4176話
「なるほど、基本的には一本道なんですか。ダンジョンの構造としては珍しいですね」
「そうなるな。ただ、通路はそこまで広い訳じゃないし、地底湖がどこまでいっても隣にあるから、水中にいるモンスターによる奇襲には注意が必要だ」
レイは二十一階についての情報を、アニタに話していた。
本来なら、自分で入手した情報はギルドに公開する義務はない。
ただ、レイにしてみれば別にそれでも特に問題はないだろうと、ギルドに報告していたのだ。
……自分とセトが現在トップになったので、もし自分が情報を話しても、自分達に追いつける者はいないだろうという思いもそこにはあったが。
「ただ、厄介なのが中州だな」
「中州って……川とかのですよね? 地底湖にもあるんですか?」
「あるんだよ、何故か」
レイも中州と呼称しているが、それが本当の意味での中州……アニタが言うように川とかの中州ではないというのは、分かっている。
だが、それでも地底湖にある飛び地のような陸地を何と表現すればいいのか分からなかったので、中州と呼ぶのを止めるつもりはなかったが。
「そう……ですか。まぁ、ダンジョンですしね」
アニタも色々と言いたい事はあったのだろうが、今はどのように言えばいいのか分からず、レイの中州という表現に納得しておく。
「で、その中州なんですが、何が危険なんですか?」
「溶岩の階層でも同じように中州があって、そこに宝箱があった。それと同じように、中州には宝箱があったりする。……実際、俺は中州で宝箱を見つけてきたしな」
「……それは……つまり、気配を察知出来ない水中にモンスターがいる中で、何らかの手段……この場合は恐らく泳いでとかそんな感じなのでしょうけど、それで中州までいかないと宝箱を入手出来ないと?」
「そうなるな。しかもそこに本当に宝箱があるかどうかは、実際に行ってみないと分からない。何らかの手段で宝箱があるかどうか察知出来るのなら、話は別だが」
「命懸けで宝箱を求めて中州まで泳いでいったら、そこには何もない可能性がある……ということですか?」
その徒労感を想像したのだろう。
アニタはうわぁ……といった表情を浮かべる。
「まぁ、そんな感じになるな。俺の場合はセトが空を飛べるから中州まで行くのは特に大変ではないけど、他の冒険者なら大変だと思う」
「……大変そうですね」
「冒険者なんだから、そのくらいの大変さは当然のものだとは思うけどな。ともあれ話を戻すと、基本的に一本道ではあるが、そのままずっと進むと分岐路があったな。左右に分かれているんだが、右側は地底湖と通路が並んでいるそこまでと同じような構成になっているが、左側は地底湖がない通路だけの場所だった」
「レイさんはどっちに行ったんですか?」
「右側だな。ただ、右側を進むよりも前に左側をちょっと探索したけど。もしかしたら行き止まりになって宝箱があるかもしれないと思ったんだが、残念ながらしっかりとした通路が続いていたから、諦めて戻った」
「それは……いえまぁ、レイさんがそうした方がいいと判断したのなら、私からは他に何もいえませんが」
レイとしては、深い考えがあってそのようなことをした訳ではない。
ただ、何となく左側の通路が行き止まりだったら……と思ってそちらに進んでみただけだ。
「とにかくそんな訳で左側の通路は途中から戻ってきて、右側に進んだ訳だが……こっちはこっちで、かなり凄いことになっていたな」
「凄いことですか? その……どのような?」
「そのまま道を進み続けると、かなりの広さの空間に出たんだが、そこにピラミッド状……と言っても分からないか。ちょっと悪いな。こういう感じで大量の通路があった」
そう言い、レイはミスティリングから取りだした壊れ掛けの槍を使い、机の上でピラミッド状に並べていく。
もっとも、槍の重量を考えるとそこまで大量に机の上には置けなかったので、四段分くらいのピラミッド状だったが。
「ああ、なるほど。ピラミッド状というのはこのような形のことを言うのですね。……ちょっと待って下さい。このような通路が大量にあったのですか? 通路と言うからには、レイさんが入れるくらいの大きさはありますよね?」
「そうだな。俺とセトが並んで歩くと少し窮屈といった感じの通路だ。これがかなりの数あった」
「うわ……それはまた……ち、ちなみにですが、レイさんはその通路の探索は?」
「勿論したぞ」
「ですよね」
あっさりと探索をしたと口にするレイに、アニタはレイなら仕方がないかと思ってしまう。
「それで、その、どの通路を?」
「一番上の通路と、その下にあった二段目の通路だな。ちなみに一番上の通路には宝箱があって、二段目の通路は片方は何もなかったけど、もう片方にはこれがあった」
そう言い、レイは机の上にあった槍をミスティリングに収納し、代わりという訳ではないのだろうが、ミスリルの鉱石と思しき物を机の上に置く」
「これは……何ですか?」
「ミスリルの鉱石じゃないかと思ってるんだけどな。あくまでも素人の見立てだから、実際にどうなのかは、ギルドでの諸々や宝箱を開け終わったら、鍛冶師に見せに行こうかと思っている。鍛冶師なら専門家だから、これが本当にミスリルの鉱石なのか、あるいはミスリルの鉱石でないのなら、何の金属の鉱石なのか分かるだろうし」
「はぁ……申し訳ありませんが、私にもこれが何の鉱石なのかはちょっと分かりませんね。ただ、ギルドにはこの手の鉱石に詳しい人もいますから、レイさんが鍛冶師以外でもいいというのなら、呼んできても構いませんけど」
どうします? と尋ねてくるアニタ。
レイはそんなアニタの様子にどうしたものかと悩む。
だが、すぐに判断して頷く。
「分かった。じゃあ、その人物を連れてきてくれ」
レイにしてみれば、別にどうしても鍛冶師に見て貰いたい訳ではない。
鍛冶師ならこの鉱石がミスリルの鉱石かどうかを的確に判断出来るだろうから、鍛冶師に頼もうと思っていただけだ。
他にこの鉱石について詳しい人物がいるのなら、その人に任せても構わなかった。
「では、えっと……話が全部終わってからの方がいいですか? それとも今すぐの方がいいですか?」
「どっちでもいいけど、もう話す内容は殆ど残ってないぞ? 後は……そうだな。さっきも言ったが二十一階で見つけた宝箱の依頼と、倒したモンスターの素材の買い取りくらいか」
「分かりました。では、素材についても詳しい方を呼んできますね。ただ、素材は……何しろ、基本的には未知のモンスターの素材なので、これは以前にも言ったかもしれませんが、ギルドに残っている情報を調べるか、あるいは他のギルドに連絡をしてそちらで以前に取り扱ったことがないか、聞くしかありませんね」
「だろうな」
これがもっと上の階層のモンスターなら、ガンダルシアのギルドであっても素材をどのように使えばいいのかを理解しているので、買い取りの金額に問題はない。
だが、今までこのギルドで取り扱ったことがないモンスターの素材となれば、ギルドとしてもそう簡単に値段をつける訳にはいかなかった。
もしここで不当に安い値段にしたりすれば、冒険者からのギルドの評判は間違いなく落ちる。
高すぎる値段をつければ、それはそれで問題が起きるのも事実。
その為、妥当な値段を付ける必要があった。
アニタも受付嬢をやっているだけあって素材の値段については詳しいのだが、それでもやはり専門の者達と比べると、どうしても劣ってしまう。
だからこそ、鉱石に詳しい者だけではなく、素材について詳しい者を連れてきたいというのがアニタの本音だった。
……ある意味、自分ではどうしようもないので他人に丸投げしようとしているかのようなものではあったのだが。
「じゃあ、ちょっと出て来ますので、レイさんはここで待っていて下さい。いいですか? くれぐれも、部屋から出ないで下さいね?」
念押しをするアニタに、レイは分かったと頷く。
ずっとこの部屋にいろというのには、少しではあるが不満もある。
とはいえ、どうしてもこの部屋にいたくないといった訳でもないので、レイとしてはアニタの言葉にそう答えておいたのだ。
頷いたレイの姿を見たアニタは、これなら大丈夫だと思ったのだろう。
そのまま部屋を出ようとし……ふとその足を止める。
「そうそう、レイさんが二十一階に到達したのは確定したと、上司に話しても構わないでしょうか?」
「ん? ああ、別にそれについては構わないぞ。元々いつまでも隠しておけるようなものじゃないしな」
レイにしてみれば、別にどうしても自分が二十一階に行ったのを隠しておきたい訳ではない。
特に今日は宝箱の依頼もする予定なので、その件については寧ろ大々的に広めても構わないのではないかとすら思っていた。
当然ながらそのようなことになれば、レイは目立つ。
……とはいえ、元々が異名持ちのランクA冒険者、そして何よりセトを従魔にしているということで非常に有名で悪目立ちをしている。
そんなレイが今回の一件で更に目立っても、誤差だろうというのが本人の考えだった。
「分かりました。では、その報告もしますね。……ちなみに、ギルドからの二十一階の発表についてはどうします? どうせなら今公表した方が、レイさんは二階にいるので他の人達が寄ってこないという意味では面倒がないと思いますけど」
「なら、そんな感じで頼む」
「では、そのように」
一礼し、アニタが部屋から出ていく。
それを見送ったレイは、椅子に座ったままで上を……天井を見る。
特にそこに何かがある訳ではない。
ただ、何となく……そうしたくなっただけだ。
(俺の判断は間違っていない……よな? 俺がギルドの一階にいる中で、二十一階に到達したという話をするよりは、マシだと思うし)
レイとしては、面倒なことは少ない方がいい。
そういう意味でアニタに二十一階に到達したのを公表しても構わないというのは、間違っていない判断だろうと思えた。
ただ、それでも宝箱の依頼の件を考えると、どのみち宝箱を開ける時は自分がそこにいる必要がある以上、多くの冒険者達に二十一階の件について聞かれるのは間違いないように思えた。
「まぁ、どのみちそうなるんだろうし。……今ここで気にしても仕方がないか」
呟き、部屋の中の様子を見る。
暇潰しの行動だったが、この部屋には特に何かがある訳ではない。
それこそ今回のようにギルド職員――受付嬢含む――と冒険者が相談とかをする為に使われる部屋だ。
その為に、あるのは机に椅子といった程度だ。
何らかの資料でも置かれていたら、それを見て暇潰しでも出来たんだがと思うレイだったが、それは今更の話だろう。
「うん、暇だ。こういう時にセトがいれば……あ、そう言えばこれがあったな」
呟き、レイはミスティリングから防御用のゴーレムを取り出す。
言葉を発することは出来ないが、それでもレイの行動に反応を示す。
ペットロボならぬペットゴーレム……とは少し違うが、それでもレイにしてみれば暇潰しの相手としてはこれ以上ない程の存在だった。
「ほら、こっちに来てみろ」
レイが指示をすると、ボウリングの球のようなゴーレムは空中を移動してレイに近付いてくる。
ちょん、と。近付いてきたゴーレムに指先で触れる。
するとゴーレムは動きを止めた。
今のレイの行動を、止まれというように感じたらしい。
それが気になったレイは、左手で横からゴーレムの身体を押す。
いや、それは押すのではなく、正確には突くといった表現の方が相応しいだろう。
その動きを今度は押した方に移動しろと判断したのか、ゴーレムを空中を浮かびながらレイの押した方に移動する。
「これ……もしかして何度もこういうのをやると、このゴーレムはそれを学習したりとか、そういうのがあったりするのか?」
今更ながらにそんなことを考えるレイ。
既にこのゴーレムを受け取ってからかなりの時間が経っている。
もしゴーレムに詳しい者がいたら『今更!?』と驚いてもおかしくはない。
「いやまぁ、あくまでもそういう可能性があるというだけで、そうと決まった訳ではないんだが」
呟き、それからも何度か空中を移動するゴーレムを突く。
そうして暫くの間遊んでいると、いつの間にか夢中になってしまったらしい。
シンプルな遊びだからこそ、こうして集中してしまうのだろう。
だが……そちらに夢中になっていたからこそ、レイにしては珍しく部屋に近付いてくる気配が察知出来なかった。
これで敵意や殺意であれば、レイも気が付いたのだろうが、近付いてくる相手にそのようなものはなく……
「えっと、レイさん? 何をしてるんです?」
微妙な表情のアニタが、扉を開いた状態でそう言うのだった。




