4188話
「レイ、来てちょうだい」
宝箱の罠を解除し、鍵を開錠したオリーブはレイに向かってそう言う。
その表情には強い満足感があった。
オリーブにしてみれば、今回の一件はかなり苦労したのは間違いない。
ただでさえ、ライバルであるベルギリアが既に宝箱を無事に開けているのだ。
それも二個も。
そうである以上、オリーブとしてもより罠の解除の難易度が高いだろう宝箱を無事に開けないといった選択肢はなかった。
また、レイはその手の知識がなかったのでそこまで詳しくはなかったが、実際オリーブが解除した罠の難易度は非常に高く、オリーブですら何とか解除出来たといったところだ。
それだけに、オリーブは強い満足感や達成感があってもおかしくはない。
レイはオリーブに近付くと、声を掛ける。
「ご苦労さん」
短い一言だったが、オリーブにしてみれば自分の仕事を認められたということで、自然と笑みが浮かぶ。
今までもオリーブの顔に笑みは浮かんでいたのだが、その笑みを上書きするような……あるいは倍増するかのような、そんな笑みを。
「いえ、レイからの依頼だもの。それも報酬が美味しいのは、ベルギリアを見れば明らかでしょう? なら、私としてはこの依頼を受けないという選択肢はないわ。……それで、そろそろレイには宝箱を開けて貰いたいのだけど。いいかしら?」
「そうだな。俺にとってもこの宝箱の中身は気になるし」
二十一階の奥……ピラミッド状の通路の一番上の通路に置かれていた宝箱だ。
その中身に興味を持つなという方が無理だった。
「お願いね」
そう言われたレイは頷き、そっと宝箱に手を伸ばす。
宝箱を開けると、そこに入っていたのは……
「鍵?」
そう、それはまごうことなき鍵だった。
勿論、街中で普通に使うようなそんな鍵ではなく、かなりの装飾が施され、小さいが宝石が散りばめられてる。
その形状から鍵なのは間違いないが、装飾であったり所々にある宝石を見れば、形状こそ鍵ではあっても、美術品や芸術品だと言われても納得出来る程だった。
「鍵……かしら? 美術品じゃないの?」
レイの隣で宝箱の中を見たオリーブが、そう言ってくる。
実際、レイももしこれがこの宝箱……ピラミッド状の通路の一番上の通路以外の場所で見つけた宝箱から出たのなら、その言葉に素直に同意しただろう。
だが、この鍵はオリーブの開けた、ピラミッド状の通路の一番上の通路にあった宝箱から出て来たのだ。
「美術品か、実際に鍵として使えるのか。……微妙なところだな」
これがここまで美しく飾り立てられていない普通の鍵なら、レイもこれもダンジョンの中で使う鍵だと判断しただろう。
……もっとも、そうなればそうなったで、もしこの鍵を使わないと二十二階に行けない場合、最悪レイしか二十二階に行けないということを意味しているのだから。
(いや、それはないか。これまでの経験からすると、ダンジョンを探索する上で特定の誰かしか行けないなんてことはない……と思う。となると、また明日以降には同じ場所に宝箱があるのか、それともピラミッド状になった別の通路に同じように鍵の入った宝箱があったりするのかもしれないな)
ダンジョンを攻略する上で必須の鍵が一個だけしかないと考えるよりも、他にも複数ある、あるいはレイが考えたように誰かが一個を手に入れたらまた追加されるといった可能性が高いとレイには思えた。
……もっとも、誰がダンジョンを作っているのかは分からないが、ダンジョンを攻略させたいと思うのかといった疑問はあったが。
何しろ、ダンジョンを攻略するというのはダンジョンの核を奪われる――レイの場合は壊される――ということを意味している。
これが日本にいた時に遊んだゲームなら、プレイヤーを楽しませる為に攻略させる必要があるのだから、そのようにするというのもレイには理解出来た。
だが、この世界は剣と魔法のファンタジー世界であると同時に、現実でもある。
であれば、ダンジョンをわざわざ攻略させる必要があるのかと言われれば、レイには疑問だった。
そもそもの話、もしダンジョンを攻略させたくないのなら二十階の遺跡の仕掛けなど作らなくてもいいし、あるいは二十一階でも攻略に必要そうなこのような鍵をわざわざ用意する必要はない。
(となると……あるいは何らかの制約とかがあるのかもしれないな。ダンジョンを作る上で、実質的に攻略を不可能にするといったことはやってはいけないとか、そんな風に)
レイはダンジョン側にいる訳ではないので、その辺りの詳細は分からない。
ただ、何となくそうではないかと思っただけだ。
「それで、レイ。レイはこれを美術品と見る? それとも外見通り鍵と見る?」
レイがダンジョンについて考えていると、オリーブがそうレイに聞いてくる。
オリーブの言葉で我に返ったレイは、どう答えるべきか考え……すぐに口を開く。
「鍵だな」
そう断言したレイに、オリーブは意外そうな表情を浮かべていた。
何故レイがそのように判断したのかも分からなかったし、普通に考えればこれだけの品は鍵ではなく美術品と認識するだろうと、そう思ってのことだろう。
「何で、と聞いてもいいかしら?」
「これが別の場所にあったのなら、俺も美術品と鍵で迷ったと思う。けど、何度も言うように、この宝箱があったのはピラミッド……いや、幾つも重なった通路の中でも一番上の通路にあった宝箱だ。そう考えると、やっぱり中に入っていたのは美術品じゃなくて鍵……それもあくまでも俺がそう予想しているだけだが、先に……より下の階層に進む為の鍵じゃないかと思ってな」
そうレイが言うと、オリーブも……そして二人の会話を聞いていた他の者達の多くも納得する。
ダンジョンから出て来た美術品のような鍵……それも明らかに重要そうな場所にあったのを思えば、下の階層に行くのに使うというのは納得出来ると。
……ただし、中にはその言葉に納得しない者もいる。
「鍵の形をした美術品とか、そういう感じじゃないのか?」
そう口にする冒険者の一人。
するとその言葉を聞いた他の何人かが、それに同調するように頷く。
「だよな、俺もそう思った。だって、レイとオリーブの様子を見てみろよ。あんな様子を見せるような代物だぞ? それなら鍵よりも普通に美術品……お宝だと言われた方が納得出来るって」
そのような声も上がるものの、そうなると美術品ではなく鍵だという者がそれに反対するように口を開く。
「何を言ってるんだか。レイが言ってただろ? あの宝箱があったのは、かなり重要そうな場所だって。それに、オリーブの姐さんでも罠を解除するのに結構な時間が掛かったんだぞ? そんな宝箱に入ってるのが、ただの美術品な訳がないだろうが」
「おい、てめえ。それは俺に見る目がないって言ってるのか? あ? 喧嘩なら買うぞ?」
「馬鹿が、そうやってすぐに力に訴えるから、お前のところのパーティは深い階層に進むことが出来ねえんだよ」
「てめえっ!」
売り言葉に買い言葉。
見物人の間で一触即発といった状況になった、その時……
「うるせえええええっ!」
不意にベルギリアが訓練場全体に響くように……いや、少し離れたギルドに届いてもおかしくないような声で叫ぶ。
その言葉が響くと同時に、いつ喧嘩になってもおかしくなかった者達の動きが止まる。
……もっとも、今の大声で一番被害を受けたのは、ベルギリアの側にいたドラッシュだろう。
実は近くにはセトもいたのだが、ベルギリアが叫びそうになっているのを見た瞬間、即座に距離を取っていた。
そのお陰でセトはそこまで被害を受けるようなことはなかったものの、ドラッシュにはそのようなことは出来なかったらしい。
「うお……」
いきなり至近距離でベルギリアに叫ばれ、耳を押さえながら蹲っていた。
そんなドラッシュを見ながらご愁傷様と思いつつ、レイはオリーブとの話を続ける。
「それで、報酬についてだけど……どうする?」
「どうするって言われてもね。まさか、その鍵についている宝石を外してちょうだいって訳にもいかないでしょう?」
「だろうな」
これがただの美術品なら、オリーブの言うようなことも出来る。
勿論、完成した美術品から宝石を抜き取るのだから、美術品としての価値は大きく下がるだろう。
だが、それでも報酬は宝箱の中身の割合でという条件で依頼を受けて貰っただけに、レイとしてはそうした方がいいのならそうしただろう。……あくまでも本当に美術品だった場合の話だ。
レイとオリーブは、二人揃ってこれが美術品ではなく、ダンジョンを進む為の何らかの重要なアイテムという認識だった。
そんな重要なアイテムだけに、そこから宝石を抜き取るようなことをすれば、重要なアイテムとしての価値が……いや、効果がなくなってしまう可能性は十分にあった。
だからこそ、オリーブは報酬についてどうするべきかとレイに言ったのだ。
「割合で出すのが難しいとなると、普通に金でか?」
「……いいえ、私もドラッシュと同じで、報酬はいらないわ。その代わり、レイに貸しを一つってことでどう? 考えてみれば二十一階の宝箱を、それも恐らくは最高難易度だろう罠の解除を無事に出来たんだから、この経験だけで大きな報酬と言ってもいいのかもしれないしね」
そう言うオリーブだったが、その本音はレイに貸しを作れるのなら、これ以上ない報酬だと判断したからだろう。
実際、ドラッシュが宝箱を開けてそのような交渉をした時、その手があったかとしみじみと納得したのだ。
レイに対する貸し……その為なら、それこそ宝箱を開ける報酬がゼロでも全く構わない。
いや、寧ろ下手な報酬を貰うよりは、レイに対する貸しが一つという報酬の方が明らかに美味しい報酬なのは間違いなかった。
「本当にそれでいいのか? いや、オリーブがそれでいいのなら、俺としては全く問題ないんだが」
「ええ、問題ないわ。けど……貸しはしっかりと返して貰うからね」
「ああ、そのつもりだ。ドラッシュも……あー……うん。頑張れ」
ドラッシュの方を見たレイだったが、そのドラッシュは未だに耳を押さえて地面に蹲っていた。
先程のベルギリアの大声の影響から、まだ復活出来ていないらしい。
そんなドラッシュに哀れみの視線を向けてから、レイは先程のベルギリア程ではないが、周囲に聞こえるように口を開く。
「二十一階の宝箱を開ける依頼については、これで終わりだ。後はそれぞれ解散してくれ!」
その言葉に、先程は鍵の件が原因で険悪になっていた者達もそれぞれに歓声を上げる。
レイはそんな周囲の様子を気にせず、宝箱と中身の鍵をミスティリングに収納すると、セトのいる場所まで移動する。
「ドラッシュ、大丈夫か?」
「あ、ああ。……うん、何とか大丈夫だ。この馬鹿の大声は分かっていたが、まさかああも間近で聞かされることになるとは思わなかった」
「はっはっは。巨人の鉄槌の中では、俺の声はそこまで大きい方じゃないぞ」
「……知ってるよ」
そんな二人のやり取りを聞いていたレイは、呆れつつも口を開く。
「とにかく今日の依頼については助かった。また明日からも同じように宝箱を開ける依頼とかがあるかもしれないから、その時はよろしく頼む」
「余裕があったらだが、その依頼を受けさせて貰うよ」
ドラッシュはようやく耳が回復したのか、レイに向かってそう言ってくる。
「俺も時間があったらまた受けたいと思うから、よろしくな!」
ベルギリアは、言葉通りやる気満々といった様子で返事をしていた。
ベルギリアにしてみれば、ダンジョン……それも二十一階の宝箱から出て来た酒とポーションを入手出来たのだから、今回の依頼はこれ以上ない程に成功だったらしい。
他の二人はレイに対する貸しという報酬になったが、ベルギリアは自分の報酬に決して後悔はしていない。
実際に、今回入手出来たポーションのお陰で、ダンジョンの探索で生き残れる可能性がかなり上がったのだから。
勿論、レイに貸しが作れるということは非常に大きな意味を持つのは、ベルギリアも知っている。
知ってはいるが、それでも今回の一件を考えると、やはり自分の報酬はこれでよかったと、そう思うのだ。
……そう思う理由の何割かに、ポーションではなく酒が入手出来たからというのもあったのだが。
ベルギリアも、ダンジョンから出た酒が美味いというのは知っている。
その酒を貰えたのだから、酒好きとしてはこれ以上ない程の報酬だった。
そんな訳で、また何かあったら依頼を受けたいというのはベルギリアにとって心からの言葉だった。




