4035話
「これは、また……何らかの建物の中、か?」
十八階に続く階段を下りてきたレイとセトの前に広がっていたのは、何らかの建物と呼ぶべき場所だった。
建物の中である以上は当然ながら天井もあるのだが、洞窟の階層と違うのは天井までの高さがかなりあるということだろう。
吹き抜けの三階分くらいの高さはある。
セトが空を飛ぶ上で、困ることはないだろう。
また、通路の幅もレイとセトが並んで……それもレイがデスサイズと黄昏の槍といういつもの戦闘スタイルで戦っても、ストレスなく戦える程の幅はある。
「グルルゥ……」
凄い、とセトが喉を鳴らす。
セトから見ても、そのような感想を持つのに十分な建物の内装だった。
「一応確認しておくけど、ここはダンジョンの十八階で間違いない……んだよな?」
そう言い、レイは改めて周囲の様子を確認する。
もしかして……本当にもしかしての話だが、十七階から下りた瞬間に本来の十八階ではなく、もっと別の場所……どこか特殊な場所にでも転移させられたのではないかと、そう思ったのだ。
何しろ、レイは色々と後ろ暗いところがある。
例えば異世界から魂だけでこの世界にやって来たとか、その魂がゼパイル一門の技術で作られたこの身体に入ったとか、魔獣術を継承したとか、アンデッドのグリムと親しい関係を築いている――最近は連絡を取ろうとしても取れなくなっているが――といったように。
他にもレイが忘れていたり、あるいは思いもしないようなことだったりで、目を付けられている可能性は十分にあった。
そのような何者かが、何らかの技術を使って自分達を転移させたのではないか。
そう思ったのだが……
「グルゥ」
不意にセトが喉を鳴らす。
そんなセトの見ている方を見て、もし何かあったらすぐ対応出来るように準備をしていたのだが、……レイ達のいる通路から見える場所のうち、少し狭い――レイ達がいる場所と比較してだが――通路から出て来たのは、五人の冒険者達だった。
「あら? レイ……よね? グリフォンってことはセトだろうし」
冒険者の先頭にいる女が、レイとセトを見て驚いたように言う。
「……ああ。お前達は?」
「私達は『オルカイの翼』というパーティよ。私はパーティリーダーのナルシーナ。……それにしても、レイがもうここまで来てるとは思わなかったわ。十五階まで到着したというのはちょっと前に聞いたんだけど」
ナルシーナと名乗った女の言葉に、レイはどう返したらいいのか少し迷う。
自分がギルムに戻ってきたのを知らなかったのかと突っ込めばいいのか、それとももっと情報を集めておけと忠告すればいいのか。
ともあれ、向こうが友好的である以上、レイとしても友好的に接するのが最善だろうとは理解出来たが。
「ナルシーナか。もう知ってるようだけど、俺はレイ、こっちはセトだ。……見た感じ、この十八階には慣れてる様子だな」
「ええ、そうよ。少し前に私達もこの階層に到着して、それから探索を続けてるの。……ちなみに忠告だけど、この階層には罠がそれなりにあるわ。気を付けた方がいいわよ」
「おい、ナルシーナ!」
レイと話すのはナルシーナに任せていた他のパーティメンバーだったが、いきなりこの階層には罠があると教えたのは許せなかったのか、弓を持った男が不満そうな様子で声を掛ける。
だが、ナルシーナはそんな仲間の様子に呆れたように口を開く。
「何よ、このくらいは別にいいじゃない」
「けど、これは俺達が見つけた情報なんだぞ。なのに、何でそんなに簡単に教えるんだよ!」
弓を持った男の不満に、仲間の反応も二つに割れる。
ナルシーナが言うのなら、それで構わないといった者達と、無償で情報を渡す必要がどこにあるといった様子の者達といった具合に。
だが、ナルシーナはそんな仲間の様子を綺麗にスルーしたまま、口を開く。
「何よ、このくらいは別にいいでしょ? この階層を探索していればすぐに分かることなんだから。それなら、前もって教えておいて恩を売った方がいいわよ」
それを俺の前で言うのはいいのか?
そう思ったレイだったが、今は口を挟まない方がいいだろうと黙っておく。
このまま自由に話をさせた方が、色々と自分にとって良い情報を入手出来ると、そう思った為だ。
「それでも、ここは十八階なんだぞ? この階層まで来ることが出来るパーティなんて、五つ程度だ。そんな情報を気軽に教えても、俺達に利益はないだろ」
男の言葉に、レイは早速重要な情報を入手する。
この十八階以降まで行けるパーティは、五つ。
その中には目の前にいるオルカイの翼と、そしてトップパーティの久遠の牙がいる。
だとすれば、レイが知らない残りは三つということになる。
(その三つのパーティとも、いずれ遭遇する……のか? とはいえ、ダンジョンの中というのを考えると、そう簡単に遭遇するようなことはないかもしれないけど)
ダンジョンの広さは、階層によって違う。
ただ、ダンジョンの中でも狭い階層……レイが思い浮かべたのは洞窟の階層だったが、その階層であってもそれなりの広さを持っていたのは事実。
であれば、上の階層であればまだしも、下の階層に進めば進む程、そう簡単に他のパーティに遭遇する可能性は下がる。
(まぁ、十六階でも他のパーティに遭遇したし、この十八階でも普通に遭遇してるけどな)
レイにしてみれば、可能性が低くなるのに何故こうも会うんだろうなと不思議に思う。
もっとも、十六階はともかく、現在レイ達がいるのは十七階に続く階段のすぐ側だ。
ナルシーナ達が十七階の探索を終えて地上に戻ろうとしているのなら、十七階に続く階段に来るのは必然だったのだが。
これでナルシーナ達が二十階まで到達しているのなら、二十階にある転移水晶を使うといった手段もある。
しかしレイが見たところでは、ナルシーナ達はこの十八階が一番深い場所で、十九階以降にはまだ行ったことがないように思えた。
勿論、これはあくまでもレイがそう思っているだけで、実は二十階に到達しているという可能性も否定は出来ないのだが。
そう思いつつも、レイはやはりそれは違うだろうなと思う。
「ねぇ、レイもそう思うでしょ?」
「……え? ああ。悪い。周囲の様子を確認してたから、話を聞いてなかった」
「えー……まぁ、いいわ。じゃあ、もう一度言うわよ? この十八階を攻略する上で必要なのは、やっぱり協力していくことだと思わない? 十八階はかなりの広さを持つわ。他のパーティも、完全には探索をしていないの。そう考えると、この十八階を攻略……完全に制覇して攻略するには、協力した方がいいと思うでしょう?」
ナルシーナの言葉で、レイは事情を理解した。
レイも、何故ナルシーナがすぐに分かることとはいえ、この階層には罠があるといったようなことを自分に知らせるのかと、疑問に思っていたのだ。
だが、その目的がこの階層の完全な攻略にあるというのなら、レイにもそれは理解出来た。
「まぁ……話は分かった。分かったけど、俺達とお前達は結局別のパーティだろう? なら、協力するにしても、一緒に行動するのは難しいんじゃないか? それに俺のことを知ってるのならこれも知ってるだろうが、俺は冒険者育成校の教官もしている。その関係でダンジョンの探索が出来るのは午後からになる」
これでもしレイが冒険者育成校の教官をしておらず、純粋に冒険者としてガンダルシアにやって来ており、ダンジョンの攻略をしているのなら、協力関係を結ぶという手段もあっただろう。
だが、レイがダンジョンに潜るのは午後からだし、ダンジョンの中でもセトに乗って移動することが頻繁にある。
とてもではないが、レイが他のパーティと一緒に行動するというのは難しいだろう。
……これで相手がソロで活動しているか、あるいは二人くらいのパーティなら、セトの足に掴まって移動するといったことも出来ないではなかったが。
……もっとも、手を滑らせるようなことがあったり、握力がなくなってしまった場合、最悪の結果となるだろう移動方法ではあったが。
「ああ、それは別にいいわよ。別に協力すると言っても、一緒に行動するってわけじゃないもの。私達もそうだけど、レイだって独自の行動指針とかがあるでしょう? それを私達に無理に合わせるのは問題だし、レイが私達に合わせるのも難しいでしょう?」
「それはそうだな。俺はセトに乗って移動したりする時もあるし」
「……羨ましいわね。まぁ、その辺はともかく、協力するというのは情報交換とかを綿密にやらないかってことね。レイにとっても、十八階の情報は色々と欲しいでしょう?」
「そうだな。それは否定しない。……ナルシーナ達の様子を見る限りだと、この階層はかなりの広さを持つみたいだし」
「正解。まぁ、それでも他のパーティがそれなりに行動していることもあって、それなりに地形は把握出来ているんだけど。それでも完全じゃないわ。この十八階の様子を見れば分かると思うけど、明らかにここは……そう、神殿のような場所よ」
「だろうな。見た感じだと」
そう言いつつも、レイの表情は微妙に嫌そうな感じだ。
元々宗教というのを好まない……それこそ地球においては非常に珍しい宗教はどうでもいい、それこそ新年になったら初詣をし、バレンタインデーを楽しみ、ハロウィンやクリスマスを楽しみ、葬式や結婚式では寺や教会を使い……色々な意味で宗教を気にしない日本が故郷のレイだ。
また、新興宗教が色々と事件や、場合によってはテロ活動をしたり、ニュースでは外国で特定の宗教がテロ活動をしているのを見ていたり。
そんな訳で、宗教は良い意味でも悪い意味でもあまり興味がない……いや、この世界にやってきて何度か宗教組織と対立したこともあったので、総合的に見るとレイの中で宗教というのはあまり進んで関わり合いたくはない存在だった。
この十八階が神殿……何らかの宗教と関係があるというのは、レイにとって決して好ましいことではない。
(いやまぁ、ダンジョンにある神殿っぽいのと、あの宗教……光神教だったか? それは全く違うものだろうし。……違うものだよな? 実はこの神殿はあの連中の神殿だとか、そういうことはないよな? フラグじゃないことを祈ろう)
周囲の様子を確認しつつ、そう考えるレイ。
そんなレイを、ナルシーナは不思議そうに見る。
「レイ? どうしたの?」
「いや、ここが神殿だったら、宝箱とかお宝は期待出来そうだと思ってな。……ちなみに宝箱を見つけた場合はどうするんだ? 協力するってことは、その辺についてもどうするか決めるのか?」
情報の共有というのは、レイにとってもありがたいことなのは間違いない。
だが、ダンジョンの目当てである宝箱についてどうするのかというのは、前もって聞いておく必要があった。
レイにしてみれば、マジックアイテムが入っている宝箱はダンジョンに潜る大きな理由の一つだ。
もし宝箱を見つけても自分の物に出来ないのなら、協力関係を結ぶのは難しかった。
「その辺は早い者勝ちでしょうね。迂闊に宝箱でどっちが入手したら……といったことを決めると、それが原因となって協力関係が崩壊してもおかしくはないでしょうから」
ナルシーナの言葉は、強い実感が籠もっていた。
それを見たレイは、恐らく以前似たようなことがあって、その時にそれが理由で協力関係が崩壊したんだろうなと、そう思う。
あくまでもレイの予想でしかなかったが、ナルシーナの様子を見る限りでは決して間違っているようには思えない。
……だからといって、その件について詳しく聞きたいかと言われれば、それは否だったが。
それこそナルシーナにしてみれば、聞かれたくないことだろう。
であれば。わざわざそれを聞いて相手に不愉快な思いをさせたくはない。
「宝箱の件が早い者勝ちなら、その辺は問題ないな。そうなると、情報交換はいつどうやってやるんだ?」
「この階層で行動していれば、今日みたいに遭遇することもあるでしょう? その時でいいんじゃない?」
それは明確な協力関係ではなく、緩い……あくまでも機会があったら、お互いに情報交換をするといった程度の協力関係。
その程度ならレイも構わないと思い、念の為にセトを見る。
セトはレイの従魔ということになってはいるが、実際には魔獣術で生み出された相棒だ。
それだけに、セトが反対するのならレイも諦めるつもりだったのだが……レイの視線を向けられたセトは、レイに向かって頷く。
「じゃあ、そういうことで。これからは協力関係としてよろしく頼む」
そう、レイは言うのだった。




