第14話 全部、超えてやる
夕陽に照らされたグラウンドの奥。
一軍と二軍が使用するメインピッチから少し離れた場所に、三軍用の土のグラウンドがあった。
白線は薄く、ゴールネットもところどころほつれている。
そこに、十数人の部員たちが集まっていた。
「……あそこが三軍か」
赤城が静かに呟く。
「ああ」
隣を歩く鶴見の表情が、わずかに曇った。
「正直、空気はあんまり良くねぇ。特に三軍のキャプテンがな……」
「キャプテン?」
「ああ。横田世古史。二年だ」
鶴見は声を落とした。
「表向きは『みんなのために厳しくしてる』って感じだけど……本音は、自分が二軍に上がることしか考えてないって話だ」
赤城は何も言わず、グラウンドへ視線を向ける。二
「一年を走らせるのも、チームのためとか体力作りとか言ってるけど……実際は、自分たち二年、三年が紅白戦で目立つためなんじゃないかって」
グラウンドの中央。
そこには、一人の二年生が腕を組んで立っていた。
短く整えられた髪。
細い目。
そして、口元にはどこか相手を見下すような笑み。
横田世古史。
赤城と鶴見がグラウンドへ入ると、横田がちらりと二人を見た。
「遅ぇぞ、一年」
「す、すみません!」
鶴見が慌てて頭を下げる。
赤城も軽く頭を下げた。
だが、その視線だけは横田から逸らさない。
横田は鼻で笑った。
「まあいい。今日は今週末の紅白戦に向けて、一年は走り込みだ」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の一年生たちの顔が曇った。
誰も驚いてはいない。
おそらく、いつものことなのだろう。
だが、納得しているわけでもない。
それでも誰一人、口を挟もうとはしなかった。
横田はそのまま続ける。
「お前ら一年は、まだ基礎体力が足りねぇ。紅白戦で使い物になるためにも、今日は外周二十本。そのあとダッシュだ」
そして、最後に吐き捨てるように言った。
「ボールは触らなくていい」
その瞬間。
鶴見の拳が、わずかに震えた。
今週末は紅白戦。
そこで結果を残せなければ、次のカテゴリ戦に出ることすらできない。
それなのに今日も、走り込みだけ。
赤城は、一歩前へ出た。
「質問がある」
一瞬。
その場の空気が止まった。
「お、おい、零……!」
鶴見が慌てて赤城の腕を掴む。
だが、赤城は止まらなかった。
横田の目が細くなる。
「……なんだ、お前」
「この練習の意図は?」
赤城の声は静かだった。
だが、そこに臆する気配は一切ない。
「紅白戦前に一年だけを走らせる理由を聞いている」
赤城は淡々と続けた。
「今週末に選考があるなら、実戦形式の練習をする方が合理的だ。判断、連携、ボールタッチ。確認すべきことはいくらでもある」
周囲がざわついた。
「おい、あいつ横田さんに……」
「やめとけって……」
「一年だろ、あいつ……」
横田の口元から笑みが消えた。
「……は?」
赤城はまっすぐ横田を見る。
「走力を鍛えること自体を否定しているわけじゃない」
一拍。
「だが、今日の目的が紅白戦への準備なら、走るだけでは試合勘は戻らない」
「零、もういいって……!」
鶴見の声が飛ぶ。
しかし横田は、ゆっくりと赤城へ歩み寄った。
「お前、名前なんだっけ?」
「赤城零」
「赤城ぃ?」
横田はわざとらしく首を傾げる。
そして、何かを思い出したように鼻で笑った。
「ああ、思い出した。入部早々から三軍で、ろくにボールも蹴れねぇ下手くそじゃねぇか」
周囲の二、三年生から、小さな笑いが漏れる。
鶴見の表情が険しくなった。
「横田さん、それは――」
「黙ってろ、鶴見」
横田が鶴見を一瞥する。
そして再び赤城へ視線を戻した。
「下手くそのくせに、練習メニューに文句つけんのか?」
「文句じゃない。確認だ」
「同じだろ」
「違う」
赤城は即答した。
「勝つために必要かどうかを聞いている」
横田の眉がぴくりと動く。
赤城は視線を逸らさない。
「そして、お前の答えで分かった」
「……何がだよ」
「この練習は、チームのためじゃない」
空気が凍った。
赤城の声は決して大きくない。
それでも、その場にいた全員にはっきりと届いた。
「お前が紅白戦で目立つために、一年を潰しているだけだ」
周囲の一年生たちが息を呑む。
「お、おい……」
「やばいって……」
鶴見も慌てて赤城の肩を掴んだ。
「零! やめろって!」
だが赤城は、横田から一切目を逸らさない。
横田の顔が、みるみるうちに歪んでいく。
「てめぇ……調子乗んなよ」
低い声だった。
「三軍の一年が、誰に口聞いてんだ?」
横田が赤城の胸ぐらへ手を伸ばす。
その瞬間。
赤城は、ほんの半歩だけ身体の軸をずらした。
大きな動きではない。
ただ、それだけ。
横田の手は空を切った。
「……っ!」
周囲から、再びざわめきが起こる。
赤城は何事もなかったかのように横田を見る。
「俺は、お前より数倍上手い」
「……あ?」
「紅白戦で証明する」
その言葉に、迷いはなかった。
虚勢でもない。
挑発ですらない。
ただ、自分の中にある確信を口にしているだけだった。
「お前がどれだけ一年を走らせても、どれだけ邪魔をしても関係ない」
赤城は静かに言う。
「俺は上に行く」
一歩。
横田との距離を詰める。
「カテゴリ戦にも出る」
さらに一歩。
「一軍にも行く」
赤城の瞳に、揺らぎはなかった。
「邪魔したいなら、好きにしろ」
そして最後に。
「全部、超えてやる」
誰も声を出せなかった。
夕陽に染まった三軍グラウンド。
その空気は、ほんの数分前までとは完全に変わっていた。
一年生たちは、ただ呆然と赤城を見つめている。
二、三年生たちは、横田の反応を窺っている。
そして横田は――。
拳を握り締めながら、赤城を睨みつけていた。
その視線を真正面から受け止めながら、赤城は一歩も退かなかった。
読者(仲間)の方々へ
早くサッカーの試合描写を書きたい・・・(笑)もう少しお待ちを




