4177話
アニタはレイから話を聞いて、すぐに行動に出た。
一階に戻ると、上司に鉱石と素材に詳しい人物を用意してくれるように真っ先に頼み、それからレイから聞いた話を大雑把にだが知らせる。
二十一階に到達したのが事実で、しかもその二十一階についての情報もかなり聞いてきた。
これだけでも、アニタの貢献度は非常に高い。
……レイがこの件については特に情報を隠す必要もないだろうと判断したからなのだが、とにかくレイとそこまでの信頼関係を結べたのは間違いなくアニタの手柄だ。
また、昨日は止められた二十一階に到達したという話を公表してもいいという許可も貰ってきている。
ギルドにしてみれば、大手柄なのは間違いなかった。
そんなアニタが呼ばれてきた鉱石とモンスターの素材について詳しい者達と共に二階で待たせていたレイの部屋に向かったところ、部屋の中ではレイが空中に浮かぶ丸い何かを突いて遊んでいたのだ。
アニタにしてみれば、一体何をしているのかと疑問に思ってもおかしくはない。
「あー……その、何だ。これは一応俺のゴーレムだ。アニタには見せたことはなかったか?」
「……初めて見ると思います。それ、ゴーレムなのですか? 何だか私の知ってるゴーレムとは随分と違うような気がしますが」
「アニタが知ってるゴーレムは、モンスターとしてのゴーレムだろう? このゴーレムはモンスターじゃなくて錬金術師が作ったゴーレムだ。防御用のゴーレムで、俺にとってはセト程ではないにしろ、頼れる相棒だよ」
これは多少大袈裟な表現ではあったが、実際レイにとってこの防御用のゴーレムには今までかなり助けて貰っている。
レイとセトが戦っている時、他に誰かがいた場合、その護衛を考えなくてもいいというのは、レイにとっては非常にありがたい。
「相棒……ですか。いえまぁ、別にレイさんがゴーレムと遊んでいても構わないんですけどね。私は色々と説明が大変でしたが」
微妙に棘のある言葉を口にするアニタ。
レイはそんなアニタの様子にどう反応すればいいのか迷い……
「アニタ、そろそろ紹介をしてほしいんじゃが?」
「そうですね。私達もこれから忙しくなる……ええ、本当に忙しくなるので、出来るだけ早く用件を終わらせたいところですし」
アニタの後ろにいた二人のギルド職員がそう声を掛ける。
そんな二人の声で我に返ったのだろう。
アニタは慌てた様子で頭を下げる。
「申し訳ありません、グレイナーさん、ジャッシュさん。どうぞこちらに。……レイさん、こちらのグレイナーさんが鉱石について詳しい人で、ジャッシュさんが素材について詳しい人です」
頭を上げたアニタが、レイに向かって二人のギルド職員を紹介する。
片方は、珍しいことにドワーフのギルド職員。
ドワーフは見た目で年齢を予想するのは難しいのだが、グレイナーと呼ばれたドワーフは顔に皺があり、ドワーフの特徴である髭にも白いものが混ざっている。
人間の年齢でいえば、恐らく初老くらいなのだろう。
そしてジャッシュと呼ばれたギルド職員は、三十代から四十代程の年齢の人間の男。
「そうか、よろしく。俺はレイだ」
そう名乗るレイだったが、グレイナーもジャッシュも、当然ながらレイについては知っている。
ましてや、アニタに呼ばれてここに来るまでの間にそれなりに事情は聞いていた。
「うむ、よろしく頼む。まずは儂からじゃな。何でもミスリルの鉱石を見つけたと聞いたが?」
「ああ、これだ」
どん、と。
レイはゴーレムをミスティリングに収納すると、それと入れ替わるようにミスリル……だろうとレイは思っている鉱石を取り出し、机の上に置く。
ゴトン、という音と共に机の上に置かれた鉱石。
それを見たグレイナーは、少しだけ驚いた様子を見せる。
まさかこうも無造作にミスリルの鉱石を出すとは思っていなかったのだろう。
だが、すぐ我に返ったグレイナーは、机の前まで移動して鉱石にそっと触れる。
そして持ち上げ、じっくりとその様子を見て……
「これはミスリルの鉱石だ。間違いない」
あっさりとそう断言する。
レイにしてみれば、恐らくそうだろうとは思っていた。
だが、それでも自分には鉱石についての知識がなかったので、そういう意味ではこうしてグレイナーがしっかりとミスリルの鉱石だと断言してくれたのは、レイにとっては嬉しいことだった。
「そうか。そうなると、後はこれをどうにかしてミスリルのインゴットにする必要があるけど……」
「それは難しいじゃろう。この鉱石は見た限りではかなりミスリルを含んでいるとは思うが、それでもこの鉱石だけでインゴットにするのは難しいじゃろう」
「ああ、なるほど」
レイにしてみれば、どのくらいの鉱石があればインゴットを作れるのかは分からない。
ただ、その辺りについて詳しいグレイナーが出来ないと言うのなら、レイとしてはそうなのかとしか言えない。
「ミスリルのインゴットを作るには、この鉱石と同じくらいの含有量のものがどのくらい必要だ?」
「実際にやってみないと何とも言えないというのが正直なところじゃな。ただ……確証はない、あくまでも儂の予想じゃが、三つ……もしくは四つといったところじゃろう」
それはつまり、最短では三日、あるいは四日ダンジョンに行けば、インゴットを作れるだけのミスリル鉱石を入手出来るということになる。
もっとも、それはあくまでもダンジョンの修復機能によって毎日ミスリルの鉱石が復活するのを前提としたものではあったが。
「分かった、情報助かった。ありがとう」
「何、構わんよ。しかし……ダンジョンで鉱石の採れる場所があるというのは知っておったが、まさかこれだけの純度のミスリル鉱石まで採れるとはな。やはり、二十一階なのか?」
どうやらその辺りについての情報は既に知っているらしいと判断したレイは、特に隠すでもなく頷く。
「そうだ。二十一階の中でもかなり奥の方だけどな」
「ふーむ……ギルドでも色々と考える必要があるかもしれんの」
グレイナーがそう呟き、何かを考え始める。
そんなグレイナーを気にせず、レイはミスリルの鉱石をミスティリングに収納する。
「さて、グレイナーさんの出番が終わったということは、次は私ですか。二十一階のモンスターの素材と聞いていますが?」
「ああ、種類は結構あるから、ゆっくりとでいいぞ」
ジャッシュの言葉に、レイは次は二十一階で倒したモンスターの素材を次から次にテーブルの上に置いていく。
テーブルの上に置ききれなかった素材は、床に並べられることになった。
「これはまた……これは今日だけの素材ですか?」
「ああ、そうなる。とはいえ、モンスターの種類そのものは今のところそこまで多くはないけどな」
「いえいえ、これだけで十分な数の素材ですよ。どれもガンダルシアのダンジョンでは見つかっていない素材ばかりですし」
「そうなると、素材の価値を決めるのはやっぱり時間が掛かりそうか?」
「そうなりますね。ただ、幸いなことに昨日の時点でギルドマスターが他のギルドに色々と情報収集をしていまして、その情報の中には幾つか似たような素材もあります。……その、よければこの素材を一体どのようなモンスターが持っていたのかを教えて貰えないでしょうか?」
ジャッシュにしてみれば、素材だけを見せられてもどのようなモンスターの素材なのかは分からない。
似ているような素材を見たことはあるので、そういう意味では何となく分かる。
だが、ジャッシュにとっては未知の素材であるのは間違いないので、出来ればその素材を持っていたモンスターがどのような形をしていたのか、どのような特徴を持っていたのかを知りたかった。
「あー……なら、全部解体しないで、何匹かはそのまま持ってくるべきだったな」
レイはドワイトナイフを入手してからは、基本的にその場でモンスターを全て解体している。
何らかの理由でその場で解体出来ない時はミスティリングに収納して後で解体するが、それは本当に何らかの理由があった時の話だ。
実際、今日二十一階で倒したモンスターも全て解体をしてしまっている。
その為、解体前の一匹そのままの死体はミスティリングの中にも残ってはいなかった。
「そうですか、それは残念ですね。……その、もしよければですが、今度死体をそのまま持ってきて貰えませんか? 勿論、その分買い取り価格には多少なりとも色をつけますから」
「それは俺にとっても嬉しいが、いいのか?」
ギルドで素材に買い取りをする時の特徴として、基本的に値段が決まっているというのがある。
勿論素材だけではなく、一匹丸ごとで売るといったことも出来るが……その場合はギルドで解体をするので、当然ながらその分買い取り金額は安くなる。
もっとも、モンスターの死体一匹分を運ぶというのは、ポーターがいてもそう簡単なものではない。
そうである以上、一匹そのまま死体を持ってくるよりも、解体をして売れる素材の部分だけを持ってくるのが賢い。
もっともレイの場合はミスティリングがあって容量の心配もないので、やろうと思えば出来る方法だったが。
安くなるのはあくまでも解体の費用分だ。
後は、使えない部位の廃棄に使う費用か。
それだけに大量のモンスターを死体のまま運べるのなら、解体の手間が省けるという意味で楽なのは間違いなかったが。
ただし、ドワイトナイフがその前提条件を覆す。
何しろ、刺せばそれだけで解体が終わるのだ。
解体の手間は掛からないし、解体された素材も非常に丁寧な処理が施されている。
であれば、一匹ごと持ってくるのと比べても手間は殆ど変わらず、より高く買い取って貰えるのだから、そのような方法を使わない訳がなかった。
そんな訳で、死体を一匹持ってきてもギルドで買い取る値段は決まってる。
なのに、ジャッシュは値段をプラスすると言ったのだから、レイが驚くのも無理はない。
「心配いりませんよ。ギルドではそれなりの地位にいますし。それに、何なら依頼として出すといった手段もありますから」
「ジャッシュさん……あまりそういうのは……」
アニタの立場としては、ジャッシュの言葉に素直に頷く訳にはいかなかったらしい。
もっとも、ジャッシュは普段からこのようなことを行っている訳ではない。
今回は色々な意味で特別なので、今のような提案をしたというのが正しい。
「これから、二十一階のモンスターの素材も……そしてレイさんの実力を考えれば、二十二階、二十三階とそれ以降の階層に棲息するモンスターの素材も増えてきます。それを思えば、今のうちにギルドとしても知識を蓄えておいた方がいいと思いますよ」
そう言われてしまうと、アニタも反論は出来ない。
ジャッシュの言葉が正論であるのは理解出来るし、何よりただの受付嬢でしかないアニタと違い、ジャッシュは素材の件についてギルドでもそれなりの影響力を持っている。
それは、素材の件についてアニタが呼んできたギルド職員の一人であることを見ても明らかだろう。
「分かりました。ただ、この件については私達だけで決めるのもどうかと思うので、ギルドマスターの許可を貰えたらということでどうですか?」
結局アニタに出来るのは、判断をギルドマスターに任せることだけだった。
上司の威を借るアニタといった様子だったが、実際この件についてはアニタが言うように、レイの担当という意味では重要な存在ではあってもギルドの地位という点では受付嬢は決して高くはない。
勿論、これが冒険者からの人気ということにでもなれば、話は別だったが。
「なるほど、ギルドマスターの許可は必要だろうね。では、そうしよう」
ジャッシュもアニタの言葉は一理あると思ったのか、素直に頷く。
ジャッシュの独断でレイから買い取る素材の金額を上げるというのは、後々不味いことになる可能性があった。
そうならないようにするには、やはりギルドマスターに話を通しておくのは必須だった。
……指名依頼という形で、レイに二十一階以降のモンスターの素材を持ってきて貰うというのは、まだ諦めた様子はなかったが。
「そっちだけで話を進めないで欲しいんだけどな」
レイにしてみれば、自分の行動について話が進められているのは分かるが、そうである以上、多少は自分の要望も聞いて欲しいとは思う。
特に今の状況で譲れないことの一つが……
「ジャッシュが知ってるかどうか分からないが、俺は魔石を集めるのを趣味にしている。大量に倒したモンスターの魔石ならともかく、一匹、二匹といった少数のモンスターの魔石を売ることは出来ないぞ?」
そう言うレイに、ジャッシュは少し考えた後で頷くのだった。




