第17話 まだ誰も知らない、三軍の才能
外周の合図がかかると、一年生たちは重たい空気のまま走り出した。
土のグラウンドを囲む外周コース。
夕方の風は少し冷たいはずなのに、走り始めたばかりの一年生たちの胸には、すでに重たい疲労感が沈んでいた。
三十本。
本来より十本多い。
その原因が赤城にあることを、誰もが分かっていた。
だから最初の一周目、何人かはわざと赤城の方を見た。
――どうせ、すぐ落ちる。
――いつも通り、最後尾だろ。
――口だけなら誰でも言える。
そんな空気が、背中にまとわりつく。
だが――。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、さっき赤城に文句を言っていた一年生の一人だった。
赤城が、先頭にいた。
しかも、ただ前にいるだけではない。
二番手以降をじりじりと引き離しながら、一定のリズムで走っている。
上体はぶれない。
足の運びに無駄がない。
腕の振りもコンパクトで、呼吸も乱れていない。
鶴見も目を見開いた。
「……どうなってんだよ、あいつ……!」
知っている赤城とは違う。
いつもの赤城は、走り出してすぐにフォームが崩れた。
肩で息をし、足が絡まり、外周ではいつも最後尾をふらふら走っていた。
それが今はどうだ。
まるで、走り方そのものを知り尽くしているようだった。
赤城は前を見据えたまま、静かに息を吐く。
(なるほどな)
走りながら、赤城はこの身体の状態を確認していた。
(今までの赤城零は、身体の使い方を知らなかった。軸がぶれ、着地で力が逃げ、腕の振りと足の回転が噛み合っていない。だから、本来出せるはずのスピードが出ていなかった)
だが、今は違う。
クリス・レッドとして積み重ねてきたトレーニングの知識。
体幹の使い方。
重心移動。
接地の角度。
呼吸のリズム。
無駄な筋力を抜き、必要な場所にだけ力を入れる感覚。
そのすべてを、赤城零の身体に叩き込むように動かしている。
身体能力そのものが急に変わったわけではない。
ただ、この身体が持っている力を、ようやく正しく引き出しているだけだった。
それだけで、周囲から見れば別人に見えた。
「おい……赤城、速くね?」
「いつものビリの赤城だよな?」
「何があったんだよ、あいつ……」
ざわめきが、外周コースの中に広がっていく。
赤城は周りの声を聞きながらも、表情を変えない。
(ただし――)
二十本を超えたあたりで、赤城はわずかに呼吸の重さを感じた。
(心肺機能は、まだ足りない)
足は動く。
フォームも崩れていない。
だが、胸の奥に熱が溜まり始めている。
(この身体は、まだ長時間トップギアで動ける状態じゃない。高校レベルなら誤魔化せても、全国トップクラス、ましてプロ相手には通用しない)
それでも、赤城はペースを落とさなかった。
(だから鍛える。ここからだ)
最後の一周。
誰よりも早く、赤城が外周を終えた。
息は上がっている。
だが、倒れ込むほどではない。
赤城はグラウンドの端に腰を下ろし、まだ走っている一年生たちを見た。
鶴見は、集団の真ん中より少し後ろにいた。
決して速くはない。
フォームも綺麗とは言えない。
それでも、歯を食いしばり、腕を振り続けている。
足が重くなっても、顔を上げている。
遅れても、諦めていない。
赤城はその姿を見て、心の中で小さく頷いた。
(いい顔をしている。才能があるかどうかはまだ分からない。だが、折れない。ああいう選手は、強くなる)
次に、赤城の視線は牧廻那へ向いた。
牧は、集団の真ん中より少し前にいた。
小柄な身体で、淡々と走っている。
目立たない位置。
速すぎず、遅すぎず。
誰にも文句を言われない、ちょうどいい場所。
だが、赤城はその走り方に違和感を覚えた。
(……余裕がある)
牧の呼吸は乱れていない。
腕の振りもまだ残っている。
足の運びにも、無理がない。
それなのに、前へ出ようとしない。
(あいつ、本当はもっと走れるんじゃないか?)
赤城は目を細めた。
(力を隠している……いや、出せないのか)
牧は時折、グラウンド中央にいる横田の方をちらりと見ていた。
その視線は、恐れに近い。
赤城は、それ以上は考えなかった。
けれど、その違和感は確かに赤城の中に残った。
やがて――。
全員が外周三十本を終えた。
読者(仲間)の皆様へ
赤城がいよいよ、その力を発揮し始める。牧は力を隠しているのか? 次回もお楽しみに!!




