第16話 ウス……俺も、サッカーがうまくなりたい
一年生たちは、それぞれ不満を残しながらも、外周のスタート位置へ向かい始める。
その時だった。
列の少し後ろから、控えめな声が聞こえた。
「あ、あの……赤城くん」
赤城が振り返る。
そこに立っていたのは、小柄な一年生だった。
細身の身体。
少し猫背気味の姿勢。
前髪の奥から、遠慮がちな目がこちらを見ている。
彼は一度口を開きかけたものの、すぐに視線を落とした。
それから、勇気を振り絞るように小さく言う。
「さっきは……ありがとう」
「ありがとう?」
赤城が聞き返す。
少年は、こくりとうなずいた。
「横田さんに……ああいうこと、言ってくれて」
声は小さい。
けれど、そこには確かな本心があった。
「俺……ちょっと、スカッとした」
鶴見が横から少年の顔をのぞき込む。
「君は、確か……」
そこで鶴見は、少し困ったように眉を寄せた。
「……ごめん。同じ三軍なのは知ってるんだけど、ほとんど話したことないから、名前が思い出せない。本当にごめん。」
少年は一瞬、目を丸くした。
だが、すぐに小さく首を振る。
「あ……いや、無理もないっす」
「え?」
「俺も、二人とちゃんと話すの……今日が初めてだから」
そう言って、少年は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「だから、覚えてなくても……無理もないよ」
鶴見は、少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そう……ありがとう」
「いえ……」
少年は小さく首を振る。
そして、改めて二人に向き直った。
「あ、えっと……自己紹介します」
少年は一度息を吸う。
「牧廻那。マキカイナ……です」
そう名乗ると、牧は恥ずかしそうに目を伏せた。
「ポジションは……一応、サイドバック。あんまり、うまくないけど」
「サイドバックか」
赤城が静かに返す。
牧は小さくうなずいた。
「ウス……。俺も、サッカー……うまくなりたいから」
その一言だけは、先ほどよりも少しだけはっきりしていた。
「でも、あんまり前に出ると怒られるし……目立つのも、苦手で」
牧は困ったように笑う。
「だから、赤城くんが言ってくれて……嬉しかった」
鶴見は、そんな牧を見て表情を和らげた。
「牧、いいやつだな」
「い、いや……そんなことないっす。ウス……」
思わず出た返事に、鶴見が首をかしげる。
「ウス?」
牧は、さらに恥ずかしそうにうつむいた。
「あ、いや……癖で……」
赤城は、牧をじっと見た。
声は小さい。
自信もなさそうだ。
人の顔色をうかがうような仕草もある。
だが――。
不思議と、その目は完全には折れていなかった。
赤城は短く言った。
「うまくなりたいなら、諦めるな」
牧は、驚いたように顔を上げる。
赤城の目は、まっすぐだった。
「お前がどうしたいかは、お前が決めろ」
牧は、一瞬だけ黙った。
それから、胸の前で小さく拳を握る。
「……ウス」
今度の返事には、ほんの少しだけ力があった。
鶴見が笑う。
「よし。じゃあ三人で、まず三十本、死なずに走り切るか」
「三十本……」
牧が小さく青ざめる。
赤城は前を向いた。
「走るぞ」
「ウス……!」
牧は慌てて頷き、赤城と鶴見の少し後ろについた。
不満も。
恐れも。
まだ残ったままだ。
それでも――。
一年生たちは、外周のスタートラインに並ぶ。
読者(仲間)の皆様へ
3軍での最初の仲間!?が登場しましたね。この先の物語にどんな影響を与えるか楽しみだーーー




