4159話
「じゃあ、本当に二十一階まで行ったのよね? なら、何でギルドに公表しないようにしたの?」
料理が出来るまでの間、レイはリビングでフランシスとイステルの二人と話をしていた。
当然ながら、その話の内容は二十一階について。
「何でって……その辺についての話も聞いたから、こうして俺の家に突撃してきたんじゃなかったのか?」
「その、学園長はそこまで話を聞いてません。私ももう少ししっかりと話を聞いた方がいいとは言ったんですが」
イステルが困った様子でそう言う。
そんな二人の様子からすると、ギルドから派遣されてきたのだろう人物からレイが二十一階に行ったという情報を聞いた時、イステルもその場にいたのだろう。
フランシスにしては迂闊だったなというのがレイの感想だ。
もっとも、そうするしかない何らかの事情があったのかもしれないが。
「そうか、フランシスの面倒を見るのはご苦労さんだな」
「いえ、私がもう少し頑張れば、レイ教官にご迷惑を掛けなくてすんだのですが」
「ちょっと、私が迷惑を掛けているという前提で話をするのは止めてくれる?」
「けど、レイ教官に迷惑を掛けてるじゃないですか」
フランシスの言葉にイステルがそう反論すると、実際にこうしてレイの家にやって来ている以上、反論は出来なかったらしい。
「まぁ、別にいいけどな。それで何だったか……ギルドが今日中に公表しなかった理由か。実は俺とセトが見つけた二十一階に続く階段は、今までの階段とはちょっと……いや、大分違った感じだったんだよ」
「違う? それは具体的にはどういう感じで?」
興味深そうな様子でレイに聞くフランシス。
フランシスにしてみれば、ダンジョンで下の階層に行く階段が普通とは違うというのは、興味を惹く内容だったのだろう。
「二十階には巨岩によって作られた遺跡のように見える物があってな。何となくその巨岩をミスティリングに収納したら、それが何らかの仕掛けになっていたのか、遺跡が音を立てて動き出して、遺跡の中央に階段が現れた」
「それはまた……なるほど、レイがギルドの発表を待つように言ったのは納得ね」
「だろう? 今までのダンジョンの例から考えると、明らかに普通じゃない。単純に二十階からはそういう風になっているのか、それとも俺が当初考えたように俺達が見つけた階段の先にあるのは隠し部屋か何かなのか」
「……でも、レイは一応階段は下りたんでしょう?」
「下りたな。……ああ、そう言えば。ちょっと待っててくれ」
その言葉でふとレイは思い出し、リビングから厨房に向かう。
「え? ちょ……レイ?」
レイの突然の行動に後ろからフランシスの戸惑った声が聞こえてきたものの、レイはそれをスルーし、厨房にいるジャニスに声を掛ける。
「ジャニス、悪いが料理についてはこっちも使ってくれ」
そう言いレイがミスティリングから取り出したのは、二十一階の地底湖に棲息していた巨大なカニの身。
巨大なだけあって結構な量があるので、食べる量を争うようなことはない筈だった。
「分かりました。ただ、こういうのは料理したことがないのですが……」
「殻の部分を焼くのが一番分かりやすいだろうな」
本来なら刺身で食べるといった方法もあるのだが、海のカニではなく川……いや、地底湖のカニの身なので、刺身で食べるのは危険では? とレイには思えたのだ。
もっとも、レイの身体は普通ではない。
そうである以上、レイなら刺身で食べても問題はないのかもしれなかったが……ただ、それはあくまでもレイだけで、一緒に食事をする他の面々は難しいだろうと思えた。
あるいはレイだけがそうして食べているのを見て、羨ましいと、自分も食べたいと思って無理に生で食べてしまう可能性があった。
「分かりました。では、そのように。……ただ、そうなると焼けるまでかなりの時間が掛かると思いますので、後で出す料理になると思いますが」
「それで構わない。……まぁ、最悪フランシス達には出せないのなら、それはそれで仕方がないとは思うし」
「ちょっと、聞こえてるわよ!?」
厨房とリビングは隣接しているし、扉で区切られている訳でもない。
その為、厨房での会話は普通にリビングにも聞こえるのだ。
「まぁ、そんな感じで頼む」
そう言い、レイはリビングに戻る。
「ちょっと、折角の料理を食べられないって本当? 嘘よね?」
「時間があれば大丈夫だろ」
「……それってつまり、時間がないと駄目ってことにならない?」
「どうだろうな。可能性は否定しないけど」
「ちょ……もう、ちなみに今の話に出て来たのも、二十一階のモンスターなの?」
「ああ。俺とセトが下りた場所には地底湖があってな。綺麗な……本当にもの凄い透明度で、しかもそこら中が薄らと光っていて、地底湖の水も光っている場所だ。もし地上にあれば、それを見る為にガンダルシアに来る奴がいてもおかしくはないと思うくらいにはな」
「……それ、本気で言ってる?」
訝しげに尋ねるフランシスに、レイは当然といった様子で頷く。
「ああ、勿論だ。もっとも、あくまでも俺がそう思っているってだけで、本当にそうなるのかどうかは、分からないけどな。……ともあれ、それでその二十一階だったが、見つけたのがそもそも結構遅い時間だったり、どのくらい広がっている場所なのかも、分からなかったからな。時間も時間だし、詳細な探索については明日やることにして地上に戻った訳だ」
「何で……何で、そこで諦めるのよ。もう少ししっかりと調べるくらいはしてもよかったじゃないの!?」
レイの説明に、フランシスが納得出来ないといった様子で言う。
フランシスの隣では、イステルもまた同意見なのか声には出さないが同意するように頷いていた。
そんな二人の視線を向けられたレイは、困った様子で口を開く。
「そう言ってもな。今日はギルドが……それも夕方になるといつも以上に混雑すると分かっていたしな。だからこそ、少し早めにダンジョンから脱出する必要があったし」
「何で……ああ、見学会の件ね?」
不満そうにレイにその理由について聞こうと思ったフランシスだったが、すぐに冒険者育成校の敷地内で今日行われていた蜃の貝殻の見学会について思い出したのだろう。
「そうだな。ギルドがやった見学会だけに、ギルド職員も結構な数がそっちに回されていた。そうなると、当然ながらギルド職員も少なくなって、夕方になると忙しくなるのは目に見えていたしな」
「……今更ながらに、今日見学会を許可したのが悔やまれるわね」
レイの言葉を聞いたフランシスは、しみじみと言う。
もしフランシスがギルドから提案のあった蜃の貝殻の見学会を受け入れてなければ……あるいは受け入れたとしても、今日ではなく明日以降であれば、レイはもっと二十一階をしっかりと探索してきたということを意味していたのだから。
勿論、それは今更……本当に今更のことだと、フランシスも理解している。
今日の見学会を引き受けた時は、まさかこのようなことになるとは思っていなかったのだから。
もっとも、それはレイもまた同様だったが。
レイも今日はあくまでも二十階の探索を行い、明日以降も暫くは二十階の探索を行う予定だった。
それが偶然ストーンヘンジと似た遺跡を見つけ、好奇心からそれを弄った結果が二十一階に続く階段の出現なのだから。
レイにしてみれば、完全に予想外の展開だったのは間違いない。
「ほら、学園長。レイ教官が明日には調べてくれるって話だったんですから、それでいいと思いませんか?」
不機嫌なフランシスに、イステルがそう声を掛ける。
そんなイステルの言葉に、フランシスはレイに向かって口を開く。
「レイ、明日は教官の仕事を休んでもいいから、午前からダンジョンに潜ってくれない?」
「午前から? いやまぁ、フランシスがそれでいいのなら俺は構わないけど」
元々、レイが冒険者育成校の教官をやってるのは、あくまでもダンジョンの攻略をする為だ。
それでも他の教官をやっている冒険者達と比べると、レイの場合はダンジョンに潜る為に教官の仕事を休むことは少ない。
そんな中で、学園長をしているフランシスの方から明日は休んでダンジョンに潜ってもいいと許可が出たのだから、レイが驚くのは当然の話だった。
もっとも、フランシスにしてみればダンジョンの攻略が進み、まだ誰も探索をしたことがない二十一階に到達したかどうかといった内容なのだ。
そんな……ここ最近はずっと久遠の牙が行ってきたそれを、レイが行えるかもしれないのだ。
そのようなレイを雇っているフランシスにすれば、今は教官よりも冒険者としての仕事に集中しろと言いたくもなる。
「構わないから、まずは二十一階の件をはっきりとしてきなさい。こっちの方は私の方で手を打ってくるから」
フランシスにそう言われると、レイとしても否とは言えない。
そんな訳で、フランシスの勧めに従って、明日は教官の仕事を休んでダンジョンに行くことにする。
(まぁ、多分大丈夫だとは思うけど、もしかしたらどこかで情報を知った奴が俺が二十一階に到達したって噂を広める可能性も……ないとは言えないしな)
可能性としてはまず考えなくてもいいだろうとはレイも思う。
思うのだが、それでもダンジョンの一件だけにもしかしたら……と、そう思わないでもない一面があるのも事実だった。
このガンダルシアという迷宮都市において、ダンジョンの攻略が進むというのは、それだけ大きな出来事なのだから。
「じゃあ、明日にはダンジョンの攻略が進んだという話が広まるかもしれませんね。私はその発表を聞くのを楽しみにしています」
イステルが笑みを浮かべそう言い……すると、それによってリビングで行われていた話し合いに一段落ついたと判断したのだか、ジャニスが厨房から夕食を運んでくる。
新鮮な野菜をたっぷりと使ったサラダに、魚の塩漬けを使ったスープ、それ以外にも幾つもの料理が並ぶ。
そんな中でも特に目を引いたのは、ステーキだった。
一見すれば、そこまで豪華そうなステーキには見えないのだが、レイは知っている。
このステーキに使われている肉は、二十一階で倒した毛玉を解体した時に出て来た肉だと。
つまり……この場にいるのは、世界中で初めてガンダルシアのダンジョンの二十一階で素材として出た肉を食べられる者達であるということを意味していた。
なお、もう一つの二十一階の食材であるカニの身は、どうやらまだ焼けていないようでテーブルの上にはない。
足一本、ハサミ一本程度でもかなりの大きさなので、それを持ってくるとテーブルに他の料理が置けなくなるというのも、今はまだカニの身が出ない理由かもしれなかったが。
「レイ?」
ステーキの皿をじっと見ているレイに、フランシスが不思議そうに尋ねる。
「ん? ああ、何でもない……訳じゃないか。さっき見せただろ? このステーキの肉がそれだ。つまり、二十一階で倒したモンスターの素材……というか、食材の肉」
『っ!?』
レイの言葉に、フランシスとイステルは揃って驚き、ステーキの乗っている皿に視線を向ける。
もっとも、ステーキとはいえ一匹一匹がそこまで大きくはなかったので、肉としてもそこまで大きな訳ではない。
一口大の大きさの肉が数枚皿に並んでいる形だ。
そこに薄緑色のソースが掛けられている。
「……その、レイから食べて貰える? さすがにこの状況でこのステーキを最初に食べる訳にはいかないでしょうし」
「ん? そうか? まぁ、そう言うのなら……」
フランシスに先に食べるように言われたレイは、ステーキをフォークで刺し、ソースにつけてから口に運ぶ。
史上初めて二十一階のモンスターの肉を食べたレイだったが……
「うーん……まぁ、普通? いや、美味いか不味いかで言えば間違いなく美味いんだが」
レイの言葉に、様子を見ていたフランシスとイステルは不満そうな表情を浮かべる。
何しろ、歴史上初めての二十一階のモンスターの肉だ。
美味いぞと、絶叫するくらいはしてもおかしくはないのではないかと思っていたらしいが、実際にはそうでもなかった。
それがやはり少し面白くなかったのだろう。
「もうちょっとこう……何かなかったの?」
「いや、フランシスはそう言うけど、美味いことは美味いけど、そこまで言う程じゃないしな」
もっと言えば、レイにとっては十九階の夜の砂漠で倒した牛のモンスターの肉の方が美味かったように思う。
特に牛タン。
「フランシス達も食べてみたらどうだ? そうすれば俺の言いたいことも分かると思うぞ」
そうレイに言われ、フランシス、イステル、ジャニスの三人も一口ステーキを口に運び……美味いか不味いかで言えば美味いが、それでも絶叫する程に美味くないという、レイと同じ感想を表情で示すのだった。




