4192話
ジャニスから祝いの言葉を述べられたレイは、昨日の今日なんだからそこまで気にするなと首を横に振り、ミスティリングの中から肉を取り出す。
それは、魚人の肉と爬虫類の肉。
どちらもモンスターの外見について知っていれば食べたいとは思わないだろうが、こうして肉の塊となっていれば話は別だ。
「まぁ、三種類も……今日はこのお肉を使って豪華な食事を作ってみせますね」
「頼む。もっとも、そこまで無理をしなくてもいいけどな」
「いえ、レイさんが二十一階に到達したと認められたのですから、しっかりとお祝いをする必要がありますから」
そこまですることか?
そう思ったレイだったが、表で起きている文字通りのお祭り騒ぎを思えば、このくらいのことはしてもおかしくないのだろうと、そう思えてしまう。
また、ジャニスが嫌々料理をしようとしているのではなく本気で料理を作りたがっているのを見れば、止めるのも野暮だろうと思えた。
それにジャニスが作る料理が楽しみなのも事実ではあった。
「分かった。じゃあ、その辺については頼む。無理をしない範囲で料理を作ってくれ」
「はい、任せて下さい。今日はレイさんやセトちゃんが喜ぶような料理を作ってみせますので」
いや、それは俺の言葉をしっかりと聞いているのか? と思ったレイだったが、嬉しそうなジャニスの様子を見る限りでは、注意するようなことは出来なかった。
実際にジャニスの作る料理は美味いので、そのジャニスが腕を振るうのならレイとしてはわざわざ断ろうとは思わなかった。
「頼むよ」
そう言い、レイは部屋に戻る。
「ふぅ……今日は疲れたな」
呟きながらベッドに横になるレイだったが、その疲れは肉体的な疲れではない。
あくまでも精神的な疲れだ。
レイが二十一階に到達したのがギルドで公表され……それはレイも特に問題はないと思ったのだが、まさか街中がここまでお祭り騒ぎになるとは思ってもいなかったのだ。
以前久遠の牙が到達階層を伸ばした時、ここまでの騒動にはなっていなかったとレイは思うのだが。
もっとも、もしレイの言葉を聞いた者がいて、その上でレイが今日ダンジョンでどれだけの活躍をしたのかを知っていれば、何でお祭り騒ぎの方の精神的な疲労の方が大きいのかと、素直に疑問に思うだろう。
レイにとってはダンジョンでの行動よりも、地上に戻ってからのお祭り騒ぎの方が精神的に疲れたというのは正直なところなのだが。
これが例えば、街中にいる者達がレイを狙って攻撃してくるといったようなことであれば、レイもそれに対処すればいいだけなので、寧ろそちらの方が疲れない。
だが、今回のお祭り騒ぎは多くの者が純粋な好奇心や善意からレイから話を聞いたり、あるいはレイにおめでとうと祝福の言葉を口にしたい者達だ。
……中にはレイから少しでも情報を引き出して、その情報を金に換えたいと思っているような者もいたが。
何しろ、現在はまだ殆ど謎に包まれている……せいぜいがギルドから報告された、大きな地底湖のある階層だという情報しか知られていない。
もっとも、宝箱を開ける為に訓練場に来た見物人なら、レイがオリーブ、ドラッシュ、ベルギリアの三人にどのような場所で宝箱を見つけたのかといったような説明をしたので、それを聞いた者達なら二十一階がどのような階層なのかがイメージしやすいだろう。
地底湖には中州があり、罠……と呼べるかどうかは分からないが、触れただけで刃が飛び出てくる宝箱と普通の宝箱が並んで置かれていたり、通路がピラミッド状になっていたりといったように。
勿論、その情報を聞いたのは数人といった訳ではないので、その辺の情報もすぐに広がるだろうが。
「ともあれ、明日は午前中は教官の仕事だし……そう考えれば、多少は楽になるか? 今日は興奮している面々も、明日になればある程度は落ち着くだろうし。……いや、冒険者育成校に行けば、それはそれで生徒に色々と聞かれるか。それでも街中で不特定多数の者達に聞かれるよりはマシだろうけど」
そうして呟いているうちにレイは睡魔に襲われる。
抵抗しようと思えば出来たのだが、食事が出来るまでは暇だろうしということで睡魔に逆らうようなこともせず、素直に眠りに落ちていくのだった。
「ん?」
すうっと目が覚める。
それは、近く……というか、家の外から何か言い争う声が微妙に聞こえてきた為だ。
窓の外を見ると、既にそこに夕焼けの色はなく、完全に夜になっていた。
少し昼寝……もしくは夕寝かもしれないが、とにかくそこまで長く眠るつもりはなかったのだが、どうやらそれなりに眠ってしまったらしい。
(とはいえ、まだジャニスが起こしに来ていないということは、夕食はまだだから……日が沈んだにしても、まだ沈んでからそんなに経っていないんだろうけど)
そんな風に思いつつ、明かりの魔導具を使い明かりを灯す。
『だから、私はレイの知り合いなんだってば。というか、ガンダルシアで冒険者をやってるのに、私の顔を知らないっていうの!?』
『分かります。分かりますけど、だからって自由に通せる訳がないのも、護衛の依頼を受けた以上フランシスさんも分かって下さい。現在、レイにどうするべきか聞いている最中ですから』
窓の外から聞こえてくる怒鳴り声……それはレイにとっても覚えのあるものだ。
いや、覚えがあるどころではなく……
はぁ、と小さく溜息を吐くと部屋から出る。
するとちょうどレイを呼びに来ていたジャニスの姿がそこにあった。
「レイさん、その……」
「ああ、分かっている。フランシスが来てるんだろう?」
ナルシーナとフランシスの言い争いから、レイに確認しているというのは、ジャニスを通して自分にどうするのかを聞こうとしているのだろうというのは容易に予想出来た。
その為、ジャニスを見た瞬間にそう口に出したのだ。
するとジャニスはそんなレイの言葉に素直に頷く。
「はい。それでどうしましょう」
「ジャニスは料理の方に集中していてくれ。フランシスの相手は俺がするから」
そうレイに言われても、ジャニスとしてはメイドである以上、主人であるレイの手を煩わせるのもどうかと思ってしまう。
とはいえ、料理の方ももう少しで出来るというところになっているので、出来ればそっちを片付けてしまいたい気持ちもあり……
「分かりました。では、お願いします」
結局レイに少しでも美味い料理を食べさせる方がいいだろうと判断し、そう頭を下げるのだった。
「気にするな。どうせ料理が出来るまでは暇だしな」
そう言うレイにジャニスは一礼し、厨房に戻る。
レイはそんなジャニスを見送ると、玄関に向かって扉を開けると……
「だから、セトちゃんの愛らしさは、あの人懐っこい円らな瞳にあるのよ!」
「それは分かります、私としては翼の柔からな羽毛の手触りを否定することは出来ません」
そんな声が聞こえてきたので、レイはそっと扉を閉める。
先程、窓から聞こえてきた言い争いは、お互いに非常に険悪な様子だった。
だというのに、今こうして扉を開けてみると何故かセトの愛らしさについて話をしていたのだ。
(というか、ナルシーナは別にセト好きじゃなかったと思うんだが……もしかして、隠れセト好きとか、そういうのだったりするのか? もしそうだとしても、今は全く隠せてないけど)
本当にナルシーナが隠れセト好きなのかどうかは、レイにも分からない。
ただ、あくまでも何となくそうなのではないかと思っただけだ。
『あ、ちょっと。今レイが顔を出したでしょ! 何で隠れるのよ!』
ナルシーナ達からは後ろになっていたのでレイが扉を開けたのに気が付かなかった様子だったが、正面のフランシスはレイが扉を開けたのに気が付いたらしい。
少し……本当に少しだけ、レイはこのまま知らない振りをしてしまおうかとも思ったのだが、もしそんなことをすれば、明日は教官をしにいくので、何を言われるか分かったものではない。
(仕方がないか)
今日は何とかなっても、明日にはより数段上になった面倒があるのなら、せめてまだその規模が小さいうちに面倒を潰しておいた方がいいだろう。
そう判断し、レイは再び扉を開ける。
「ほら、レイがいるでしょ。私を迎えに来たのよね? 私が入ってもいいのよね?」
「あー……うん。そうだな。フランシスは中に入れてもいいぞ」
そう言うレイだったが、フランシスの精霊使いとしての実力を考えれば、ナルシーナ達と正面から戦って勝利するのは無理でも、家に侵入するくらいなら出来るだろう。
……もしそのようなことになれば、即座にセトが出てフランシスは見つかってしまうのだが。
ただ、フランシスの場合は、セトに見つかるのがそもそも目的である可能性も否定出来なかった。
そのようなことをせず、こうしてナルシーナと素直に言い争い――後にセトの愛らしい場所の討論になったが――をしていたのは、フランシスにもことを荒立てるつもりがなかったからだろう。
ある意味フランシスにしてみれば、全て計算してのことだったりする。
もっとも、一度扉を開けたレイが再び扉を閉めるといったことをするとは思っていなかったので、そこだけはフランシスにとっても予想外だったが。
「分かったわ。……では、どうぞ。セトちゃんについての話は、また今度」
「ええ。でも、私は毎日のようにセトちゃんを愛でているのよ? そんな私に勝てると思ってるのかしら?」
その言葉に、レイはおや? と疑問に思い……すぐに納得する。
確認した訳ではないが、恐らくフランシスが言ってるのは冒険者育成校の厩舎に頻繁に顔を出してるということなのだろうと。
生徒達との模擬戦の時は基本的にセトも訓練場にいるのだが、レイが職員室に向かってから最初の模擬戦が始まるまで、そして模擬戦が終わってからレイが昼食を食べて迎えにいくまでの間、セトは厩舎で待っている。
厩舎には護衛の冒険者が雇われているが、やって来たのがその護衛を雇っているフランシスともなれば、厩舎の中に入るのを制止することも出来ない。
もしくは、それこそ精霊魔法を使い、護衛に気付かれないようにして厩舎に入っていたのかもしれないが。
その辺についてはレイも追求しない方がいいだろうと思う。
レイにしてみれば、色々とフランシスに迷惑を掛けているという自覚がある。
なら、フランシスがこっそりとセトと会うのを見逃すくらいはいいだろうと。
これでセトが嫌がっているのならともかく、セトは基本的に自分を可愛がってくれる相手には懐く。
そういう意味で、フランシスにもしっかりと懐いていたので、セトもフランシスが会いに来るのを嫌がったりはしない。
「ほら、いつまでもそこにいないで、中に入るのならさっさと入れ。人が集まってきてるし」
既に暗くなっているが、それでもレイの家を見る為か何人かがいる。
レイが帰ってきた時にいた者達か、あるいは別の者達か。
その辺りはレイにも分からなかったが、フランシスとナルシーナの様子を見ている。
他にも通りすがりの者達もそんなやり取りに足を止めている者が何人かいた。
このままここで話を続けていると、もっと多くの者が足を止めてこちらを見てくるだろう。
そう判断したレイの言葉にはフランシスも異論はないらしく、素直に家の中に入る。
レイが許可したということもあってか、今度は護衛のナルシーナ達もフランシスを止めるようなことはしない。
「それで、今日の用件は?」
「二十一階のことに決まってるでしょう? ……街中、凄いわよ?」
「知ってる」
実際にそれを感じたレイは、フランシスの言葉に即座にそう返す。
サイズ変更したセトをドラゴンローブの中に隠して移動しなければ、恐らく相当揉みくちゃにされていたのは間違いない。
それを避けて、武器屋に行く予定を取りやめて家に帰ってきたのだから。
「そう? まぁ、そんな訳で明日からどうするかとか、そういうのを聞こうと思ってやって来たのよ」
「あ、そうなのか」
レイはてっきり二十一階についての詳細を聞きに来たのかと思っていたのだが、どうやらその予想は外れたらしい。
昨日、レイはそれなりに二十一階についての情報をフランシスに話したので、その続きを聞きたいと思っても不思議ではないとレイは思っていたのだが。
「何をしに来たと思ったの?」
「街中のお祭り騒ぎに浮かれて来たのかと思った」
「……正直に言えばいいってものでもないのよ?」
レイの言葉に呆れたように言うフランシスだったが、レイはそんなフランシスの言葉にそっと視線を逸らしながらリビングに向かうのだった。




