4160話
毛玉の肉は決して不味くはない。
寧ろ美味い。
だが、絶叫する程に美味い訳ではない。
一口ステーキを食べた者達の感想は、それで一致した。
勿論美味い肉であるのは間違いないので、料理に不満がある訳ではない。
だが、二十一階で倒されたモンスターの肉ということで、過剰なまでに期待値が高かったことが、微妙な結果となってしまったのだろう。
寧ろ、これで肉が不味かったら、あるいはネタに出来るという意味で盛り上がっていたかもしれないのだが。
「ま……まぁ、その、美味しい肉だったのは間違いないわね。レイから聞いた話だと、結構数がいたんでしょう?」
微妙な空気になったのを盛り上げようとしてか、フランシスはレイに向かってそう尋ねる。
レイもそんなフランシスの言葉に乗り、頷く。
「そうだな。群れで襲ってくるタイプなのは間違いなかった。モーニングスターが身体に繋がっていて、それで攻撃してきたりするから、慣れないと少し面倒だけど」
そう言うレイだったが、レイが毛玉の群れと戦った時はセトのバブルブレスのお陰で、動けない毛玉を一方的に殺していったのだが。
「なるほど、そういうタイプのモンスターの肉だから、美味しいは美味しいけど、この程度だったのかもしれないわね」
「じゃあ、学園長。二十一階をもっとしっかりと探せば、これよりも美味しいお肉を持つモンスターがいるかもしれないと?」
「イステルの言う通りよ。あくまでも可能性の話であって、実際にどうなのかは、それこそ探索してみないと分からないけどね」
フランシスの言葉に、イステルはやる気に満ちた表情を浮かべる。
イステル達のパーティは冒険者育成校の生徒達の中ではトップだが、それでも当然ながらまだ二十一階には到底及ばない。
それでもこうして目の前のレイが二十一階を攻略し、その上でそのモンスターの肉を食べさせて貰えば、やる気が満ちるのは当然のことだった。
「私も頑張ります」
「そうね。イステル達が頑張ってくれれば、他の生徒達もやる気になるでしょうし」
フランシスのその言葉は、決して大袈裟なものではない。
イステル達のパーティは、現在冒険者育成校の中でも最高の実力を持つ者達で構成されている。
……レイとしては、その中にハルエスがいるのがちょっと気になるが。
ともあれ、そんなパーティだけに、イステル達が頑張ればそれに引っ張られるように、他のパーティもやる気に満ちていく。
(特に、セグリットのパーティとかは、負けてたまるかと頑張ってそうだよな)
まるで物語の主人公のような存在のセグリット。
そんなセグリットの周囲には、優秀な才能ある女達が集まっている。
(いやまぁ、それを言うのなら俺もセグリットのことは何も言えないんだけどな)
才能ある優秀な女達が集まっているというのなら、それこそレイの周囲にはエレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった者達が集まっているのだから。
「さて、では……そろそろカニの方も良さそうなので、持ってきますね。その前に場所を空ける為に、食べ終わったお皿は下げさせて貰います」
「ああ、悪いな。頼む」
漂ってきた香ばしい香り。
カニの甲殻が焼かれることによって漂ってくるその香りに目を細めながら、レイはジャニスに言う。
(そう言えば、セトが甲羅とか甲殻とかを欲しがっていたな。食べるんなら、こうして焼いた甲殻部分を渡した方がいいのかもしれないな)
レイにしてみれば、カニの甲殻というのはあくまでも食べるものではない。
敢えて料理方法として思いつくとなると、甲殻は焼いて味噌汁に入れることによって香ばしさを出すといったところか。
もしくは、甲殻ではなく甲羅にカニの身を詰めたり。
他にはレイは美味いと思わないが、いわゆる甲羅酒というのもある。
考えてみれば何気に甲羅や甲殻の使い道は多いような?
そう思っていると、皿を持って厨房に戻ったジャニスが、巨大なカニの身を持ってくる。
甲羅の部分は若干焦げており、それが先程からの香ばしい香りを漂わせていた原因なのだろう。
「お待たせしました。……熱いので気を付けて下さいね」
そう言いつつ、ジャニスはテーブルの上に熱々のカニの身を置く。
「うわぁ……これは凄いわね。これ、このまま食べればいいの?」
フランシスが目の前にあるカニの身に感嘆しながらそうレイに聞く。
カニの足やハサミは大きいので、一人一本でも多すぎるので、それこそ二人で一本、あるいは四人で二本といったところか。
「そうだな。このまま食べるのもいいけど……上手い具合に取り分けられるかどうかは微妙だ」
カニの身は繊維質なので、縦に解すといったことは出来るが、横に切るとなるとかなり切れ足のある刃物が必要だった。
「食べられる分を縦に割いて皿に取る……というのでどうでしょう?」
ジャニスの提案に従い、何とか苦労しながらカニの身を取り出す。
横に切るのは難しくても、縦に切るのは容易だからこそ、出来る方法だった。
そうして皿には載り切らないので、一人につき三枚から四枚の皿を用意し、そこにカニの身を並べる。
(こういう時に細長い皿があれば……まぁ、それでもこれだけのカニの身を載せるとなると、ちょっと難しいか)
そのように思いつつ、レイはカニの身をフォークで刺して口に運ぶ。
出来れば手で鷲掴みにして食べたいのだが、焼きたてのカニの身は当然ながら熱い。
手で持てば火傷をすることになるのは間違いなかった。
レイも手を火傷したいとは思わないので、素直にフォークで口に運ぶ。
「これは……美味いな」
口の中一杯に広がるカニの濃厚な味。
正直なところ、先程食べた毛玉の肉で作った一口ステーキと比べても、こちらの方が圧倒的に美味い。
勿論、肉とカニの身では、正確に味を比べるというのは難しいだろう。
だが、このカニの身はレイが食べても明らかに美味いと断言出来るだけの味だった。
先程食べた一口ステーキも味は決して悪くはなかったが、それでもやはりこのカニの身と比べると劣ってしまうのは間違いない。
「本当ね。これ……凄いわね、レイ」
レイと同じくカニの身を食べたフランシスが、その美味さに感心したようにレイに言う。
イステルやジャニスの二人も同じく、自分の皿に取り分けたカニの身の美味さに声を失っていた。
(カニミソと、そういうのも美味い具合に食べたいところだけど……どうだろうな。あ、でも明日は教官の仕事を休んでもいいんだから、地底湖でカニ狩りをしてもいいかもしれないな)
今日戦った限りでは、地底湖に棲息していたカニはかなり好戦的だった。
つまり、地底湖を少し刺激すれば、カニが大量に出てくる可能性は充分にある。
「ソースとか何もなくても、十分に美味しいのは凄いわね」
「このカニの身を食べた感じだと、下手なソースを使うと寧ろ味を落とすんじゃないか?」
フランシスの言葉に、レイはそう言う。
実際、このままで食べているカニの身はかなり美味いだけに、中途半端なソースを使ってもソースの味がカニの身の味に負けてしまうのは容易に想像出来た。
「なら、下手なソースを使わなければいいんじゃない?」
「……下手じゃないソースがそう簡単に作れるとは思わないけどな。ジャニス、その辺はどうなんだ?」
「えっと、そうですね。……このカニの身の味に負けない、それどころかソースの味でより高めるとなると、かなり難しいかと。本職の料理人の方なら、そのようなことも出来ると思いますが」
私にはちょっと……と言うジャニス。
とはいえ、レイはそれを聞いてもジャニスを責めるつもりはない。
ジャニスはあくまでもメイドであって、料理人ではないのだから。
メイドとしてかなり料理が美味いのは、レイも知っている。
だが、それはあくまでもメイドにしてはの話であって、本職の料理人とは比べる方が間違っていた。
「そうね。……残念だけど仕方がないかしら」
「別にこのカニの身は俺だけが持ってこられる訳じゃない。二十一階の件が広がれば、他の冒険者も二十一階には行けるんだし、その時にどこかのパーティが持ってきたカニの身を、腕のいい料理人のいる店に持ち込むとか、そういうことになれば、このカニに決して負けていないソースとか作られるようになるかもしれないけどな」
「それ……いつになるのかしら」
「さぁ? とはいえ、俺がこのカニと遭遇したのは階段を下りてすぐ近くにあった地底湖でだしな。それこそ二十一階に下りれば、すぐに遭遇出来るモンスターなのは間違いない。……もっとも、カニの大きさや重量を考えると、一匹丸ごと持ってくるのは普通に考えて難しいし、そうなるとハサミや足を切断して持ってくる感じになると思う」
「……それが、これなんですよね?」
レイの言葉を聞いていたイステルが、テーブルの上にあるカニの足を示しながら言う。
そしてレイはそれが真実である以上、当然ながら頷く。
「そうだな」
「足一本でこの大きさなんですよ? これを持って移動するのは……あ、でも階段を下りてすぐの場所なら、後は二十階の転移水晶のある場所まで移動出来ればいいのだから、絶対に無理という訳でもないのでしょうか?」
「その辺は人によるだろうな」
そう言うレイだったが、実際には難しいだろうなと思ってはいた。
何しろ、二十階の転移水晶から二十一階に続くストーンヘンジのような遺跡のあった場所まで、セトが全速力で走っても結構な時間が掛かったのだ。
レイのようにセトに乗れるのならまだしも、レイが知ってる限りでは現在二十階を攻略しているパーティでそのような乗り物を持っている者はいない。
もっとも、それはあくまでもレイが知ってる限りの情報でしかないのだが。
他の者に知られると面倒だからということで、もしダンジョンで使えるような何らかの移動手段を持っていても、隠している可能性は充分にあった。
とはいえ、それでもその可能性はまずないだろうとレイは思っていたが。
(あ、でもオルカイの翼なら、劣化版のアイテムボックスがあるし、上手くやればいけるか? もっとも、神殿の階層から十九階の夜の砂漠の階層を攻略して、二十階に来ればの話だが。そこから二十一階まではそれなりに容易に行けるだろうし)
そう思うレイだったが、ある意味で安全策を採り、神殿の階層のステンドグラスで儲けているオルカイの翼が二十階まで来るかどうかは微妙なところだろう。
「ともあれ、カニの身についてはすぐにどうこう出来るようなことじゃないから、期待しないで暫くの間はゆっくりと待っているんだな」
「むぅ。……残念だけど仕方がないわね」
残念そうな様子で、フランシスは諦める。
とはいえ、実際にレイが言うように今すぐには無理でももう少し時間が経てばやがてカニの身もそれなりに持ち帰られるようになるかもしれないと、そう思っていたからこその言葉ではあったが。
「とにかく、今日はレイが持ってきてくれた、このカニの身を存分に味わうしかないということね。……ああ、美味しい」
しみじみとカニの身を味わうフランシス。
他の面々もカニを十分に味わう。
レイもまたそんなカニの身を味わってはいたが、レイは元々カニよりもエビ派だ。
出来れば地底湖には巨大なカニではなく、エビの類がいて欲しかったと思う。
(そうなったら、エビフライ……エビフライ……うーん、どうなんだろうな。小麦粉とパン粉はあるし、油も用意しようと思えばオークの肉の脂とかを用意したり出来るけど……そうなると、問題なのは卵なんだよな)
レイが知る限り、エビフライ……いや、エビフライに限らず揚げ物というのは基本的に塩胡椒で下味を付けてから小麦粉を纏わせ、卵液につけてからパン粉を付けて油で揚げるというものだ。
あるいは他にも何らかの方法はあるかもしれないが、レイは料理についてそこまで詳しくはない。
精々が学校で行った調理実習であったり、あとは料理漫画とかで知った知識くらいだ。
その為、卵を使わないやり方は思いつかなかった。
……だが、問題なのはその卵がそう簡単に購入できないということだろう。
あるいは農村の類なら鶏……あるいは鶏ではなくても飼育している鳥の卵を使えるかもしれないが、迷宮都市で卵を手に入れるのは難しい。
こういう時、日本って凄かったんだなと、レイはしみじみと思う。
もっとも、純粋に卵となるとレイの場合は父親が闘鶏や食用に鶏を飼っていたので、新鮮な卵に困ることはなかったのだが。
「レイ、どうしたの?」
「いや、このカニの身をもっと美味く食べる方法がないかと思ってな」
そう、レイはフランシスの疑問を誤魔化すのだった。




