第29話 三軍の底から
グラウンド脇では、吉澤コーチと佐々木コーチが、しばらく言葉を失っていた。
二人の視線は、ピッチに立つ赤城と牧へ向けられている。
やがて、吉澤が口を開いた。
「……佐々木コーチ」
「はい」
「あの二人……名前、分かりますか?」
「赤城零と、牧廻那ですね」
「私、今日までほとんど把握していませんでした」
「私もです」
佐々木はタブレットを取り出した。
「四月に入学した一年生ですから、入学時から今日までの記録を確認してみましょう」
「そうですね」
二人は手早くデータを確認する。
「……赤城は、入学時から三軍ですね」
「牧もです。特に目立った記録はありません」
吉澤がピッチを見る。
「それで、今日のあのプレーですか……」
「ええ」
佐々木も頷いた。
「少なくとも、今までの記録だけでは説明がつきませんね」
「二人とも、もう少し詳しく見た方がよさそうです」
「そうですね。森本監督にも報告しましょう」
二人はそう言って、再びピッチへ視線を戻した。
そこでは、赤城と牧、そして鶴見が一年生たちに囲まれていた。
その一方で、横田は呆然と立ち尽くしている。
顔には怒りと屈辱が滲んでいた。
だが、もう誰も横田を見ていなかった。
やがて、佐々木コーチが全員を集めた。
「紅白戦は終了だ」
グラウンドにいた全員が、佐々木へ視線を向ける。
「これから、次のカテゴリ戦に出場するメンバーを発表する」
グラウンドの空気が一気に張り詰めた。
一年生も、二・三年生も息を呑む。
佐々木は手元のメモに視線を落とした。
「まず、牧廻那」
牧の肩が、びくっと揺れる。
「ウ、ウス……!」
周囲がざわついた。
「牧、入ったぞ!」
「マジかよ、すげぇ!」
牧はまだ実感が湧かないのか、目を瞬かせている。
佐々木は続ける。
「次、赤城零」
一年生たちの視線が、一斉に赤城へ向く。
だが、誰も驚かなかった。
むしろ、当然だという空気すらあった。
「はい」
赤城は静かに返事をした。
その後も数名の名前が読み上げられていく。
そして――。
「……鶴見銀次」
鶴見は一瞬、固まった。
「え……俺?」
「そうだ」
佐々木は頷く。
「最後の得点だけじゃない。後半のインターセプト二本、運動量、それに最後まで走り切った姿勢。十分に評価できる」
鶴見の目が揺れた。
「……はい!」
その声は少し震えていた。
次の瞬間。
周囲にいた一年生たちが、鶴見の背中を叩く。
「がんばれよ、鶴見」
「俺らの分までやれよ」
「赤城、牧も頼むぞ」
少し前まで赤城に文句を言っていた者たちの顔にも、もう敵意はなかった。
悔しさはある。
だが、それ以上に、今日の試合を見た納得があった。
鶴見は泣きそうな顔で笑う。
「おう……絶対やる」
その一方で――。
横田の名前は、最後まで呼ばれなかった。
「……」
横田は信じられないという顔で、佐々木を見る。
「ちょ、ちょっと待ってください」
声が震えていた。
「俺は……?」
佐々木は冷静に横田を見る。
「今回は選外だ」
「は?」
横田の顔が歪む。
「なんでですか! 俺、前半からずっと――」
「横田」
佐々木の声が鋭く響いた。
横田は言葉を止める。
吉澤が横から口を開いた。
「俺たちは、今日の紅白戦だけを見て判断してるわけじゃない」
「……」
「一年に過剰な走り込みをさせていたこと。紅白戦前にボールを触らせず、コンディションを落とさせていたことも把握している」
横田の顔色が変わる。
「いや、それは体力作りのためで……」
「本当にチームのためだったのか?」
佐々木が静かに問いかける。
横田は答えられない。
「今日の前半、一年生たちは明らかに動けていなかった」
佐々木は淡々と続ける。
「そして、お前はそれを利用して、自分たちが有利になる形を作っていた」
「それは……」
「俺たちは見ていた」
佐々木の声が低くなる。
「一年がどう出るのか」
「お前がどう振る舞うのか」
「そして、このチームの中で誰が本当に上へ行く資格を持っているのか」
横田は何も言えなかった。
吉澤が続ける。
「サッカーは競争だ。上に行きたいっていう気持ちそのものを否定するつもりはない」
一度、吉澤は横田を見る。
「だが、仲間を潰して上に行こうとする選手を、カテゴリ戦には出せない」
横田の拳が震える。
「……」
「今回の件は森本監督にも報告する」
佐々木が告げる。
「それと、今後の三軍の運営についても見直す必要があるだろう」
その言葉に、三軍全体が静まり返った。
横田は唇を噛み、うつむく。
それを見ていた一年生たちは、複雑な表情を浮かべていた。
悔しさ。
驚き。
そして――ほんの少しの解放感。
赤城は、静かにその光景を見ていた。
隣で鶴見が息を吐く。
「……なんか、すごいことになったな」
赤城は前を向いたまま答えた。
「まだ始まったばかりだ」
牧が小さく頷く。
「ウス……」
夕暮れのグラウンドに、三人の影が伸びていた。
三軍の底から、カテゴリ戦へ。
赤城零、牧廻那、そして鶴見銀次。
三人の最初の一歩が、確かに刻まれた。
「第二章 三軍、下剋上 編」もいよいよ大詰め!次回、赤城に立ちはだかる最初の強敵が登場!?
次回もお楽しみに!




