第12話 世界一を信じる者たち
昼休み。
赤城と鶴見が廊下を並んで歩いていると、背後から明るい声が響いた。
「おーい! 赤城! 鶴見〜!」
振り返ると、長髪の天然パーマの男子が、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
「よっ、ひさしぶり!」
鶴見は一瞬きょとんとしてから、首をかしげた。
「……あ、ごめん。なんとなく見たことあるんだけど、名前が思い出せないんだよね」
「それはボケか? ツッコまんで?」
男はニヤリと笑いながら、胸を張った。
「一年最初の部活で、一発ギャグで大受けしてた大神や!」
「おおがみとオオカミって書いて、大神狼や! どうや、覚えとるやろ?」
鶴見は眉をひそめながら、必死に記憶を辿る。
「あー……あっ! 思い出した!」
「最初のミニゲームで、めちゃくちゃディフェンスうまかった人だよね!」
大神は一拍置いて、肩を落とした。
「……一発ギャグの方で覚えててほしかったわ」
「ごめんごめん」
鶴見は笑いながら手を合わせる。
「でも、あれ正直……ちょっとスベってたよね?」
「いや、ウケてた! 絶対ウケてた!」
大神は必死に反論すると、赤城へ視線を向けた。
「赤城、なあ?」
赤城は少しだけ口元を緩める。
「……判断は保留にしておく」
「うわ、いちばん冷静なやつー!」
大神がガックリと肩を落とし、鶴見が吹き出した。
少し笑った後、鶴見がふと大神を見る。
「でも大神くんって、すぐに一軍入ったじゃん」
「だから、正直俺たち三軍のことなんて覚えてないのかと思ってたよ」
すると大神は、片手を腰に当てて眉をピクリと上げた。
「それはまたボケか? ツッコまんで?」
そして、少しだけ真面目な表情になる。
「一軍だろうが三軍だろうが、八軍だろうが――」
一拍置いて。
「同じ部活の仲間やったら、全員覚えるのが普通やろ?」
「なぁ、そやろ?」
その言葉に、鶴見は目を瞬かせた。
(……あのとき、三十人くらい一気に自己紹介して、そのあとミニゲームやっただけだったのに……)
(全部、覚えてんのか?)
内心で素直に驚きながらも、鶴見は口には出さなかった。
すると大神が、口を尖らせる。
「おいおい、今の“八軍”にはツッコめや」
「八軍は存在せんやろーが!」
「ははっ、ごめんごめん!」
鶴見が笑いながら肩をすくめる。
そんな二人のやり取りを見ていた大神が、ふと赤城へ視線を向けた。
そして、目を細める。
「……なあ、赤城」
「お前、本当に赤城か?」
「……!」
赤城の肩が、ぴくっと揺れた。
「……なんだよ、急に」
「いやな」
大神は赤城をじっと見ながら首を傾げる。
「前とちゃうような気がしてさ。なんやろ……雰囲気っていうか」
赤城は一瞬、言葉に詰まった。
「……あー、うん」
そして、苦し紛れに答える。
「ちょっとキャラチェンジしようと思ってさ」
「そうそう!」
すかさず鶴見も話を合わせる。
「赤城、最近キャラチェンジ中らしいんだよ。だから喋り方とかも微妙に変なんだよ」
「んね?」
赤城は小さく頷く。
「……まあ、そんな感じだ」
大神は「ふーん」と頷きながら、腕を組んだ。
「まあ、それもそうやけど……」
「俺が一番気になったのは、姿勢やな」
「姿勢?」
鶴見がきょとんとする。
「そうや」
大神は赤城の立ち姿を観察するように見つめた。
「前はもっとこう……体幹がブレてる感じの立ち方やったんやけどな」
「今は妙に……整ってるっちゅーか、軸がある」
「えー、気のせいじゃない?」
鶴見が苦笑する。
「てか、大神くんってそんなとこまで見てんの?」
「ストーカーとか言うなよ?」
大神が苦笑する。
赤城は一瞬迷った。
だが、大神の目を真っ直ぐに見て答える。
「……強くなりたいから」
「体幹のトレーニングを始めたんだ。サッカーが上手くなりたくて」
大神は一瞬、驚いた顔を見せた。
そして――。
パッと笑う。
「そうかそうか」
「そんでええ」
大神は嬉しそうに頷いた。
「なんかオーラも前より鋭なったしな」
「……まあ、俺の気のせいってことにしといたるわ」
そう言って肩をすくめる大神。
その姿を見ながら、赤城は心の中で呟いた。
(……こいつ、只者じゃない)
すると大神は、赤城と鶴見を真っ直ぐに見つめた。
「俺な、たまたま最初にちょっとアピールできて、運が良かっただけやと思ってる」
「けどな――」
大神の表情から、笑みが消える。
「お前らも絶対に一軍に来れる」
「……いや」
少しだけ言葉を強める。
「来てほしい」
「一緒にサッカーやりたいんや」
その言葉に、鶴見は少し目を伏せた。
「……でも、俺なんてまだ三軍だしさ」
「一軍なんか……なれるのかな」
その瞬間――。
赤城が何か言いかけた。
だが、それよりも早く。
「はははははっ!!」
大神が、今日一番の大声で笑い出した。
あまりの勢いに、赤城も鶴見もきょとんとする。
「……?」
「……何がおかしいんだ?」
大神は笑いながら、鶴見を見る。
だが、その目は真剣だった。
「今日いっちゃん笑ったわ」
「“自分が一軍に行けるのかな”って疑ってるやつが、一軍に行けるわけないってことに笑ってるんや」
口調はいつものように軽い。
だが、その言葉には強い熱がこもっていた。
「俺はずっと信じてんねん」
「自分が世界No.1のプロになるってな」
大神は胸を張る。
「中学の監督にも、コーチにも言ったら笑われた」
「今でも、母ちゃんにも父ちゃんにも『お前が?』って言われるわ」
それでも、大神は笑っていた。
「けどな」
その目の奥に、強い意志が宿る。
「俺は一生に一回の人生を、サッカーに注ぐって決めたんや」
「せやったら、目指すのは世界一に決まっとるやろ?」
大神は鶴見を見る。
「だからな、“自分なんか”ってなる理由が、俺にはマジで分からんねん」
そして、鶴見の肩をぽんと叩いた。
「鶴見」
「お前のガッツあふれるプレー、ミニゲームで見ててな」
「“こいつとやりたい”って思ったんや」
「せやから、自分を信じろ」
大神は笑った。
だが、その目は真っ直ぐだった。
「……絶対やぞ?」
鶴見は一瞬、返す言葉を失った。
(……あのときのミニゲーム、ちゃんと見てたのか……)
(俺は、自分で自分を疑って……恥ずかしい)
(零……赤城と約束したのに)
鶴見が顔を上げる。
その隣で、赤城がゆっくりと前を向いた。
「……俺も、世界No.1になるつもりでサッカーをやってきた」
大神と目が合う。
「疑ったことは、一度もない」
赤城は言葉を強めた。
「だから俺は――必ず一軍にのし上がる」
「……すぐに、追いつく」
大神は、また大きく笑った。
だが、その目には火が灯っている。
「ははっ! 最高やなお前、赤城!」
そして、制服の裾を翻しながら手を振った。
「ヤバッ、次の授業遅刻や!」
「またなー!」
そう言って、大神は廊下を駆け出していった。
その背中を見送りながら、鶴見がぽつりと呟く。
「……すごいな、大神くん」
赤城は真剣な目で、遠ざかっていく大神の背中を見つめていた。
「ああ」
「一軍にすぐに行った理由が、分かった気がする」
そして、鶴見へ視線を向ける。
「俺たちも、早く行こう」
「一軍へ」
鶴見は、ゆっくりと頷いた。
「うん……俺も、行く」
拳を握る。
「絶対に」
その横顔を見て、赤城は微笑んだ。
どこか、安心したような笑みだった。
読者(仲間)の皆様へ
実は、第一章の構成は頭の中で出来上がっていて、このエピソードで出てくる大神が活躍します。次回更新をお楽しみに!!感想も待ってます。




