第10話 プロになって、自分の目で確かめに来い
夕暮れの零明学園を、二人の影が歩いていた。
校門を出た赤城零と鶴見銀次は、言葉少なに並んで歩いている。
今日は部活がオフだった。
それでも鶴見は、「少しでも赤城と話したい」と言って、自然と一緒に帰る流れになっていた。
いつもなら、鶴見の軽口が絶えない帰り道。
だが、今日だけは妙に静かだった。
「……なあ、零」
先に口を開いたのは鶴見だった。
「今日さ……いろいろありがとうな」
赤城は少しだけ歩みを緩めて、隣を歩く鶴見を見る。
「礼なんて必要ない。……お前が決めた道だ」
「……だな」
鶴見は照れくさそうに笑うと、空を見上げた。
街灯が灯り始めた商店街。
薄紫色だった空が、少しずつ夜の色へと染まっていく。
「なあ……」
しばらく沈黙した後、鶴見がもう一度ぽつりと呟いた。
「正直さ、今でも信じられねぇ部分もあるんだよ」
「入れ替わりとか、記憶とか……頭じゃ理解してるんだけどさ。やっぱり、まだ現実味がなくて」
赤城は何も言わず、鶴見の言葉を聞いていた。
「でも……さっき、あんたが言った通りなんだと思う」
「零なら、どこかでまたサッカーをやってるんじゃないかって」
その言葉に、赤城の表情がわずかに緩んだ。
「……ああ。俺も、そう感じている」
「だよな……」
鶴見は小さく頷いた。
夕暮れの風が、二人の頬を撫でていく。
「だから俺は……あいつにまた会うために、プロを目指すわ」
鶴見は前を向いたまま、言葉を続ける。
「俺の実力がどこまでいけるかは分からねえけど……零と、もう一度サッカーを語り合いてえんだよ」
赤城はわずかに目を細め、しっかりと頷いた。
「……鶴見がここまで言ってくれたことを、きっと赤城も誇りに思うだろう」
「……そうかな」
「ああ」
短い返事だった。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
鶴見は少しだけ照れたように笑う。
「ま、これからが地獄だけどな!」
突然、いつもの明るい声が戻ってきた。
「だって、三軍から一軍に上がるって、普通じゃありえねーし」
「“普通”の話をしているなら、入れ替わりの俺が今ここにいる時点で“普通”じゃないだろ」
赤城が淡々と返す。
「……確かにな!」
鶴見は吹き出した。
しばらく笑った後、ふと歩みを止める。
ポケットに手を突っ込んだまま、鶴見は横目で赤城を見た。
「なあ、零……いや」
少しだけ間を置いて。
「サッカー選手さん、さ」
赤城が横目で鶴見を見る。
「……ん?」
「正直、今でもちょっとだけ気になってんだよ」
鶴見の表情から、先ほどまでの笑みが消える。
「零の中に入ってる“サッカー選手”が……いったい、どれほどの奴なのかってさ」
夕暮れの街のざわめきの中、赤城はしばらく無言で歩いた。
そして――。
ゆっくりと、口角を僅かに上げる。
「――なら、プロになって自分の目で確かめに来い」
その一言に、鶴見の目が驚きに見開かれた。
そして、その奥に少しずつ高揚感が灯っていく。
「……なるほどな」
鶴見は俯きながらも、笑みを浮かべた。
まるで、胸の奥に新たな目標が灯ったようだった。
「……よし。だったら、やるしかねえな」
赤城は、その横顔を見て静かに笑った。
「……楽しみにしてる」
二人はまた、ゆっくりと歩き出した。
沈みきった夕陽の代わりに、街灯の光が二人を照らしている。
その歩みの先に――。
まだ誰も知らない未来が、静かに待っていた。
名前も顔も知れない、読者(仲間)の方々へ
数日前にアキレス腱を断裂する大けがを負いました。私自身も20年近くサッカーをしてきましたが、この怪我でプレイヤーとしては一区切りとなりそうです。この未練は、サッカーへの思いはこの作品に込めようと思います。




