4030話
鳥のモンスターの件が一段落したところで、レイとセトは再びジャングルの階層の探索を始める。
「そろそろ宝箱が見つかって欲しい頃なんだけどな。……セト、宝箱は見つからないか?」
「グルゥ……」
ミスリルナイフで蔦を切断しながら尋ねるレイに、セトはごめんなさいと喉を鳴らす。
レイは足を進めるのを一度止め、セトを撫でる。
「いや、別にセトが謝る必要はないからな? そもそも、宝箱なんてそう簡単に見つかるようなものじゃないんだし。あくまでも見つかればラッキー程度の気持ちでいてくれ」
「グルゥ?」
怒ってない? とレイを見て喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でながら、言葉を続ける。
「ああ。勿論怒ってない。そもそも、俺がこうしてダンジョンを快適に探索出来るのはセトのお陰というのもあるんだしな」
「グルゥ!」
レイの口から出た言葉が、決してお世辞でも何でもないというのを理解したのだろう。
セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
(実際、もしセトがいなかったら空を飛んでショートカットとか、そういう事は出来ないしな。スレイプニルの靴でも一応空を飛べる……というか踏めるけど、その歩数は限られているし)
限られた歩数しか空を歩けないスレイプニルの靴と、自由自在に空を飛べるセト。
そのどちらがダンジョンを探索する上で有利なのかは、考えるまでもないだろう。
……洞窟の階層のように天井があり、飛べないような場所ならセトがいても意味はないが。
だが、このダンジョンの中で天井のあるような階層は、今のところ一階層だけだ。
十六階までの中で一階層。
そう考えると、その辺りについてはそこまで難しく考えなくてもいいだろうというのが、レイの予想だった。
(もっとも、二十階よりも下……久遠の牙が現在潜っている階層よりも深い階層がどうなっているのかは分からないから、そういう場所なら天井のある階層、洞窟のような階層があってもおかしくはないが)
そんな風に思っていると……
「あ、階段」
「グルゥ!」
歩き続けていたレイは下に、十七階に続く階段を見つける。
この十六階を探索している時に遭遇したパーティから聞いた情報を思い出し、これが十七階に続く階段であるのは間違いないだろうと確信する。
実際にそれが正しいのかどうかは、それこそ階段を下りてみなければ分からない訳だが……
「セト、どうする? このまま十六階の探索を続けるか、それとも十七階に下りてみるか」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイの言葉に少し悩んだ様子のセトだったが、階段を見て下に下りると喉を鳴らす。
セトにしてみれば、見通しの悪い十六階を探索するよりも、十七階に行ってみた方がいいと、そう判断したのだろう。
レイはそんなセトの様子に少し考え……そして頷く。
「そうだな。十七階がどういう階層かは分からないが、もしかしたら崖の階層とかのように俺達にとっては探索のしやすい階層である可能性は十分にあるし」
レイが口にした崖の階層が探索しやすいというのは、一般的な……普通に活動している冒険者なら、絶対に頷いたりはしないだろう。
何しろ細い道……それこそ人がすれ違うのも難しいのではないかと思えるような細い道を使って高い崖を何度も上り下りする必要があるのだから。
それも道の途中で空を飛ぶモンスターに襲撃されたりすることも珍しくはない。
それこそ人によっては、崖の階層よりもこのジャングルの階層の方が探索しやすいと思う者もいる筈だ。
「よし。じゃあ、下に行くか。……セト、大丈夫だよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! とやる気満々な様子で喉を鳴らすセト。
そんなセトを頼もしそうに見つめ、そのまま階段を下りていくのだった。
「えー……これはまた……予想外な」
一面に広がる青い海。
……そう、十七階は海の階層だった。
いや、それだけならレイにとってもそこまで驚くようなことではない。
もう攻略した階層には、海ではないが湖の階層もあったのだから。
何故か湖なのに鮫が、それも空を飛ぶ鮫が現れたのは、レイにも強く印象に残っている。
それはともあれ、湖の階層もそういう風にレイは呼んでいるが、別に湖だけだった訳ではない。
普通に砂浜はあったし、他にも周囲には林であったり、草原であったり、そういうのがあった。
だが……この階層は違う。
階段から下りてきた場所は砂浜になっているが、それもあくまでもそこだけだ。
広さにして、四畳程度か。
ある程度ゆっくり出来る砂浜だったが、それだけ。
それ以外の場所は、どこまでも海が広がっている。
「これ……一体どうしろと? ん? いや、海の深さはそこまででもないのか?」
よく見てみれば、いわゆる遠浅の海といった様子だった。
勿論、その遠浅が具体的にどこまで続いているのかは分からない。
それでもレイの見える限りはその殆どが遠浅であるように思えた。
「とはいえ、海の中に入るのはちょっとな」
個人的にはレイは海は好きだ。
好きだが、だからといって遠浅の海でモンスターと戦いたいかと言われれば、それは当然の如く否だ。
また、浅いとはいえ海の中に入るとなれば、スレイプニルの靴が海水に濡れてしまう。
それだけではなく、海に入りながら戦えばドラゴンローブも海水で濡れるだろう。
どちらもそれでどうにかなるようなマジックアイテムではないが、それでも使っているレイとして気分が良いか悪いかで言えば、間違いなく悪い。
出来れば海水で濡らしたいとは思わなかった。
かといって、ドラゴンローブやスレイプニルの靴を脱ぐというのは、ダンジョンの中では危険でしかない。
遠浅の海水の下は岩ではなく砂なので、スレイプニルの靴を脱いでも怪我をするということはないだろう。
ただし、当然ながらここがダンジョンである以上、砂の下にはモンスターがいたり、罠があったりしてもおかしくはない。
もしくは明確にそのようなものがなくても、例えば武器の破片や貝殻の欠片、あるいは魚の骨……それらが砂の中にあった場合、それを踏むことによって足を怪我する危険性は十分にあった。
また、ドラゴンローブもドラゴンの鱗……それもエンシェントドラゴン程ではないにしろ、数百年を生きたドラゴンの鱗をドラゴンの革で挟むようにして作られていることから、下手なフルプレートアーマーよりも高い防御力を持ち、それ以上にレイにとっては便利な簡易エアコン機能がある。
そんなドラゴンローブを脱ぐのは、レイにとってあまり……いや、かなり好ましいことではない。
だからこそ、レイとしては出来るのならドラゴンローブやスレイプニルの靴を脱ぎたくはなかった。
「となると……やっぱりセトか?」
「グルゥ?」
レイがセトを見ると、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイにとっては海の階層をどうやって移動するのかということを考えていたのだが、セトにしてみれば海は珍しい。
いや、以前にレイやエレーナ達と一緒に海に遊びに行ったことはあるし、港街にも行ったことはあるが、それでもこうして間近で海を見るのは久しぶりで、それだけに海には興味津々だったのだろう。
砂浜の端、波打ち際で遊んでいたセトが、レイの側にやってくる。
「いや、この階層ならジャングルの階層とかと違って普通に空を飛んで移動出来ると思ってな。……というか、久遠の牙もだけど、他にもこの階層を攻略した他のパーティは一体どうやってここを渡ったんだ? 海水の中を進んだ……というのが、それらしいが」
海の中を進むとなると、遠浅であってもある程度の深さはある筈だ。
そうなると、当然ながら海水に足を取られて動きにくい。
ましてや、海の階層ということを考えれば、この階層に出現するモンスターは基本的に海中で行動するタイプだろう。
そんな相手に、冒険者が海の中に入りながら対処出来るかどうか。
(不可能ではないが、かなり厳しいのは間違いないか)
それこそ気が付かないうちに足を切断されていたり、毒や麻痺といった状態異常になったりしてもおかしくはない。
「……まぁ、その辺については俺が気にしても仕方がないか」
気になることではあるが、今はそれよりも自分達のことだ。
もしこの階層で他の冒険者と遭遇したら、その時に一体どういう風にこの階層で行動しているのかを聞けばいいだろう。
……聞くまでもなく、この階層で遭遇したのなら直接見れば、それでしっかりと理解は出来るだろうが。
「とにかく、この階層ではセトに乗って空を移動することになると思う。……宝箱はともかく、モンスターの魔石を入手するのはちょっと難しそうだけど」
いっそ魔法を使って海水を全て蒸発させてみるか?
頭の隅でそんなことを考えるレイだったが、そのようなことをした場合、一体どれだけの被害が出るのか分からない。
水蒸気爆発といったことを心配する必要もあるだろう。
……もっとも、それはつまりそれだけの被害が出るのを承知の上でそうすることが出来れば、この階層にいるモンスターの魔石を全て入手出来るということを意味しているし、宝箱も……熱や水蒸気爆発に耐えることが出来れば、大量の宝箱を一気に入手出来るということでもある。
(あれ? これってもしかしていいのでは? 勿論、この階層に他の冒険者が誰もいないのを確認してからじゃないと出来ないようなことではあるけど)
ギルドの方に話を通すことが出来たら、試してみてもいいかもしれないと思い直す。
「グルルゥ?」
「取りあえず、今日は様子見ということで空を飛んでこの階層を見て回らないか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすとレイが乗りやすいように身を屈める。
セトの背に乗るレイ。
するとすぐにセトは数歩の助走をした後、翼を羽ばたかせて空に向かって駆け上がっていく。
レイはセトの背の上から十七階の様子を確認にする。
(やっぱり、どこまでも海が広がっているな。何ヶ所か階段がある場所と同じような砂浜があるのは、一時的に上陸出来る場所か。……もっとも、あるのは砂浜だけで他に何もあるようには思えないけど)
これで草原……とまではいかないが、何らかの植物でも生えていれば、そこに何かがあるかもしれないと思えた。
だが、上空から見た限りだと広がっているのは砂浜だけだ。
植物も殆ど生えていない。
見えているのは本当に砂浜だけで、そこには何もない。
「セト、あそこ……向こうにある砂浜にちょっと下りてくれないか? 恐らくは何もないだろうけど、それでも一応何かないか確認しておきたい」
上から見た感じでは、砂浜しか見えない。
だが、もしかしたら砂の下に宝箱が隠されていたり、あるいはモンスターが隠れている。
そんな可能性も十分にある。
だからこそ、ここで確認しておく必要があった。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かった! と喉を鳴らすと、レイが指示した砂浜に向かって降下していく。
レイ達の飛び立った場所……十六階に続く階段のある砂浜からはかなり離れた場所にあるが、それでもレイが見たところ階段のある砂浜から一番近い場所なのは間違いない。
……セトが飛んだのとは別の方向に他の砂浜がある可能性は十分にあったが。
その辺りは、明日以降もっとしっかりと調べようと思う。
……もっとも、レイが考えた魔法によってこの階層の海水全てを蒸発させるといった行動がギルドに認められれば、そのようなことをしなくてもよくなるだろうが。
そんなことを考えている間に、セトはレイの指示した砂浜に着地する。
十六階に続く階段のある砂浜よりも若干小さな砂浜。
レイはセトの背から下りて、そんな砂浜の上に立つ。
「さて……セト、この砂浜に何か妙なことがあったりしないか?」
そう尋ねつつ、レイもまた砂浜の様子を確認する。
とはいえ、砂浜はそこまで広くはない。
一瞥しても、レイの目からは本当にただの砂浜のようにしか思えなかった。
「グルゥ……」
そんなレイの指示に従って周囲の様子を確認するセトだったが、そのセトもレイと同じく特に何かを見つけるようなことは出来ない。
この砂浜には何もない……本当にただの砂浜なのだろうというのは、レイから見ても明らかだ。
「やっぱり砂浜はただの砂浜でしかないのか? とはいえ、それはそれで疑問なんだが」
それともこの砂浜だけがそうなのか?
そう思いながらレイは砂を軽く蹴ってみるものの、特に何も起こらない。
「……うん。やっぱりこうしていても何もないか。セトもそうだろ?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。
そのまま少し砂浜を調べるが……特に何もなかったので、取りあえずレイはダンジョンを出てギルドに海水の蒸発の話を持っていくことにしたのだった。




