第21話 自由を選べ
ハーフタイム。
一年生たちは、重たい足取りでベンチ前へ戻ってきた。
誰もが息を荒げ、顔を伏せている。
「もう無理だろ……」
「二点差だぞ」
「足も残ってねぇし」
諦めの声が、ぽつぽつと漏れた。
その中の一人が、赤城と鶴見を見る。
「……後半、出る?」
鶴見が顔を上げた。
「え?」
「どうせ、このままじゃ勝てねぇし。だったら、出てもいいよ」
その言い方には、期待というより投げやりな響きがあった。
「赤城も鶴見も、出たいなら出れば?」
「もう好きにやってくれよ」
鶴見は一瞬、悔しそうに表情を歪めた。
だが、赤城は静かに立ち上がる。
「分かった。出る」
その声に、一年生たちは少しだけ顔を上げた。
赤城は、牧の前に立つ。
「牧」
呼ばれた牧は、びくっと肩を揺らした。
「ウ、ウス……?」
赤城は、まっすぐ牧を見る。
「お前、本来は攻撃的なサイドバックなんじゃないのか」
牧の手が止まった。
「……え?」
鶴見も驚いて赤城を見る。
「攻撃的?」
赤城は続けた。
「前半、何度も上がれるタイミングがあった。お前は、それに気づいていた。なのに、行かなかった」
牧の視線が揺れる。
「そ、それは……守備を、ちゃんとしないとって……」
「違う」
赤城の声は冷静だった。
「守備の判断は悪くない。むしろ上手い。だが、お前の身体は何度も前に出ようとしていた」
牧は言葉を失う。
「前へ行けるタイミングを分かっていた。味方が欲しい場所も分かっていた」
赤城は、牧を見据える。
「なのに、お前は毎回止まった」
そして、少しだけ声を落とした。
「横田に目を付けられるのが怖いからか?」
牧の顔が強張った。
それだけで、答えは十分だった。
牧は唇を噛み、下を向く。
「俺……前に出ると、怒られるから」
小さな声だった。
「サイドバックが勝手に上がるなって。目立つなって。お前は後ろにいればいいって……」
牧の声が震える。
「だから……ずっと、そうしてた。自分のプレー、しないようにしてた」
赤城は黙って聞いていた。
それから、静かに言う。
「サッカーは、誰かの顔色をうかがうためのものじゃない」
牧が顔を上げる。
赤城は続けた。
「ピッチに立ったら、肩書きも学年も関係ない」
その言葉に、迷いはなかった。
「正しいと思った場所へ走れ。お前の足で、お前の判断で、お前のサッカーをしろ」
牧の目が揺れる。
赤城の声は強くない。
だが、まっすぐだった。
「自由を怖がるな」
一拍。
「サッカーは、自由を選んだやつから上手くなる」
牧の目が、大きく揺れた。
横田の顔が、脳裏をよぎる。
怒鳴られる声。
睨まれる視線。
失敗したときに浴びせられる言葉。
けれど、それらの記憶の向こうに――赤城の背中があった。
横田に一歩も引かなかった背中。
三十本を走り切った後、さらに十本を走った背中。
誰かに決められた限界を、当然のように越えていく背中。
牧は、握っていた拳に力を込めた。
震えていた指が、ゆっくりと止まる。
下を向いていた顔が、少しずつ上がっていく。
その目は、まだ不安げだった。
それでも――。
さっきまでとは違っていた。
赤城は、それ以上何も言わなかった。
やがて、後半開始の時間が近づく。
横田は二・三年チームの輪の中から、赤城を見て笑った。
「やっと出てくるか、赤城。潰してやるよ」
赤城は、その声を聞きながら静かにピッチへ入る。
鶴見も隣に並んだ。
そして――。
牧は左サイドの位置についた。
深く息を吸う。
一度だけ、横田を見る。
それから、前方に広がるスペースへ視線を移した。
後半開始の笛が、今まさに鳴ろうとしていた。
前回のあとがきに、赤城が反撃の狼煙を上げると書きましたが、今回はまだ反撃の「は」くらいでした(笑)次回は、ちゃんと反撃の狼煙を上げてくれることでしょう




