4034話
「さて、今日は十七階の探索を……うーん、どうするかな」
「グルゥ?」
午前中の授業……いや、今日のレイの場合はフランシスの愚痴、もしくは冒険者育成校をテイマーの厩舎として使うかといったことや、テイマーの授業を行えるかといったような相談が終わった後で、いつものようにセトと共にギルドに向かっていた。
セトと共に今日の予定はどうするのかといったことを相談しながらだったものの、十七階の探索を続けて十七階の攻略をするといったことに、やる気を見せないレイ。
それを不思議に思って喉を鳴らすセトだったが、レイにしてみれば十七階は探索をするのに海水に濡れる必要がある。
スレイプニルの靴やドラゴンローブ、それ以外の諸々も、出来れば海水で濡らしたくはなかった。
(かといって、十七階の海水を全て蒸発させるというのはアニタに禁止されたしな)
ギルド職員も、普通なら冒険者の行動を止めることは出来ない。
止めた方がいいといったようなことを言うことは出来るものの、それでもやると言われれば、ギルド職員としてはそれを止める権限はないのだ。
だが……今回は違う。
例えば岩の階層であれば、そこにある岩をレイがミスティリングに収納するのは何の問題もない。
……ギルド職員のアニタとしては、万が一のことがあるかもしれないので、出来れば遠慮して欲しいと言うことしか出来ず、レイもそれについては絶対に聞かないといけない訳ではない。
しかし、十七階の海水を全て蒸発させるとなると、そこまで到達出来る冒険者が巻き込まれる可能性があるし、そうでなくてもダンジョンに直接大きな被害を与えることから、何らかの反作用が起きる可能性もある。
だからこそ、アニタはレイの提案に反対したのだ。
それこそ出来るだけ遠慮して欲しいじゃなくて、絶対にそういうことはしないようにと。
……もしそのような中でレイが十七階の海水を全て蒸発させるようなことをした場合、最悪……本当に最悪の場合、賞金首になる可能性も否定は出来ない。
レイとしても、そこまでのことを考えてまで十七階の一件をやりたいのかと言われれば、それは否だ。
だからこそ、十七階の攻略にやる気がない。
「いっそ、十七階はセトに乗って空を移動してとっとと十八階に行くか? モンスターを倒すことが出来ないのは痛いけど、だからといって海水に濡れてまでやりたいかと言われれば、微妙なところだし」
これがせめて、遠浅の海が広がっているような階層ではなく、砂浜、あるいは岩浜と海が半々程度の構造なら、まだレイにもやる気が出たのだが。
だが、十七階はどこまでも遠浅の海が広がっており、途中に幾つか砂浜の小島とでも呼ぶべき場所がある程度だった。
だとすれば、レイの予想では多くのモンスターは海中にいる筈であり、砂浜にレイ達がいても襲ってくる可能性は低い。
勿論、砂浜で砂に埋まって隠れているようなモンスターがいる可能性も否定は出来なかったが。
ともあれ、戦いにくい場所で敵を見つけるようなことが難しいのなら、十三階の背丈の高い草原の階層、十四階の崖の階層のように、とっとと次の階層に行った方がいいのではないかと、そうレイは思ったのだ。
「……うん、よし。ダンジョンに潜る前にキルドに行って、アニタに聞いてみて、それでもやっぱり駄目なら、とっとと十八階を目指そう。セトもそれでいいよな?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは残念そうにしながらだが頷く。
セトにとっては、やはり海の階層で探索をしたいという思いがあるのだろう。
それは単純に、海にいる未知のモンスターの魔石を逃がしたくないという思いであったり、そして同時に魚貝類を思う存分食べたいというのもあった。
(十八階次第だが、場合によっては俺が十八階を探索して、セトが十七階を探索するというのはありかもしれないな。そうすれば効率よく未知のモンスターの魔石も集められるし。……問題なのは、十七階で活動している他の冒険者が、セトだけを見て敵と認識しないかどうかだが)
ダンジョンの中にグリフォンがいれば、それを敵だと認識してもおかしくはない。
これでレイが一緒にいればともかく、セトだけで活動しているのだから、尚更に。
一応従魔の首飾りはしているのだが、ダンジョンの中でセトだけだった場合、それを確認するよりも前に攻撃してもおかしくはない。
……セト好きなら、即座にセトと判別出来るかもしれないが。
(けど、十七階で活動している冒険者となると、相応に腕も立つだろうし……セトをセトだと認識出来てもおかしくはないよな)
セトをセトだと認識すれば、普通なら攻撃するようなことはしない。
何か良からぬことでも考えていれば、まだ話は別だろうが。
「十八階次第では、セトが十七階、俺が十八階にしてみてもいいかもしれないな」
「グルルゥ!」
慰めるつもりでそうレイが言うと、セトは嬉しそうに喉を鳴らすのだった。
「十七階の件は駄目ですからね」
レイがギルドに顔を出し、アニタの前まで行くと、レイが何かを言うよりも前にアニタはそう言ってくる。
ダンジョンに入る前に自分に会いに来たので、その理由が何なのかは容易に想像出来てしまったのだろう。
「やっぱり駄目か?」
「駄目です。十七階が使い物にならなくなったら、どうするつもりですか!?」
そんなアニタの言葉に、午後ということで数は少ないが、ギルドにいた冒険者達はざわめく。
「おい、聞いたか? レイの奴……何をやらかそうとしてたんだ?」
「アニタちゃんの剣幕を見る限りだと、かなりの騒動を起こそうとしていたように思えるな」
「ダンジョンが壊れるって……嘘だろ」
「ダンジョン全体じゃなくて。あくまでも十七階限定の話だろう? ……十七階かぁ……」
冒険者達の会話がレイの耳に入ってくる。
(あ、これ不味いかも? ……今更か)
少しだけ不味いかもしれないと思ったレイだったが、今の状況を考えれば今更そんなことを気にしても仕方がないだろうと、そう思い直す。
「ともあれ、十七階の件が駄目なのは分かった。そうなると、セトに乗って十八階の攻略を急いだ方がいいか」
「そうですね。ただ……一応これはレイさんにも言っておいた方がいいと思いますが、十七階の モンスターの素材はギルドだとそれなりに高値で買い取ってますよ」
「十七階だけ特別なのか?」
「ガンダルシアの近くに海はありませんから。それに、十七階で活動出来る冒険者も少ないので」
「なるほど。ガンダルシアで新鮮な海産物を食べるとなると、それこそ魔法とかマジックアイテムとかを使って海から運んで来るしかないしな。そういう意味では、十七階とはいえダンジョンから運んで来ることが出来るのは大きい訳だ」
「そうなります」
「とはいえ、さっきも言った通り俺は十八階を目指すことになると思うけど」
「はい、その辺については無理にとは言いませんから」
アニタも、レイが活動しにくい場所で、活動しやすくする方法――大分過激だが――を却下したのだから、その上で十七階で活動して素材を持ってきて欲しいとは言えない。
ただ、あれば高く買い取りますよと言っておくだけだ。
「頭の片隅には置いておくよ」
そう言い、レイはギルドを出るのだった。
「ふぅ、やっと十七階か」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにとって海というのは、何か興奮するようなものがあるのだろう。
……植物がそこら中に生えている十六階が面倒臭かったからというのもあるのかもしれないが。
「じゃあ、セト。取りあえずは十八階に続く階段を探そう。空からなら見つけやすいだろうし」
「グルルゥ」
レイの言葉に少しだけ残念そうな様子で身を屈める。
レイがセトの背に跨がると、やがてセトは走り出す。
十六階に続く階段のある砂浜はそこそこの広さではあるが、体長四m程もあるセトが思う存分走れるような広さではない。
その為、セトは数歩の助走の後に翼を羽ばたかせながら上空に駆け上がっていく。
そんなセトの背の上で、レイは周囲の様子を確認する。
昨日も来たので、眼下の光景は見覚えがあった。
ただ、問題なのは十八階に続く階段をどうやって見つけるかということだろう。
(予想した通り、砂浜の小島に十八階に続く階段があるのなら、見つけやすいとは思うんだが)
そもそも遠浅の海がどこまでも広がっているのだ。
砂の小島を見つけるのは、そう難しくはない筈だった。
ましてや、セトは空を飛んでいるので、遠くからでも砂の小島を見つけることは容易だ。
実際、空から見る限りでは幾つかの砂の小島を見つけられる。
……問題なのは、その砂浜に十八階に続く階段を見つけることが出来ないことだった。
(実は砂の小島じゃなくて、海中に階段がある訳じゃないよな?)
ダンジョンである以上、何があってもおかしくはない。
それこそ海中に階段があっても、ダンジョンだからと言われれば、そういうものかと納得するしかなかった。
とはいえ、それでも一般的に考えれば砂の小島に階段があるだろうと思えたが。
「グルゥ!」
セトが空を飛び始めてから十分程。
本来のセトの飛行速度なら、十分もあればかなりの距離を飛べる。
しかし、今は違った。
砂の小島をしっかりと確認しながら飛ぶ必要があるのだから。
そうして飛び続けていると、不意にセトが喉を鳴らす。
「セト? ……もしかして、見つけたのか?」
「グルルルゥ」
レイの言葉にセトは再度嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの見ている方を、レイもまた見る。
やがて……数分が経過したところで、レイもまたセトが何を見つけたのかを理解した。
セトの視線の先にある、砂の小島。
その小島の中心部分には、下に……十八階に続く階段があったのだ。
「よくやった、セト。じゃあ、早速だけど、あの階段に向かうとしよう」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、そうして地上に向かって……階段のある小島に向かって飛ぶ。
セトの飛行速度があれば、階段のある小島までは即座に到着する。
「これが、十八階に続く階段か。……当然だけど、階段そのものは今までの階段と違うな。海の階層なんだし、何か普通と違う階段とかがあってもおかしくはないと思ったけど」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトはそう? と首を傾げる。
レイにしてみれば、この海の階層は少し特別なように思えたのだが、セトにとってはそこまで思う程の場所ではないように思えたのだろう。
この辺はレイとセトの違いなのだろう。
「まぁ、取りあえず階段が見つかったのは嬉しい出来事だ。……後は、次からまたこの階段まで真っ直ぐ来られるかどうかだけど……どうだ?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと自信満々に喉を鳴らす。
微妙に方向音痴気味であることを考えると、そんなセトの鳴き声も完全に信じることは出来ないのだが……それについては取りあえず目を瞑る。
最初のうちはそれなりに迷うかもしれないが、ダンジョンの攻略を進めれば、何度も通ることになる。
であれば、そのうち慣れるだろうと、そう思ったのだった。
「じゃあ、早速十八階に下りるか。……考えてみれば、結局この階層ではモンスターとは一度も戦ってないんだよな」
階段を下りると口にしながらも、レイは足を止め、改めて十七階を見る。
そこに広がっているのは、最初に見た時と同じくどこまでも広がっている遠浅の海だ。
このダンジョンをここまで攻略してきたが、一度の戦闘もないままに次の階層に行ったことはない。
そういう意味では、この十七階は特殊な階層なのは間違いなかった。
(海、海か。今年は海に行けなかったな。というか、このエルジィンに来てから海に行ったのは数える程しかないけど)
レイが海に行ったのは、ベスティア帝国との戦争が終わり、それで接触してくる者が多かったので、それを嫌ってレムレースというモンスターを倒す為に港街に行ったのと、海産物を確保する為にエレーナ達と一緒に海に行ったことしかない。
(そういう意味だと、エレーナ達を連れてこの海に来ても面白いかもしれないな。……いやまぁ、十七階まで攻略するのは大変だろうけど)
それでも、この遠浅の海なら海水浴をするに適している。
それだけではなく、ダンジョンである以上は海中にモンスターがいるのは間違いなく、ヴィヘラ辺りは楽しめるだろうし、海のモンスターだけに食材としても美味いのは間違いない筈だった。
「グルゥ?」
十七階の海を見て何かを考え込んだレイに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそれに何でもないと返しながら、十八階に向かうのだった。




