと同じピッチで戦ってみたい」
「十分、今日も戦っていた」
「そうだな」
鶴見は嬉しそうに笑った。
「じゃあ次は、もっと上手くなる」
「期待している」
その一言に、鶴見は少し照れくさそうに笑う。
「……やっぱ、その言い方だよな」
「何が?」
「俺に言う『期待している』」
鶴見は前を向いた。
「なんか、零に言われてるっていうより、選手に言われてる感じがする」
赤城は何も言わなかった。
ただ、歩く速度を少しだけ緩める。
鶴見も、その隣を歩き続ける。
学校では、いつもの赤城零と鶴見。
二人きりのときは――。
サッカーを知り尽くした選手と、その選手を追いかける一人の高校生。
そんな奇妙な関係が、少しずつ二人の日常になり始めていた。
夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばしている。
三軍の底から、カテゴリ戦へ。
小さな勝利の余韻は、二人の胸の中でまだ熱を持っていた。
今回で「第二章 三軍の底から下剋上編」が完結しました。
いやあ、今まで小説とは無縁な人生でしたが小説を書くって面白いですね。アイデアがどんどん頭から出てくる。脳汁半端ない(笑)
次回から1~3話くらいは、番外編としてレッドの身体に宿った赤城零の魂の話を書く予定です。
今後も応援よろしくお願いします




