4174話
ピラミッド状になっている通路の頂上から出たレイとセトは、次に頂上の一個下にある二つの通路の探索を始める。
最初に探索をしたのは、二番目の通路のうち右側の通路だったのだが……
「グルゥ」
進み始めて十分も経たないうちに、セトが喉を鳴らす。
何だ? とレイは少し狭いがセトの隣に移動すると、目の魔に壁があるのを確認してがっかりする。
「あーあ、この通路は外れか。敵も、階段も、宝箱も……本当に何もない場所なんだな」
レイにしてみれば、薄々そのような場所もあるだろうとは思っていた。
何しろピラミッド状になっている通路の数を考えると、その通路の全てに宝箱があるとは思えない。
あるいは罠やモンスターならあるかもしれないが、罠についてはレイの魔法によって既に心配いらなくなっていた。
そうなると残るのはモンスターだが、ダンジョンにいるモンスターにも当然のように自我がある。
つまり、大人しく一ヶ所で……それも決して広いとは言えないようなこの通路の中にじっとしていろと言われて、それを素直に信じる者がいるかどうかは……微妙なところだろう。
中には何らかの理由によって動くのが苦手、あるいは動きたくないようなモンスターもいるかもしれず、そういうモンスターなら通路の奥に待機し続けるという可能性は充分にある。
だが、普通のモンスターならそれが嫌で、とっとと出ていってしまってもおかしくはない。
(とはいえ、ここはピラミッド状になっている中でも、上から二番目の通路だ。普通にこの通路から出ようとすれば、落ちることになるだろうけど)
ピラミッド状に重なっている通路だが、その通路の一つ一つは狭い。
ただ、それでも少し窮屈ではあるが、レイとセトが並んで歩ける程度の広さはあるのだ。
……セトが翼を広げるのは難しいが。
ともあれ、そんな狭いが狭くない通路が多数折り重なっているだけに、上から二番目にある通路ともなれば、地上との距離はそれなりのものがある訳で……もしモンスターがこの通路にいて落ちたと考えれば、地上に死体があってもおかしくはない。
しかし、幸か不幸か地上には特に死体の類はなかった。
もっとも、死体になったとしても他のモンスター……具体的には湖に棲息してる爬虫類や魚人のようなモンスターがその死体を食べて片付けたといった可能性も十分にあったのだが。
「ともあれ、何もない場所があったと覚えておけばいい。そういう場所があると前もって知ることが出来ただけでもラッキーだったってことで」
そう、レイはセトに言う。
レイの口から出た言葉は、半ば励ましでもあった。
ただし、半ばということはもう半分は心の底からレイが思ったことでもあったのだが。
レイにしてみれば、そういう場所があると知ることが出来たのは、本当に大きな意味があったのも事実なのだから。
そんなレイの気持ちを多少なりとも理解したのか、落ち込んだ様子だったセトはある程度元気を取り戻す。
(とはいえ、それでも上から二番目という高い場所にある通路に何もなかったというのは、正直なところ完全に予想外だったけどな)
一番上の通路に宝箱があったことを思えば、二番目の高さにあるというこの通路にも何かがあってもおかしくはないだろうとレイは思っていたのが、その予想が完全に外れてしまった形だった。
もっとも、レイはそれならそれで仕方がないという風に思いもしていたのだが。
「セト、この通路は外れだったけど、もう一個の通路は当たりかもしれないだろ? まずはそっちを確認してみよう」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイの言葉に少しだけ不安そうにしたセトだったが、実際にもう一個の通路を調べてみないことにはどうしようもないだろうと判断したのだろう。
レイの言葉に、分かった! と喉を鳴らす。
レイはそうしてやる気になったセトに笑みを浮かべて通路を戻る。
通路から出て空中に戻るセト。
当然ながら、そんなセトの背にはレイが跨がっている。
空中を蹴ることが出来るスレイプニルの靴を持っているレイなら、別にどうしてもセトに乗る必要はない。
必要はないのだが、それでも何があるか分からない通路を進むのなら、やはりセトと一緒に行動した方がいいのは間違いなかった。
その為、こうしてセトと一緒に通路を出て、それから一緒に通路に入るのだ。
「通路は……多分、どこもそう変わらないんだろうな」
今日最後の通路に入ったレイは、周囲の様子を見ながらそんな風に呟く。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
セトの目から見ても、この場所は最初と二番目の通路と変わらないものだったらしい。
「ともあれ、先に進むか。セト、頼むな。それとも今度は俺が前に出るか?」
「グルゥ!」
自分が前に出るとレイに主張するセト。
先程の……上から二番目の通路で何もなかったので、半ば意地になっているらしい。
それでもレイがどうしても自分が前に出ると言えば、セトも渋々ではあるが納得するだろう。
だが、レイにしてみれば別にどうしても自分が前に出たいと思っている訳ではない。
セトに聞いてみたのは、あくまでも何となくでの話だ。
セトが自分から後ろに回ると言うのなら、レイもまた素直にそれを聞いて自分が前に出ただろうが、セトが自分が前に出ると言うのなら、レイもそれを止めるつもりはない。
そんな訳で、レイとセトは先程と同じ隊形で通路を進む。
そしてある程度進んだところで……
「グルゥ? ……グルルルゥ」
「セト?」
前を進んでいたセトが足を止め、戸惑ったように喉を鳴らす。
これが敵意なら、モンスターを見つけたとレイにも理解出来ただろう。
また、嬉しさが込められた鳴き声なら、宝箱があったのだろうとレイにも理解出来ただろう。
だが……このように戸惑った様子で喉を鳴らすというのは、レイにも何があったのか分からなかった。
「ちょっと退いてくれ」
セトが何を見つけたのか、自分で確認しようと思い、セトと入れ替わるように前に出る。
「これは……ミスリル、か? いや、正確にはミスリルの鉱石?」
セトが見つけたそれは、レイにとっても馴染み深い――ドワイトナイフを手に入れてから出番は極端に減ったが――ミスリルナイフに通じる輝きを持つ鉱石だった。
勿論、精錬も何もされていない、インゴットでも何でもないものだけに、ミスリルナイフと全く同じ輝きという訳ではない。
だが、それでもこうしてレイが見た限りでは、鉱石はミスリルナイフに通じる輝きがあるのは間違いなかった。
「まぁ、じつは似て非なる物って可能性もあるけど」
レイが思い浮かべたのは、日本にいた時に漫画で見た、愚者の金と呼ばれる金属についてだ。
正確には鉄と硫黄が結びついた鉱物で、見た目だけなら金に見える。
その為、それを掘り出した者の多くが金と間違え……あるいはそれを知った上で詐欺に使おうとした者も多かった。
その為、愚者の金と呼ばれることになったのだ。
レイの目の前にあるミスリルの鉱石……と思しき物も、もしかしたらそのように見えるだけで実際にはミスリルではない可能性は十分にあった。
レイとしては、これがミスリルの鉱石であって欲しいとは思うのだが。
(もしこれが本当にミスリルの鉱石なら……ここはもしかして、もの凄い稼ぎ場所なのでは?)
もしこのミスリルの鉱石をレイが手に入れたとして、ダンジョンの修復機能によって再びミスリルの鉱石が復活するということになれば、その度にミスリルの鉱石を入手出来るということになる。
もっとも、レイの予想が当たったとしても、それがどのくらいの周期で復活するのか分からないが。
ただ、これまでダンジョンを攻略してきた経験からすると、恐らくは今日採掘をして明日すぐには復活するということにはならないだろう。
それこそ数日……いや、ミスリルという魔法金属の希少性を考えると、復活するのにもっと時間が掛かってもおかしくはないだろうとレイには思えた。
「ともあれ、そもそもこれがミスリルかどうか分からないとどうしようもないしな。鍛冶屋に行って調べて貰うか」
最近行くようになった防具屋の店主も自分で防具を作っていることから、その手の知識には詳しいだろうとレイには思えたが、それでもやはりミスリルについてとなると、本職に任せた方がいいだろうと思えた。
先程想像した愚者の金についてのように、もしかしたらこの世界にはミスリルに似た何らかの金属があり、防具屋の店長は本職ではない為、間違う可能性がある為だ。
なので、やはりここは本職に任せた方がいいのは間違いなかった。
「セト、この通路は当たりだったぞ。多分だけど、ミスリルの鉱石を入手出来た」
「グルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、先程の通路は何もない外れの通路だったので、今回の通路が当たりだとレイに言われ、嬉しかったのだろう。
機嫌の良くなったセトにレイは笑みを浮かべ、声を掛ける。
「取りあえず今日の探索はこれで終わりとして……そろそろ地上に戻るか、時間も……丁度いい頃合いだし」
ミスティリングから懐中時計を取り出して時間を確認すると、午後二時半ばといったところだ。
いつもならもう一時間くらいはダンジョンにいるのだが、二十一階の件であったり、そこで見つけた宝箱の依頼の件であったり、それこそ魚人のトライデントを売ったり、鍛冶屋に行ってミスリルの鉱石が本物かどうかを確認して貰ったり……本当にやるべきことは多数あった。
それこそ、今から地上に戻っても、夕方までにやるべきことが全て終わるか? と思える。
そういう意味では、戻るという判断は遅かったのではないかとすら思える。
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと嬉しそうに喉を鳴らす。
最後の最後でミスリルの鉱石を見つけることが出来たのは、セトにとって嬉しかったのだろう。
二番目の通路は何もない外れの通路でがっかりしたので、余計に最後にミスリルの鉱石を見つけることが出来たのは、セトにとってそれだけ嬉しかったのだろう。
そうしてレイはセトと共に二十階に向かうのだった。
「ふぅ、戻ってきたか」
転移水晶を使ってダンジョンを脱出したレイは、周囲の様子を確認する。
まだ三時前ということもあり、冒険者の数は少ない。
レイのように何らかの理由で早めに地上に戻ってきた冒険者達か、あるいはこちらもまた何らかの理由で今からダンジョンに潜ろうとしている冒険者達がいるくらいだ。
そんな冒険者の少ない様子を見つつ、レイはセトと共にギルドに向かう。
「じゃあ、セトはいつものようにギルドの前で待っていてくれ。今日は人が少ないから、セトと遊んでくれる者達は……いや、その心配はないか」
レイやセトがギルドの側までやって来てセトに声を掛けていると、何人かの冒険者が注目しているのに気が付き、そう言う。
自分に……より正確にはセトに注目している光景を見れば、人数は少ないものの、セト好きはそれなりにいるのは明らかだった。
であれば、レイがギルドでアニタと話をしている間、セトも退屈をすることもないだろう。
また、レイがギルドにどのくらいの時間いるのかは不明だったが、話をしているうちに時間が経過し、今日の探索を終えた者達が地上に戻ってくる筈で、その中にはセト好きもいる筈だった。
なら、暫くの間はこうしておいても大丈夫だろう。
そう判断したレイは、セトをその場に残してギルドに入る。
……そして、レイがセトから離れるのを待っていたセト好き達は、この機会を逃してなるものかと、即座に動く。
今ここにいるセト好き達にとって、この状況はまさに幸運としかいえなかった。
いつもならセトと遊ぼうと、セトを愛でようと、多くの者達が一斉に動く。
その中でも選ばれた勝者だけが、セトのすぐ側まで移動出来るのだ。
位置取りであったり、身体能力であったり。
そのような諸々を込みで、勝利した者達だけが。
そんな中、今ここにはセト好きはいるものの、人数はいつもと比べると明らかに少ない。
だからこそ、いつもは一番前に……いや、二番目、三番目のセトを囲む輪にすら到達出来ない者達であっても、人の少ない今日はもしかしたらと、そう思ったのだろう。
そんな思いが普段以上の身体能力をもたらす。
……それこそ、そんな者達の様子を見ていたパーティメンバー達が、そんな動きが出来るのなら普段からやれよと、突っ込みたくなるくらいに高い身体能力を。
そうして普段はセトと十分に遊べない者達は、今日はしっかりとセトを満喫するのだと思いながら動くのだった。




