第13話 三軍という場所
放課後。
グラウンドへ向かう夕暮れの廊下を、赤城と鶴見が並んで歩いていた。
しばらく無言で歩いていたが、鶴見がちらりと横目を向ける。
「なあ、零」
「……なんだ?」
「サッカー部の内部事情って、よく分からないよね?」
赤城は少し考えてから、正直に頷いた。
「……ああ。うっすら記憶にある程度で、知らないことばかりだ」
「だよな」
鶴見は笑いながら、歩き続ける。
「じゃあ、改めて説明しとくわ」
「うちは零明学園高校サッカー部。部員数は七十一人。けっこう多いけど、全国的に見たら中堅レベルかな」
「たまに全国大会に出ることもあるけど、そのほとんどが一回戦負け。だから、強豪ってわけじゃない」
「なるほど」
赤城は頷く。
「で、部員は三軍、二軍、一軍に分かれてる」
「基本的に入部したやつは全員三軍スタート。たまに上手い選手が二軍スタートになることもあるけど、いきなり一軍に行けるのは数年に一人レベルの逸材だけだ」
「そして、今年の一年でいきなり一軍にいるのが四人」
鶴見は指を四本立てる。
「そのうちの一人が――青砥煉」
「トップ下で、もうスタメンらしい。……ガチの天才だよ」
鶴見は少し苦笑する。
「しかも、東京ムサシジュニアユース出身」
赤城の表情が僅かに変わった。
「東京ムサシ……あの、日本トップクラスのクラブの下部組織か」
「そう」
鶴見は頷いた。
「あいつが入学した時、学校中がざわついたからな。俺は喋ったことないけど、練習を見てるだけでレベルが違うって分かるよ」
「ふむ」
赤城は静かに頷く。
「で、もう一人が、さっきの大神狼」
「……あの天パのか?」
「そうそう。あんなふざけた感じだけど、実力は本物だね」
「ポジションはセンターバック。一年の中では、一番早く一軍に呼ばれたらしい」
赤城は、先ほどの大神の姿を思い出す。
「なるほどな」
「残りの二人については、俺もよく知らないんだよね」
「そうか」
鶴見はそのまま話を続ける。
「ちなみに監督は森本先生。礼儀とか人間性を重んじるタイプかな」
「俺はあんまり関わったことないけど、ちょっと不愛想な感じだな」
「一軍のコーチが吉澤コーチ。二軍は佐々木コーチが監督兼任」
「三軍は……基本ノータッチ」
鶴見の声が少しだけ苦くなる。
「自分でなんとか這い上がるしかねえんだよ」
赤城は黙って聞いていた。
「……つまり、三軍ってのは誰にも見てもらえない場所ってことか?」
「そう」
鶴見は頷く。
「三軍は“実力不足の集まり”って扱いなんだ」
「特に一年は先輩の言いなり。まともに練習なんてさせてもらえねえ」
「ずっと雑用だよ」
「道具の準備、ビブス洗い、グラウンド整備。練習時間のほとんどは走り込みと声出しだけ」
「ボールなんて、触れるのは片手で数えられるくらいだ」
「……そんな状況なのか」
「ああ」
鶴見の表情が曇る。
「三軍の二年とかが無駄に威張ってるし、声を上げようもんなら干される」
「コーチも基本的に来ねえし、監督も“自主性”って言って黙認してる感じだ」
赤城はしばらく黙っていた。
鶴見は拳を僅かに握る。
「でも、正直悔しいんだよ」
「……」
「サッカーがしたくて、ここに来たのに」
「やらせてもらえねえ」
夕暮れの廊下に、鶴見の声だけが静かに響いた。
赤城は少し考えてから尋ねる。
「……コーチが来ないのに、どうやって上に上がるんだ?」
鶴見は少しだけ目を細めた。
「まあ、そう思うよな」
「ちゃんと仕組みはあるよ」
「“カテゴリ戦”ってのが、月に一回あるんだ」
「カテゴリ戦?」
「三軍と二軍、二軍と一軍。それぞれの間で定期的に“昇格査定の試合”が行われる」
「三軍なら、二軍と対戦するってことだな」
赤城は少しだけ眉を上げる。
「その試合に勝てば……?」
「勝ち負けそのものより、そこで“目立つ”ことが重要なんだ」
鶴見は説明を続ける。
「コーチ陣が、その試合だけはしっかり視察に来る」
「そこでアピールできた選手は、二軍に昇格する可能性が出てくる」
「……なるほど」
赤城は頷いた。
「結局、そこで結果を出すことが勝負ってわけか」
「そう」
鶴見は頷いた。
「でもな、誰でもカテゴリ戦に出られるわけじゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「その前に、“三軍内の紅白戦”がある」
「いわば選抜試合だな」
「そこで活躍した選手だけが、カテゴリ戦のメンバーに選ばれるってわけ」
「つまり、まず三軍の中で競争があるってことか」
「そういうこと」
鶴見は続ける。
「その紅白戦にもコーチが見に来るんだ」
「“こいつは二軍と試合させる価値がある”って思われた選手だけが、カテゴリ戦に出られる」
赤城は頷いた。
「なるほど。紅白戦でもコーチは一度は見に来るのか」
「そゆこと」
だが、鶴見の表情が再び曇る。
「だけど、問題もあるんだ」
「問題?」
「紅白戦の前になると、先輩たちがわざと一年に走りだけやらせんのよ」
赤城の眉が僅かに動く。
「ほう」
「まあ、正確に言えば、“下級生には体力作りが必要”っていう建前なんだけどさ」
「実際は、紅白戦で動けなくさせるための作戦だよ」
「……そんなことがまかり通っているのか?」
「通ってる」
鶴見は苦笑する。
「四月の紅白戦なんか、マジで酷かった」
「俺たち一年、当日の朝練もずっと走らされててさ」
「試合が始まるころには、みんな足が棒になってた」
「ろくにボールも追えなかったよ」
赤城は目を細め、静かに唇を引き結んだ。
「……今週末に、カテゴリ戦前の紅白戦があるんだな?」
「そうそう」
鶴見は頷く。
「だから必然的に、今日は走り込みになると思う」
「分かった」
赤城は前を向いたまま答える。
「ちょうどいい」
「身体能力については大体把握できてきたが、心肺機能についてはまだ確認できていなかったからな」
「こういう状況でも全然怖くないの?」
鶴見が尋ねる。
「怖くないことはない」
赤城は即答した。
「でも、それとは別の感情もある」
「別の感情?」
赤城は少しだけ間を置く。
「……そんなふざけたことをする連中に、負けたくない」
その声は静かだった。
だが、そこには確かな怒りと闘志が込められていた。
「理不尽な環境だろうと、負けは負けだ」
「負けた時に、“練習が理不尽だったから”とか、“まともなコンディションじゃなかったから”なんて言い訳を作るような真似はしたくない」
赤城は真っ直ぐ前を見つめる。
「だから、どんな状況でも最善を尽くすよ」
「零……」
鶴見が小さく呟く。
赤城はそんな鶴見を横目に見た。
「今から部活だろ」
そして、歩く速度を少しだけ上げる。
「さあ、行くぞ。鶴見」
「……おう!」
二人は夕暮れの廊下を抜け、グラウンドへ向かって歩き出した。
その先に待っているのは――。
三軍という場所での、次なる戦いだった。
読者(仲間)の皆様へ
いよいよ、本格的にサッカーの描写になるかなー、どうだろう?
次回いよいよ、世界一のサッカー選手が高校サッカーに参戦!




