第11話 ”赤城 零”
翌朝。
赤城と鶴見は並んで坂道を歩きながら、ゆっくりと登校していた。
朝の冷たい空気が二人の頬を撫でる。
やがて、鶴見が少しだけ歩調を緩めた。
「なあ、サッカー選手さん……いや、零」
赤城がちらりと横を見る。
「ちょっと、ちゃんと決めときたいことがあってさ」
「……なんだ」
鶴見は少し口ごもった後、真剣な表情で口を開いた。
「俺さ、これからもお前のこと、“零”って呼ぶわ」
「……」
「たとえ今のお前が、前の零とは少し違っててもな」
赤城は何も言わず、鶴見の言葉を聞いていた。
「俺は、できるだけ今まで通りに接する」
鶴見は前を向いたまま続ける。
「じゃないと、周りが混乱するし……何より、俺自身がどう向き合えばいいのか分かんなくなるからさ」
赤城はしばらく黙っていた。
やがて、ほんの僅かに口元を緩める。
「……分かった」
そして、静かに続けた。
「俺も、できるだけ、赤城零を演じるように努力する。」
「……」
「“赤城零”のためにもな」
その言葉に、鶴見は安心したように笑った。
「おう。助かるぜ」
そして、いつもの調子に戻る。
「じゃなきゃ、お互いがぎくしゃくして“変人コンビ”って呼ばれる未来しか見えねえし」
「……もう呼ばれてたりしてな」
赤城が苦笑交じりに呟く。
「マジかよ!?」
鶴見が声を上げる。
そんな他愛のない会話をしながら、二人は学校へ向かって歩いていった。
やがて、いつもより少し早めに校門をくぐる。
「……なんか今日は、いつもと空気が違う気がすんだよなぁ」
鶴見が周囲を見渡しながら呟く。
「気のせいだろ」
赤城はそう答え、教室の前まで歩いていく。
そして、ドアに手をかけた。
ガラッ――。
扉を開けた、その瞬間。
「ピカピカにすんぞ! 大森、そこ指紋残ってるぞ!」
「うっす! 滝島先輩、赤城様の机の四隅を重点的にっス!」
「……」
赤城と鶴見は、教室の中を見つめた。
そこには――。
昨日の二人の不良風男子。
滝島と大森が、真剣そのものの表情で赤城と鶴見の机を磨いていた。
しかも、使用している雑巾には、
『特上』
と書かれたシールまで貼られている。
「…………」
赤城は無言でその光景を見つめる。
「……え、何してんのあいつら……」
鶴見がぽつりと呟いた。
その声に気づいたのか、二人が同時に振り向く。
「……あっ!!」
「赤城様ああああ!!」
「お、おはようございます、赤城様ッ!!」
二人は慌てて立ち上がると、勢いよく頭を下げた。
「……赤城様?」
鶴見はすでに苦笑いを浮かべている。
赤城は二人を見つめた。
「……何をしている」
静かな問いかけだった。
「い、いや! 昨日はホント、うちら調子に乗ってたっていうか……!」
滝島が慌てて説明する。
「それで、今日からは赤城様の机を綺麗にしようって決めて……!」
「そ、そうッス!」
大森も続ける。
「赤城様の机には、ホコリ一粒乗せませんからァ!!」
「……迷惑だ」
赤城は即答した。
まるで、そこにある埃を払うかのような冷たい一言。
二人の動きが止まる。
「そ、そんな……!」
滝島が絶望したような顔をする。
そして、すぐに大森と顔を見合わせた。
「……だったら!」
「はい!」
「赤城様の子分にしてください!」
「赤城組入り、志願っす!!」
「掃除もやります!」
「買い出しもやります!」
「敵も討ちます!!」
「……」
赤城は二人を無言で見つめる。
そして何事もなかったかのように自分の席へ向かった。
椅子に座り、鞄を置く。
教科書を取り出して、机の上に広げる。
「興味ない」
「うわああああ!」
「あと、敵を討つってなんだ」
「そこ!?」
滝島と大森は、まるでフラれた恋人のようにその場へ崩れ落ちた。
「せめて名前だけでも覚えてくださぁい……」
「“雑巾兄弟”でもいいんでぇぇぇ……」
そのやり取りを横目に、鶴見が小さく呟く。
「……昨日の一件が、相当効いたんだな。あの二人」
赤城は教科書を開いたまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。
その時――。
キーンコーンカーンコーン。
教室に、朝のチャイムが鳴り響いた。
「ほら、もうチャイム鳴ったぞ」
赤城が二人に声をかける。
「は、はいっ!」
「席、戻ります!」
二人は慌てて自分たちの席へ戻っていった。
そんな二人を見送りながら、赤城は小さく息を吐く。
騒がしい朝だった。
だが――。
以前の赤城零なら、こんな朝を迎えることはなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、赤城は静かに教科書へ視線を落とした。




