4161話
「グルルルルルゥ!」
セトは嬉しそうにカニを食べる。
レイ達の夕食が終わり、少し遅れたがセトにもこうして夕食を持ってきたのだが……やはりと言うべきか、セトは毛玉の肉を使った一口ステーキや焼きガニを美味そうに食べていた。
レイの目から見ても、そして……
「うわ、セトちゃん可愛い……」
「学園長、ほら、見て下さい。セトちゃんったらカニの身をあんなに美味しそうに食べてますよ」
レイの側でセトの食事風景を見る、フランシスやイステルが嬉しそうな様子で歓声を上げていた。
「お前達、そろそろ帰らなくてもいいのか?」
レイがそう言ったのは、セト好きの相手をするのが面倒になってきたから……というのもあるが、それだけではない。
単純に、フランシスは学園長としての仕事がまだ残っているだろうし、イステルは育ちを考えれば夜に出歩くというのはあまり好ましくはないからだ。
「心配いらないわよ。しっかりとやるべきことはやってるから、そういう意味でも特に何か急いでやるようなことはないでしょうし」
「私の方も、問題はありません。今の私は冒険者なのですから、このくらいのことで何か問題が起きたりはしませんから」
二人に揃ってそう言われてしまうと、レイとしてもすぐに反論をしたりは出来ない。
「まぁ、お前達がそれでいいのなら構わないけど。……ただ、フランシスが言ったように、明日は俺とセトは冒険者育成校にはいかないで、ダンジョンに挑んで二十一階について調べるからな。ここでセトをあまり疲れさせるようなことをしたりはしないでくれよ」
そう言われると、フランシスとしても冒険者育成校のトップとして……そして何より、ダンジョンの攻略を何とか進ませたいと思っている以上、自分達がここにいることによって、セトを疲れさせるようなことは避けたかった。
「分かったわよ。……じゃあ、そろそろ帰るわ」
「え? ちょ……学園長!?」
フランシスの言葉に驚いたのは、イステルだ。
イステルにしてみれば、まさかここでフランシスがあっさりと帰るといったことを口にするとは思っていなかったのだろう。
「イステル、セトちゃんと遊びたいのは分かるわ。……本当に、心の底からね。けど、今日ここでセトちゃんと遊ぶのを優先した結果、明日のダンジョンの探索でセトちゃんが疲れを残したままとかになったら、どうするの?」
「それは……」
フランシスの言葉に、イステルも反論出来ない。
自分がセトと遊びたいからといって遊んで、その結果明日の探索に支障が出て、セトが怪我でもしたら……そうなったら、悔やんでも悔やみきれない。
実際にはセトの回復力は高ランクモンスターらしく非常に高いので、ここで多少遊んでいても明日になれば全快してるのだが……しかし、それが分かるレイは何も言わない。
結果として、セトが食事を終えたところで、フランシスとイステルは帰ることになった。
本来なら、フランシスもイステルも、食事を終わったセトともっとしっかりと遊びたいと思っていたのだろうが。
「じゃあ、残念だけどもう帰るわね」
「うう、セトちゃん……」
一度切り替えると、フランシスはセトと遊ぶのはすっぱりと諦めていた。
寧ろイステルの方が、セトと遊びたそうにしている。
とはいえ、イステルも自分の欲望の為に明日セトを疲れたままでダンジョンに向かわせるのかと言われれば、レイの家に残ってセトと遊びたいとは言えない。
言えないが、それでもやはりセトと一緒に遊ぶことが出来なかったのが残念なのは間違いなかった。
「ほら、行くわよ。一応何かあったら大変だし、送っていくから」
フランシスが残念そうな様子のイステルを引っ張って、レイの家から立ち去る。
そんな二人を見送ったレイは、誰もいなくなったところで大きく伸びをした。
「うーん……さて、今日は何だかんだと忙しかったし……それに、明日も忙しくなるのは確定だ。……エレーナ達と少し話して、英気を養うとするか」
そう言いつつ、レイは対のオーブを手に家に戻るのだった。
「さて、セト。今日は冒険者育成校じゃなくて、朝からダンジョンに行くぞ」
「グルゥ!」
翌日、レイはセトと共にやる気満々といった様子でダンジョンに向かおうとしていた。
昨夜、対のオーブを使ってエレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった面々と、後はアーラやビューネと話したのもあって、気力は最大回復している。
「では、レイさん。お気を付けて。……セトちゃんも、頑張ってね」
家の前までついてきたジャニスが、レイとセトに向かってそう言い、頭を下げる。
これが普通の時なら、ジャニスもここまではやらない。
だが……ジャニスは知っている。
今日、レイとセトはダンジョンの二十一階……まだ誰も入ったことのない場所に向かい、探索を行うのだと。
だからこそ、こうしてしっかりと見送りに来たのだ。
……レイにしてみれば、ダンジョンの未知の階層を探索するのは別にこれが初めてという訳ではない。
レイはこのガンダルシアのダンジョン以外にも、幾つものダンジョンを攻略している。
それこそ、この前ギルムに帰った時も、トレントの森にいつの間にか出来ていたダンジョンを攻略している。
……もっとも、そのダンジョンは本当に出来たばかりのダンジョンだったし、レイ以外にもニラシスを始めとした、一緒にギルムに行った面々と共に攻略したのだが。
ともあれ、そんな訳でレイにしてみればジャニスがここまで心配そうな様子を見せるのは、疑問ですらあった。
もっとも、だからといってそれはレイにとってありがたいという思いがあるのも、間違いなかったのだが。
「ああ、今日はまた二十一階の食材を持ち帰ると思うから、夕食の準備はそれに合わせた感じで、適当にやっておいてくれ」
「グルゥ!」
レイが気楽に言い、セトは行ってきますと喉を鳴らす。
「……あら」
思いのほか、レイとセトが軽い様子なのに気が付いたのだろう。
ジャニスは少し戸惑った様子を見せる。
「ジャニスにしてみれば一世一代の大勝負のように思えるのかもしれないが、俺は今まで幾つもダンジョンを攻略してきたんだ。未知の階層を探索するのは、そう珍しいことじゃない。……いやまぁ、迷宮都市のダンジョンとなると、ちょっと不安もあったりするが」
迷宮都市のダンジョンというのは、そう簡単に攻略出来ないダンジョンと認識されたので、ダンジョンを囲むようにして発展していったのだ。
つまり、迷宮都市という時点でそこにあるダンジョンは普通の……それこそレイが今まで幾つか攻略してきたダンジョンと比べても、明らかに難易度は高いのだ。
(だからといって、それで怯んだりするつもりはないけど)
レイにしてみれば、多少難易度が高くてもどうにでも出来るといった自信があった。
単純に自分達の実力を信じているというのもあるが、設置式の転移水晶を宝箱から入手しているというのも大きい。
もし本当に何かあってどうしようもなくなったら、設置式の転移水晶を使って即座に脱出出来る。
いわゆる、安全マージン的な意味ではこれ以上ない程に取っているのだ。
その為、ダンジョンに挑戦するのは間違いないが、そこまで切羽詰まった様子は見せていないのだ。
「じゃあ、改めて行ってくる」
そうレイが言うと、再度ジャニスは頭を下げる。
ただ、そこには先程までの悲壮な決意といったものはない。
レイがこのように言うのなら、しっかりと……何の問題もなく、探索を終えて戻ってくると、そう理解したのだろう。
そうして家を出たレイは、セトと共にダンジョンに向かうのだった。
「あ、レイさん。今日は朝にギルドに顔を出したんですね」
ギルドに入りカウンターに近付くと、ちょうど冒険者の依頼の受理を終わったアニタがレイに気が付き、そう声を掛けてくる。
現在の時間は午前八時前。
既に朝の一番忙しい時間は終わっており、ギルドの中にはゆっくりとした時間が流れていた。
それを示すように、カウンターの前に並んでいる冒険者の数も少ない。
忙しい時なら、それこそ受付嬢一人につき、最低でも十人くらいは並んでいたりするのだが。
「ああ、ちょっと顔を出して置こうと思ってな。……ちなみに昨日の件で何かあったか?」
フランシスに告げた件について、レイも別に特にどうとも思ってはいない。
冒険者育成校を作ったフランシスだけに、その程度の情報を知らされるのは別におかしなことでもないだろうと、そう思っていたので。
ただ、ちょっとだけ気になったのは、やはり二十一階の件だ。
より具体的には、二十一階に続く階段。
家を出てギルドに来るまでの間に、ふと思ったのだ。
結局昨日はあのストーンヘンジのような遺跡のある場所に出来た階段は、そのままにしてきた。
であれば、レイがダンジョンから出た後にあの遺跡にやってきた者がいた場合、階段があるということで、それを下りたという可能性は充分にあったのだろうと。
だからこそ、もしかしたらレイが昨日二十一階に到達したという話をギルドに黙っていてもらっている間に、他の冒険者達が二十一階に到達したと口にしてもおかしくはないだろうと。
もっとも、レイはそうなったらそうなったで仕方がないだろうなという風に思ってもいたが。
それでもこうして念の為に聞きにきたのだが……
「レイさんが心配されているようなことにはなっていませんよ。……あるいは階段を見つけた人はいるかもしれませんが、それを大々的に公表したりといったことは、今のところありませんから安心して下さい」
「そうか? なら、いいけど。……ただ、普通なら見つけたら堂々と自分達が二十一階に初めて行ったと大々的に公表してもおかしくはないと思うんだが、それを隠す意味とかあると思うか?」
「人によるかと。もし見つけたとしても、暫くは二十一階を自分達だけで探索して、それで探索が終わって公表してもいいと思ったら公表する……名より実を取る人もいるかもしれませんしね。ただ、やっぱり私は単純にまだ見つかっていないだけだと思いますよ」
「なら、いいんだけどな」
「元々、二十階まで到達している冒険者は少ないですから。それに蜃を見つけようと十九階に戻っている人もいますし」
「アイネンの泉だな」
馴染みのあるパーティ名を口にするレイ。
実際にはアイネンの泉以外にも他のパーティが探索をしているのは、二十階に下りる階段の近くにあった多数の足跡を見れば明らかだった。
もっとも、それは数日前の話だ。
昨日と今日も同じなのかと言えば、それは微妙なところだろう。
「そうですね。アイネンの泉もそうだと聞いています」
「まぁ、そっちの方で問題がないのなら構わない。俺にとっても、下に行く奴が少ない方が楽だし」
「レイさんにしてみればそうかもしれませんね。……今日は二十一階を?」
「そうなる。フランシスに急かされたってのもあるし、やっぱりあそこが正規の階段なのか、それとも隠し部屋なのか、その辺もしっかりとさせたいところだし」
その後も少しだけアニタと話をすると、レイはギルドから外に出る。
「グルゥ!」
数人のセト好きに遊んで貰っていたセトが、レイの姿を見つけると嬉しそうに喉を鳴らして近付いてくる。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべると、セト好きの者達に向かって声を掛ける。
「悪いが、これからダンジョンに行くんでな。今日の探索が終わって、俺がギルドにいる時に、また遊んでやってくれ」
セト好きの面々は、レイの言葉に残念そうにしながらも、分かったと頷く。
セト好きとして、セトの行動を邪魔する訳にはいかないと、そう判断したのだろう。
自分勝手な者がいないことを嬉しく思いながら、レイはセトと共に転移水晶に向かう。
ギルドと同じく混雑する時間は既に終わっているので、転移水晶の前に並んでいる冒険者の数もそこまで多くはない。
並んでいる冒険者達は、セトを連れていることからレイが自分達の後ろに並んでいるのに思うところはあったようだったが、だからといって場所を譲ったりといったことはしない。
それはレイにとっても特に気にすることはではない。
そのまま特に何をするでもなく、次々に転移していく冒険者達を眺める。
「グルルゥ?」
「ん? そうだな。今日は一日ダンジョンの探索にゆっくりと使えるしな。昼食についても、ジャニスから用意して貰っているし、他にも色々と食べる料理はミスティリングに収納されているから、心配するな」
「グルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなレイとセトのやり取りに微妙な表情を浮かべつつ……冒険者は次々に前に進み、やがてレイとセトの番になり、レイとセトは転移水晶に触れるのだった。




