4244話
自分の方に向かって降ってくる矢や魔法。
レイはそれを、デスサイズや黄昏の槍を使ってフルプレートメイルを装備したレッドキャップの希少種や上位種……タンクと呼称している存在を放り投げては、盾にしていた。
(マジックシールドを使うか? もしくは、防御用のゴーレムを使うといった手段もあるけど……いや、今は動きやすいようにしておいた方がいいか)
防御用のゴーレムは、場合によっては色々と指示をする必要がある。
マジックシールドで生み出された光の盾はその辺の心配はなかったが、盾が自分の周囲にあると、どうしてもそちらに視線を向けてしまうことになる。
だからこそ、レイとしてはここはマジックシールドや防御用のゴーレムを使うのを止めておく。
「腐食!」
再びタンクを混乱させる為に、レイとしては悪臭や周辺に撒き散らかされる液状化した内臓や肉、骨を嫌って使っていなかった腐食を使う。
するりと、熱したナイフでバターを斬り裂くように……あるいは濡れたティッシュが容易に破けるように、タンクのフルプレートメイルは斬り裂かれ、デスサイズの刃が触れた瞬間に腐食する。
それを見た他のタンクは動揺し、混乱したが……
(駄目だな)
レイは即座にそう思う。
タンク達が動揺し、混乱したのは間違いない。
間違いないが、そうなる個体が少なかったし、動揺や混乱をした個体も明らかに我に返るのが早くなっている。
こうしている今も督戦隊の如く、矢や魔法がレイ達のいる場所に降り注いではいる。
それによる効果なのだろう。
(となると、やっぱり腐食は意味がないな。となると、普通にスキルを試していった方がいいか)
先程の腐食によって胴体を切断されたタンクの下半身部分を蹴る。
そうすると、まだ下半身部分に残っていた……それこそフルプレートメイルだからこそ、その場に崩れ落ちずに溜まっていた腐食した諸々が周囲に撒き散らかされる。
それを被ったタンク達が驚き、不快に思うが……撒き散らかされたのは固体ではなく半ば液体と化している内臓や肉、骨、皮だ。
フルプレートメイルの隙間から入ってくるのを、止めることは出来ない。
「飛針! 飛針!」
そうした混乱に乗じてスキルを発動するレイ。
スキルによって生み出された百八十本の長針が一斉に放たれる。
それも一度ではなく二度連続……正確にはアーチャーの群れとメイジの群れに向かってそれぞれに放った形だ。
その長針は、一本一本が金属の鎧すら貫くだけの威力を持つ。
そんな長針が三百六十本も放たれると……その射線軸上にいたタンクのフルプレートメイルですら容易に貫き、その下にある身体をも貫く。
もっともタンク達にとって不運だったのは、長針の当たりどころが良い……いや、悪い為に死ねなかった者が多数いることだろう。
元々、長針というのは決して殺傷力の強い武器ではない。
頭部や心臓といった急所に突き刺されば、高確率で死ぬだろう。
だがそうではない場合……具体的は、手足や胴体といった部位を貫いたとしても、即死といったことはまずなかった。
勿論、長針を突き刺したまま治療をしなければ、いずれ死ぬといったことになるかもしれなかったが、それでもこの場で即死するといったことはない。
そうなると、痛みに耐えながらも動ける。
かといって戦力になる訳でもない。
いや、タンクとレイが呼んでいるように、その場にいるだけでフルプレートメイルの防御力を使って盾となるといった選択肢もあるのだが、レイの攻撃は今の長針を見れば分かるように、フルプレートメイルですら容易に貫き、破壊するだけの威力を持つ。
そういう意味では、盾となってもそれは意味がない。
「飛針!」
再度レイは飛針を使用する。
ただし、今度放たれる百八十本もの長針が向けられたのは、タンク……ではなく、今もまたレイに向かって矢や魔法を放ってきているアーチャーやメイジ達。
「ギャガギャギャ!」
「ギョヴァギャヒィ!」
「ジョガタガタ!?」
アーチャーやメイジ達のいる場所はレイも理解していた。
何しろタンクと戦っている時に、何度も繰り返し矢や魔法を放ってきたのだから。
もしこれでもっと高い知能があれば、一度撃ったら場所を移動するといったことをして、自分達の位置を誤魔化してもおかしくはない。
だが、レッドキャップはゴブリンより知能が高いとはいえ、そこまでを考えられるようなものではない。
ましてや、現在レッドキャップ達は群れで……いや、軍勢でこうしてレイの前に立ち塞がっているのだ。
配置が決まっている以上、そう簡単にアーチャーやメイジが動くことは出来なかったのだが……それがレイにとっては功を奏した、そしてレッドキャップ達にとっては最悪の結果をもたらした原因だった。
元々アーチャーもメイジも後衛でこそその能力を万全に発揮出来る。
だからこそ防具はそこまで強力ではない。
……いや、そもそも防具らしい防具は装備していないといった方が分かりやすいだろう。
そんなところに、百八十本もの長針が……しかも、金属の鎧すら貫く威力の長針が降ってきたのだから、ただですむ筈がなかった。
とはいえ、それでも百八十本は百八十本。
中には幸運にも……あるいは危険を察知し、仲間を盾にして自分に向けられた攻撃を防いだアーチャーやメイジもいた。
そんな個体の中でも、味方を盾にした結果、盾にされた個体に攻撃されるといった者以外は、それでもまだレイやタンクのいる場所に向かって矢や魔法を放ってはいたが……その密度は、半分以下どころか、二割……いや、一割に届くかどうかといった程度でしかない。
そこまで密度が下がれば、レイにとって既に危険視する必要もない程度の攻撃でしかない。
自分に向かって降ってくる攻撃があれば回避するなり、デスサイズや黄昏の槍を使って対処するなり、もしくは先程やったようにタンクを盾代わりに放り投げるなりすればいいのだから。
「緑生斬!」
スキルが発動し、デスサイズの刃が蔦に覆われる。
このスキルはかなり特殊なスキルだったが、だからこそレイはこの機会に使ってみるのもいいだろうと判断して選んだスキルだ。
ボグッ、という生々しい音と共にタンクの装備しているフルプレートメイルがひしゃげながら吹き飛んでいく。
緑生斬は刃を蔦で覆われるので、当然ながらデスサイズ本来の斬れ味を発揮は出来ない。
言ってみれば、長剣を鞘に入れたまま振るっている感じだろう。
それでいながら、レイとセト以外には百kg程の重量を発揮するデスサイズなので、それで殴られた相手は棍棒……いや、百kg近い金棒で殴られたのと同じ衝撃を与えられることになる。
同時に刃を覆った蔦の一部が鞭状になり、離れた場所にいた二匹……タンク一匹、リーダー一匹を叩き付ける。
まだ低レベルなスキルのうえ、鞭の扱いには決して慣れていないレイだ。
タンクはフルプレートメイルによってレイによる蔦の一撃を防ぎ……それでも体格差と慣れていないが故に不規則に入った力によって吹き飛ばされる。
リーダーは軽装だったのが災いし、素肌のある場所に偶然レイの振るった蔦が命中し、悲鳴を上げる。
「って、リーダー!?」
まさかここでリーダーと遭遇するとは思っていなかったレイは、リーダーの存在に驚きつつも左手の黄昏の槍を大きく振るう。
するとレイの攻撃の隙を突こうとしていたリーダーの頭部が、黄昏の槍の穂先によってあっさりと切断される。
切断された首が飛んでいく光景を見ながら、レイは緑生斬はこの状況では使いにくいと判断し、別のスキルを発動する。
「ドラゴンスレイヤー!」
この場でこのスキルを選んだのは、何となく……というよりも、ドラゴン以外にドラゴンスレイヤーを使った時、どうなるのか少し気になった為だ。
ドラゴンスレイヤーというスキルは、その名の通りドラゴンに対する特効を持つ。
具体的には、レベル二の今はドラゴン系のモンスターに使った場合、通常の三倍のダメージを与えられるといったように。
だが、その対象がレッドキャップ……ゴブリン系のモンスターの場合はどうなるのかと、少しだけ……本当に少しだけだがレイの中で気になったのだ。
だが、結局ドラゴンスレイヤーを使った後の一撃は普通にタンクを、そしてタンクの後ろでレイの隙を窺っていたリーダーの身体を同時に切断したものの、それだけだった。
特に威力が増した様子も、あるいは威力が減衰した様子もない……そんな一撃。
(分かっていたけど、ドラゴン以外に対してはただの斬撃でしかないか)
スキルの名称からそうだとはレイも思っていた。
思っていたが、それでも実際に使ってみれば、もしかしたら……というようなことがあってもおかしくはないのが、魔獣術だ。
もっとも、威力が弱くならなかっただけレイにとっては幸運だったのかもしれないが。
「っと、少し面倒になってきたな」
タンクとは別の場所に配置されていたリーダー達が戦場を移動し、その場にいるレイに向かって攻撃し始めていた。
このホールは結構な広さがあるものの、そこでレッドキャップの希少種や上位種が待ち構えていた。
そんな中でレイの投擲した黄昏の槍によって混乱していたリーダー達だったが、レイがタンク達と戦闘をしている間に、どうやらその混乱が収まり、レイを攻撃する為に移動してきたらしい。
それを厄介に思うレイ。
タンク達は一応槍や長剣を持っているものの、それでもやはりレイがタンクと呼んでいるように、防御力に特化した存在なのは間違いなかった。
だからこそ、レイの攻撃であっても耐えようとし……それによって大きなダメージを受けることになってしまっていたのだろう。
だが、リーダーは鎧を身につけているとはいえ、その鎧は動きを阻害しない程度の鎧だ。
身軽さという意味では、タンクよりも間違いなく高い。
だからこそ、戦闘に紛れ込んでタンクが攻撃を防いで――防げていないが――リーダーが攻撃をするといったように戦い等としていたのだろう。
それはレイにとって非常に厄介な行動なのは間違いなかったが……それでも、うざったいといった程度のものであり、致命的なものではない。
だが、それでも邪魔は邪魔。
戦いの中で妙なちょっかいを出されるというのは、レイにとっては好ましいことではない。
そんなリーダー達を牽制する意味でも、タンク達と同じように動揺や混乱をさせた方がいいのかどうかと悩む。
つまり、腐食を使って士気をどん底まで落としてみるのもいいかと思い……だが、やはり腐食を使った際のデメリット、肉体や内臓が腐食した液体が周囲に撒き散らかされ、その悪臭がレイにも嗅覚的にダメージを与えてくるといったことを考えると、少しだけ躊躇する。
レイよりもタンクやリーダーの方がダメージが大きければ……それこそ、相手がレッドキャップではなく嗅覚の鋭いコボルト系のモンスターであれば、レイも意を決するといったことが出来ただろう。
だが、レッドキャップは特に嗅覚の鋭いモンスターではない。
……いや、寧ろ嗅覚という点では、ゼパイル一門の技術の粋を込めて作られた身体を持つレイの方が上だろう。
そういう意味では、腐食を使った時に生み出される液体は、レイの方にダメージを与えていると言ってもいいのかもしれない。
もっとも、レイが一人なのに対し、レッドキャップ側は大量にいるのだから、そうなると総合的なダメージとしてはレイよりもレッドキャップ側の方が大きいのかもしれないが……
「氷雪斬!」
結局レイは腐食ではなく、氷雪斬を使う。
氷雪斬もまた、相手を驚かせるという意味ではかなりの威力を持つと判断してのことだ。
スキルの使用と共にデスサイズの刃が氷に覆われていく。
レベル九ということもあり、刃を覆う氷の大きさは三m程。
デスサイズのフォルムそのものが、変わって見えてしまう程の凶悪さがそこにはあった。
実際、それを見たタンクやリーダー達も、ぎょっとした様子で数秒動きを止め……
「死ね」
その一言と共に、レイは氷に覆われた氷雪斬を振り下ろす。
その効果範囲内にいたタンクやリーダー達は、一瞬にして身体を斬り裂かれ、吹き飛ばされていく。
スキルによって刃を覆うというのは、緑生斬と同じ系統ではある。
だが緑生斬ではデスサイズは打撲武器として使われたものの、氷雪斬においては氷ということもあり、そして何よりレベル九という高レベルなことやレイの技量もあって、氷に覆われた刃でも相手を容易に斬り裂くことが出来た。
勿論、三mもの氷に覆われている以上、それは打撲武器としても使おうと思えば使えるのだが。
そうして、レイは巨大になったデスサイズを使い、タンクやリーダーを蹂躙していくのだった。




